絵画的表現の極致
スーパー・シックス
英国の光学界は、19世紀よりロス Rossという長老格の会社があり、そこで学んだ設計師が独立して別の光学会社が設立されるという流れが一般的でした。英国の光学会社はチャンス・ブラザーズ社のガラスを使うなど共通点があり、個性の点を注視すると、それほどバリエーション豊かということはありません。全盛期が19世紀末でまだ光学黎明期だったということも関係があるかもしれません (チャンスのガラスを使った飲み物用のグラスは人気があるとNHK「美の壺」でやっていました)。ロスの社員だったジョン・ヘンリー・ダルメイヤー John Henry Dallmeyerはロス一族と婚姻によって親戚関係にあったので、ロス死去後、その息子と会社の経営を引き継ぎましたが、まもなく関係が悪化し袂を分かちました。これがダルメイヤー社の設立の経緯で、その後、英国の光学界が衰退するまで新設計を発表するなど中心的な役割を果たしていました。
その中でダルメイヤーのバートラム・ラントン Bertram Langtonが発表したオーソドックスなガウス型レンズで比較的明るいスーパー・シックス Super-Six (英特許 GB746201) があります。ダルメイヤー社はこのレンズに自信があったようで、それはこのレンズの命名からもわかります。Super-Six、即ち「究極の六枚」。このレンズを以てガウス型の究極の姿を明らかにしようという意図が看て取れます。
素晴らしい究極のレンズとされる本作ですが、数も究極に少ないことについては極めて遺憾と言わざるを得ません。当初はウィットネス Witness (「証人」「目撃者」という意味ですからジャーナリスト用?) のカメラへハイグレードのレンズとして供給されましたが、真実を写し取る証言者たらんとする写真家から評価されないという悲しい運命を辿り、カメラ自体の製造数が低迷して、理想のみで不発となりました。
製造個数は少なくても製造期間は長く、1930年代から最後は80年代に特注で1本作るまで製造していました。まだ距離計が装備されていなかった初期のライカで0フランジ仕様のものに取り付けられるものも作られており、後に距離計連動に対応しました。これは50mmでした。光学部は改良もされていたようで、それはラレアク Rareacという改良型もあったことが示しています。いつかブレイクする筈と確信していたものの、その時は訪れなかったということなのでしょう。また、これ以上のガウスは作れなかったのでしょう。長期に製造はしていましたが、ダルメイヤーによるガウス型の特許はこの1つしかありません。
画角は63°との指定で、焦点距離は50mmで出していますが、画角は35mmを覆います。ですが35mmではガラスが余りに薄くなり過ぎるためか、本物を見ても味が薄いです。最低でも1mmの厚さを求めると焦点距離は49mmとなります。
焦点距離49mmに変えてフルサイズに合わせますと以下のようになります。これを焦点距離50mmと打ち込みます。このままラージフォーマットで使えば画角は60度ですのでほぼ上のようになります。
ダルメイヤーによる本データは54年4月に申請されています。しかしスーパー・シックスは30年代初期からあることが知られています。ということは本データは改良ということになります。では初期のスーパー・シックスとは何なのでしょうか? 当時の状況を考えるとそれはクック オピックだった可能性が高いと思われます。クックはf1.4の方はシュナイダーに提供してクセノン銘で出ています。
クックのウォーミシャムは35年にスピード・パンクロを改良した特許を申請しています。これは以降も改良が進められ、最終的にスピード・パンクロ・シリーズIIとなりましたが、スーパー・シックスの収差配置が初めて示されたものとも言えます。
本当の意味でスーパー・シックスと言えるのは、ウォーミシャムがダゴールの設計を見直して提案した38年の設計です。これを49mmに修正したもので比較します。
非常によく似ていますが、考え方は違っています。縦収差図を見ますと38年の方が収差は少ない、色収差も少なくなっています。しかし横収差図を見ますと縮尺は異なりますが、54年より倍以上収差が多いです。つまりこの辺りが50年代の改良点だったということです。難しいのですが、ウォーミシャムの設計では人気は出なかったのではないかと思います。スピード・パンクロも改良はするも再度オリジナルの方へ戻す方向へ変更したりしていますが、結局のところ、改良がもう一つ魅力に欠けていたからということです。横収差図の収差が多いのが問題なのではなく、これはキノ(映画用)だったら全然普通であるし、色彩も安定して柔らかいと、何が悪いのか? と言われると、確かによく考えて設計されてはいるのです。理詰めでは確かに38年の方が正しいのだと思いますが、アートですから、そういう問題ではありません。その辺りでバートラム・ラントンが「これこそ究極」というものを完成させたと自信を深めたので特許申請したのかもしれません。
初代オピックも良い玉ではないし、ウォーミシャムの各種改良も芸術面からは微妙、全面的にハリウッドの言うことを聞いたオリジナル・スピード・パンクロはたいへん良し、これ以外の試行錯誤を続けていたガウスを採用したのがスーパー・シックスの低迷の原因だったのではないかと思われます。そこで問題点を洗い、50年代に完成させるも以前のイメージが払拭できずで、ここで改名して再スタートなら歴史が変わっていたのではないかとすら思われます。
ダルメイヤー Dallmeyerの設計師 バートラム・ラントン Bertram Langtonという人は人種も含めて全く背景がわかりませんが、スーパー・シックス Super-Six以外には、以下参考のために確認いたしますセプタック Septac (英特許 GB553844)というボケ玉、さらにカメラ・オプスキュラ Camera Obscura用のトポゴン型レンズ (英特許 GB487453) といった奇玉を放ったことが知られています。長期に生産しているので一部に根強い支持もあった筈です。
スーパー・シックスは球面収差がアンダーでしたが、セプタックはオーバーなので、異なる考え方で設計されたものです。スーパー・シックスは汎用的なもので、f2.0に近い落ち着いた玉ですが、セプタックはf1.5と倍近く明るいので肖像用に使っていける傾向の玉です。
セプタックはf1.5です。
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