無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

ハリウッド標準 スピード・パンクロ Speed Panchro
「香箋」G1 50mm f2.0

2022.09.25

ガウス型をより洗練して行き着いたスピード・パンクロ

 英クックは1920年にオピック Opicという設計を発表しましたが、これは現代に主流となっているガウス型で最初のものだそうです。ガウス型のレンズ自体はその名の由来となったガウス Gaussの他、ツァイス Zeissのプラナー Planarもありましたが、オピックは対称形を崩した最初のものとなりました。人気はなかったようですが、それでもオピックから派生した映画用レンズ スピード・パンクロ Speed Panchroは大きな成功を収め、1930~50年のクラシック映画のほとんどに使用されたと言われています。

 実際、レンズの中には使った時に「もうこれだけあれば良い」と感じさせるほどのものがありますが、これはズミクロン 50mm f2と並んで代表的なものでしょう。クック社はガウスだけでもかなりの数の設計を公開しています。この中でスピード・パンクロとして設計されたのは1931年に特許出願されたもので、vademecumには特許番号の他、使われたガラスまで列挙されています。

スピード・パンクロでの撮影例
「スピード」は高速レンズの意、「パンクロ」はパンクロマチック、モノクロフィルムのことです。

 スピード・パンクロ(英特許 GB377537)の画角は推奨では35度ということなので70mmで出してみました。指定通りf2です。実際には75mm(3inch)が販売されていました。
スピード・パンクロ70mm 光学図
スピード・パンクロ70mm 縦収差図

 販売されていた50mm(2inch)のスピード・パンクロは暗角がかなり出ます。ガラスの直径を絞って物理的に切っています。映画用の35mmはフィルムを縦に使いますのでイメージサークルが30mmぐらいあれば良いからです。使わない部分をカットすることで光の回折を防いだものと思われます。コスト安にもなります。ほぼ本物の図が下のものです。これでは確かに隅は暗くなります。そこで復刻では、全てのガラスを極力大きくすることでしっかり光を取り込めるようにしました。
スピード・パンクロ50mm 直径がカットされた光学図

 50mmの図です。外側のピンク色の線が加わっただけです。70mmだと茶色までです。縦収差図では3/4の位置が大体75mmと同じです。横収差図では一番上がフィルムの角、2番目が75mmの角に相当します。特許の記載では画角は40度ぐらいまで大丈夫ということなのでこれで良さそうです。特許の記載では最初に設計したオピック(英特許 GB157040)の50度をもう少し抑えて改良したとあります。そこに35或いは40度とあります。
スピード・パンクロ50mm 光学図
スピード・パンクロ50mm 縦収差図
スピード・パンクロ50mm 横収差図

香箋 G1 50mm f2 195,000円

香箋 G1 50mm レイアウト図
 上述の50度のオピックはおそらくスピード・パンクロ シリーズ0で、1926年に発売されたようです。これは描写が騒がしく、評価が得られなかったとすればそれもやむなしと思えます。そこで担当者をハリウッドに派遣し、映画監督らがどういうレンズを求めているのかリサーチした結果、幾つかのことがわかり、1つは口径をf2に抑えたままにせねばならないというものでした。明るさと性能のバランスでf2だということでした。その知見に基づいて作られたのが1931年のものでした。これはシリーズIとはされていませんが、事実上シリーズIとしてもよさそうです。コーティングの導入と35mmスタンダードフィルムをカバーして設計変更(イメージサークル27mmから31mmへ)した1945年発売のものはシリーズIIとされ、さらに1954年に広角の18,25mmを明るくしたシリーズIIIが発売されています。

焦点距離 Panchro 31年 Panchro 45年以降
18mm f1.7 (7群9枚)
25mm f2.0 (4群6枚) f1.8 (7群9枚)
28mm f2.0 (4群6枚)
32mm f2.0 (4群6枚) f2.0 (5群7枚)
35mm f2.0 (4群6枚)
40mm f2.0 (4群6枚) f2.0 (5群7枚)
50mm f2.0 (4群6枚) f2.0 (5群7枚)
75mm f2.0 (4群6枚) f2.0 (4群6枚)

 作例がネット上にかなり出ていますので比較した結果と、収差の出方がシリーズ Iは初期ダゴールと、シリーズIIは改良ダゴールに似ていて、改良の道程の辿り方も同じ、どちらも初期の方が良いということで31年版で製造することにしました。やっぱり無名だったところから爆発的に成功しただけのインパクトはあるように見えます。改良版シリーズIIの方を最初に出していたらそれはなかったのかな?と個人的に思います。ズミクロンも初代が良いのではないでしょうか。シリーズIIへの改良はカラーフィルムへの対応なので、現代ではこちらの方が良さそうですが、この改良の最大の課題はコントラストを上げることだったようで、これがデジタルだと硬く出てしまう傾向です。悪いわけではない、ケースバイケースではあるのですが、本作の場合は魅力あるのはシリーズIの方なのではないかと思います。

 31年版はコーティングが無かった時代のものなので、それに合わせ再製造でも無しとします。使われているガラスの耐候性が高いということもあり、無しで良しとの判断、フィルムに対しては単層ぐらいなら良いとは思うのです。しかし現代のデジカメの描写が硬いことも考えるとできれば入れたくはない、これは院落 P1の時と同じ判断です。これも写真と映像の両方での使用が想定されますので院落 P1と同様に、絞りはクリックなし、ヘリコイドの脂の緩め、回転もちょっと大きい、映画用に比べれば少ない、微妙な間で製造します。



 英クックのガウス型はかなりの数の特許出願があります。

 1920年設計のオピックから順に確認します(英特許 GB157040)。口径はf2、画角は50度と指定されています。焦点距離は45mmで出図しました。律儀にしっかり写りそうです。製造面でもコスト安になりそうです。張り合わせはどちらも平面で、曲率がない面はもう一つあります。この収差配置を見るに、これはダゴールの明るい広角を目指したものではないかと想定されます。
オピック20年 光学図
オピック20年 縦収差図

 1927年に画角はそのままに口径をf1.5と大幅に明るくした改良型を発表しました(英特許 GB298769)。3枚張り合わせになっていますが、いずれも1箇所は平面です。複雑化はしたものの、倍近くの明るさを得るためにはやむを得なかったのではないかと思います。或いはやはりダゴールの影を持っているのかもしれません。球面収差が多いのでf2でも出してみました。
オピック27年 光学図
オピック27年 縦収差図f1.5
オピック27年 縦収差図f2

 翌1928年の設計で、60mm f1.4です (英特許 GB373950)。最後面の2枚はそれぞれ片面が平面で曲面側は向かい合って互いに同じガラスを使っています。曲面の位置を前後入れ替えただけのようにも思え、そのためにガラスを1枚増やしています。ここに何か秘密がありそうです。使用ガラスの屈折率と分散は近い値のもので揃えているので古典的で無理がない描写が期待できます。尚、これはシュナイダー・クセノン、後のライカ・ズマリットと同一です。そのため、このレンズの描写を確認するのは容易です。この辺りから湾曲をマイナスに振るようになっています。
オピック28年 光学図
オピック28年 縦収差図f1.4
オピック28年 縦収差図f2


 スピード・パンクロ (英特許 GB377537)は1931年に出願されています。


 同じ31年の改良で65mm f2、また球面収差がオーバーになったものです (英特許 GB397261)。限界までオーバーにしてあるとの記述が何度も繰り返されているので、ここが特徴ということのようです。映画用のソフトフォーカスでしょう。
オピック31年 光学図
オピック31年 縦収差図

 スピード・パンクロ(GB377537)の改良で張り合わせを解消したものです (英特許 GB427008)。80mm f2です。口径はもっと大きくできそうにも見えますが、空気間隔のところで曲率が互いに違うのでガラスが当たったところが限界です。プロジェクターに使えるようです。
オピック34年 光学図
オピック34年 縦収差図

 同34年にf1.1、焦点距離は60mmで設計しています (英特許 GB435149)。何度もデータを確認したのですが、肖像用にしても収差が多すぎる気がします。
オピック34年f1.1 光学図
オピック34年f1.1 縦収差図

 翌35年にf2に戻して同傾向の収差で50mmです (英特許 GB461304)。本来、上のf1.1の方もこのような収差であろうと思います。この時期に球面収差をアンダーにするようになったようです。データは3つ所収されていますが、ほぼ微調整しかされていないので1つ目のみ出図しました。
オピック35年 光学図
オピック35年 縦収差図

 36年のオピックです (英特許 GB474784)。50mm f2。しかしf2はなさそうです。収録されているデータの信頼性が下がってきているように思えます。
オピック36年 光学図
オピック36年 縦収差図

 37年オピックです (英特許 GB507184)。50mm f2ですが、f1.7までいけましたのでそれで出図しました。2つのデータが載せられています。
オピック37年 光学図
オピック37年1 縦収差図
オピック37年2 縦収差図

 毎年発表されているガウス型の設計ですが、38年は原点に帰ったような3枚張り合わせからガウス型への進化を示す内容になっています (英特許 GB514441)。そのうち、6,7,9番目を出図しました。65mmの大口径は以前よりは修正されていますが、収差は盛大に出たままです。
オピック38年 47mm f1.8 光学図
オピック38年 47mm f1.8 縦収差図
オピック38年 38mm f2 光学図
オピック38年 38mm f2 縦収差図
オピック38年2 47mm f1.8 光学図
オピック38年2 47mm f1.8 縦収差図
オピック38年 65mm f1.1 光学図
オピック38年 65mm f1.1 縦収差図

 38年末に50mm f1.4です (英特許 GB522651)。
オピック38年 50mm f1.4 光学図
オピック38年 50mm f1.4 縦収差図

 これも38年末、ほぼ同じ時期です (英特許 GB523061)。すべて50mmで、口径はf2、f1.5、f1.4、f2です。
オピック38年1 50mm f2 光学図
オピック38年1 50mm f2 縦収差図
オピック38年 50mm f1.5 光学図
オピック38年 50mm f1.5 縦収差図
オピック38年 50mm f1.4 光学図
オピック38年 50mm f1.4 縦収差図
オピック38年2 50mm f2 光学図
オピック38年2 50mm f2 縦収差図

 40年の50mm f1.4です (英特許 GB544658)。1枚ガラスを増やして明るく、収差補正も十分です。
オピック40年 光学図
オピック40年 縦収差図

 40年のデータで、ペッツバール型やエルノスター型からの変化を示す中でガウス型の設計は3つあります (英特許 GB547666)。1つ目は50mm f2、次は32mm f2、3つ目はガラスを増やして50mmに戻し口径はf1.4です。
オピック40年 50mm f2 光学図
オピック40年 50mm f2 縦収差図
オピック40年 32mm f2 光学図
オピック40年 32mm f2 縦収差図
オピック40年 50mm f1.4 光学図
オピック40年 50mm f1.4 縦収差図

 41年、38mm f2 (英特許 GB550623)。
オピック41年 光学図
オピック41年 縦収差図

 41年末に、35mm f2の3つの収差が異なる設計を発表しています (英特許 GB553639)。
オピック41年1 35mm 光学図
オピック41年1 35mm 縦収差図
オピック41年2 35mm 光学図
オピック41年2 35mm 縦収差図
オピック41年3 35mm 光学図
オピック41年3 35mm 縦収差図

 42年に、50mm f2と35mm f2を比較するデータを発表しています (英特許 GB560540)。
オピック42年 50mm f2 光学図
オピック42年 50mm f2 縦収差図
オピック42年 35mm f2 光学図
オピック42年 35mm f2 縦収差図

 同42年に32mm f2、続いて47mm f2です (英特許 GB560609)。
オピック42年 32mm f2 光学図
オピック42年 32mm f2 縦収差図
オピック42年 47mm f2 光学図
オピック42年 47mm f2 縦収差図

 同時に続きナンバーで、35mm f2です (英特許 GB560610)。
オピック42年2 35mm f2 光学図
オピック42年2 35mm f2 縦収差図

 43年に、47mmで口径f1.5です (英特許 GB564815)。
オピック43年 光学図
オピック43年 縦収差図

 同時に別紙で僅かにデータを変えたものを申請しています (英特許 GB564816)。修正したのでしょうか。
オピック43年修正? 光学図
オピック43年修正? 縦収差図

 同年に改めてf1.5で5種類発表しています (英特許 GB566963)。データは僅かに変えて比較しており、ほぼ同じ設計です。図はその1つ目です。
オピック43年再修正 光学図
オピック43年再修正 縦収差図

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