無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




収差図の見方

収差図からレンズの特性を観察 - 2023.05.15

クセノン66年 ガラス配置図  レンズ構成図です。中央に絞りがあります。光線が通過し、フィルム、あるいはセンサーに照射されます。焦点距離は特許では100mmに統一されていますが、収差を視るという目的においては標準の50mmの方が分かりやすいため、特に注記がない場合は全て50mmに合わせています。正確には51.6mmです。画角の記載がない場合は、下 縦収差図の中央と右のグラフの頂点、この場合は22.50ですが、これは半画角なので45度になります。フルサイズは対角線長が43mmでこれは固定要素、焦点距離51.6mmも確定、それに対して必要画角は収差量によって半画角で大体21.5~23度に前後します。

クセノン66年 縦収差図  縦収差図です。左は球面収差図で、3つの色の線があります。波長が短い紫から長い赤までの幅で色収差がどれぐらいあるか分かります。この例は0.1mmぐらいなのでかなり少ない方です。欧州のレンズでは色収差を0.25mmぐらいにするものが多くあります。パステル調になります。あるいはゼロに極力近づけるものもあり、仏キノプティックは表示の3つにさらに2色を追加して5つの色を合わせ込み、製造で微調整したものを出荷します。

 球面収差は同じ左の図の高さで示しています。ゼロはレンズの中央です。1.00はレンズの端、レンズ構成図では赤の線です。赤の内側の光があらゆる角度で中央に向かいます。光が中央に向かった先でどうなっているのかを示しているものです。それが完全に中央で合焦していたら球面収差図の3本の色の線は真っ直ぐ直立します。この例では巻いていますが、このようなもののほとんどはアンダー側に振れてから戻します。稀に僅かに逆というものもあります。中央線はセンサー面で、それよりマイナス側に膨らんでいるということは角度によってはセンサーより手前に射してズレている光線があるということです。そして1.00では僅かにオーバーとなっています。センサーより後ろに光線が向かっています。これが大きくズレるとソフトフォーカスになります。通常は0.1mmぐらいオーバーにしている設計が多い傾向です。これらは目に優しい光学設計として常用されているものです。

 中央は非点収差図です。センサー面の中央0からイメージサークルの隅まで、この場合は半画角22.5度まで、どれぐらい焦点がズレているかを示しているものです。センサー面に対し合焦点がどれぐらい前後しているかということです。それが点線(T:タンジェンシャル)で示されています。レンズは球面なので中央から奧、あるいは手前のズレ方も異なり、それが直線(S:サジタル)で示されています。

 右は歪曲収差図です。レンズ構成図でセンサー面の端は青い線でほぼ正確な位置に射しています。ですが歪曲収差図では1%以上ズレていると示されています。非点収差も傾いていますので打ち消されています。

クセノン66年 横収差図  各レンズ固有の主な収差は縦収差図で確認できますが、縦収差図で示されたものが複合的に重なった時にどうなるかは、レンズ構成図のセンサー面に当たった光線を見ればわかります。そこを拡大したものが横収差図です。そのため、0度は球面収差図と同じです。


 各レンズの特徴を察るために収差図を視るのですが、その時に何を以て良しとするのかという基準がある程度は必要です。歴史的には産業用としては無収差の玉も作られ、その一方で芸術的なものも作られてきました。何がベストなのかというところが極められてきたのが60年代でした。その代表的な玉としてこの例、これはシュナイダー社の特許で66年に申請されたクセノンを掲載しました (独特許 DE1241638)。ですが、このような収差のレンズはたくさんあります。19世紀末ぐらいから現代まであります。

 そこで幾つか他のものと比較します。ガウス型の傑作は多いですが、20世紀において最先端の研究が行われていたのは英国でした。中でも傑作とされているのは、スピード・パンクロスーパー・シックスです。

 スピード・パンクロは31年です。明確にわかる違いは、球面収差が直立になっているということです。19世紀や後代のものでも産業用のレンズに多いタイプです。20世紀に入る頃には徐々にクセノンのような巻き型になってきており、直立型は早い段階で淘汰されました。どう違うのか、古いレンズを入手し実際の描写で確認します。巻き型は描写が締まります。巻いていることで色収差のバラツキも纏まり、描写にキレが加わります。対して直立型は、自然な印象を与えます。安定感があります。温かい穏やかな写りです。昔の乾板やフィルムならどちらが良いかというと巻き型になるということが容易に想像できます。ですが、31年です。直立型を復活させています。プロ・クオリティなら非常に良いから、デジタルでも同様です。巻き型の膨らみ量は大口径で1mmぐらいあるものもあります。様々ですが、クセノンは0.2mmもありません。それでこれは一見すると普通に巻き型ですが、かなり直立型に近いとも言えます。これは歴史的ノウハウの積み重ねでこうなってきたのです。そこをさらに巻きを逆にしたものはどういう意図があるのでしょう。逆ですからもっと柔らかくなります。そのため、肖像用に使われます。
スピード・パンクロ50mm ガラス配置図 スピード・パンクロ50mm 縦収差図  その他の違いは、色収差が0.25~0.3mmぐらいあるということです。しかも、波長の長い赤と短い紫が逆になっています。色収差を過剰補正しています。直立型は描写に温かみ、色収差の過剰補正は光に温かみを加えます。反転を0.25mmほど、この量も昔から決まっています。

 非点収差の2本の線の重なりはタイト過ぎて周辺では散漫になっています。これではいけないということで改良されていくのですが、どうも良くないようで戻されたりしています。そして結局は60年代になっても同じような感じで残っています。歪曲は-2.5%もあります。それなのに像面はトータルで平衡を保っています。それは縦収差図ではわかりにくく、横収差図を参照となりますが、レンズ構成図のセンサー面を見ても大体わかります。


 スーパー・シックスは54年です (この図は焦点距離49mmなので画角が少し広くなっています)。球面収差は-0.5mmぐらいアンダーになっており、微妙にソフトフォーカスです。色収差を消していることで描写が硬くなりますのでバランスを採ったものです。しかしほとんどはクセノンのようにオーバー方向に+0.1mmぐらいとします。アンダーは19世紀の風景用レンズで採用されていた古典的手法です。有名なところではベス単も同じです。画に落ち着きを与えるという意味では直立型に似ていますし、基本的には同じものです。色収差を減らせばアンダーに振るという手法です。
スーパー・シックス49mm ガラス配置図 スーパー・シックス49mm 縦収差図  非点収差はこれより画角を増して半画角で35度に達すると合流して交差します。収束しないものは画に纏まりがなくなる傾向です。この例は0.5mmぐらい開いていますので十分にボケ玉ですが、2mmやそれ以上もあります。キノ(映画用)の玉で多い傾向です。特に背景のボケの量に影響があります。歪曲を-1%程とし、像面のトータルでの平面を得ています。


 ちょっとしたズレとか違いで味が変わります。それは製造した現物を見ないとわかりにくいので多くのサンプルが必要です。その比較がなければ収差図は読み取れません。


 同じ英国の玉で古参のロス社が29年に設計したエクスプレスです。色収差をほぼ無くして球面収差を大きくプラスは実にスイートな描写となります。ですが戦前で無くなっていきました。
エクスプレス・ガウス ガラス配置図 エクスプレス・ガウス 縦収差図  歪曲を使わない、完全ゼロにするのはエクスプレス独特の手法で、そういう収差補正をしたものをレンズ構成や他の収差配置に関係なく「エクスプレス」としているようです。共通した印象があるからです。静かで上品な佇まいがあります。非点収差の配置はスーパー・シックスとほぼ同じです。歪曲を使っていないことでバランスが取れず平面が得られていません。ボケ玉、盛った球面収差を考えると肖像用にも思われるのですが、画角は推奨で50度もあります。時代を考えると相当な広角です。これは何を狙っているのでしょうか。絵画です。美しい絵画となるでしょう。どうして断言できるのでしょう? エクスプレスだから。我々はエクスプレスがそういう玉であることを知っているからです。そこでどうしてエクスプレスがああいう描写になるのかということで手掛かりを得るために収差図を参照します。絵画に本質的な平面を与えたい、それで歪曲を無くしているのでしょう。

 つまり、完全に全てが分析できるわけではないが傾向はわかる、その程度に過ぎませんが、しかし重要ということです。傾向が読めるだけでも何もわからないよりはるかに良い、方向性の推測であれば結構可能です。ですから、似たような収差配置、なんとなく似ている描写なのに全然違う印象という玉もあります。

 エクスプレスはなぜ絵画になるのでしょう。それはガラスの選択も大きな要素です。収差図だけではわかりません。2種類しか使っていません。スーパー・シックスも同様です。使い方も同じです。中央で向かい合う2枚のガラスは同じでフリント、それ以外は同じクラウンガラスなので、変化は2箇所のみです。対して、スピード・パンクロは全部違うガラスを使用しています。しかし前群3枚の屈折率はほぼ同じ、アッベ数が違います。後群の貼り合わせも屈折率はほぼ同率です。変化は実質2回のみです。ものすごくシンプルで古典ガラスしか使用していません。自然、普遍性を得なければ飽きてしまう、永遠に残る作品を撮影する玉として重要な要素です。

 そもそもレンズを実際に使って評価するのも簡単ではありません。その芸術的印象が全てグラフに出るわけではありません。だから難解、良いものが作られるまで非常に時間がかかったのです。収差図では、なんとなくしかわかりません。はっきりわかりません。そして、それが芸術的か、これは言い方を変えると飽きないか、とも言えますが、設計製造面からはその差は僅かです。過去の名玉を見て、収差が問題であるとか多すぎると判断して改良すると全く別物になってしまう、説得力のないものになります。そのため名玉の収差配置は重要です。

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