無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




Kino(映画)のレンズ

Kinoはドイツ語で映画のことです 撮影法 グレーディング YouTube  2026.02.11

 映像で使用するオールドレンズを解説するページです。
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撮影後のグレーディング について

 小店で撮影した映像は、無一居公式YouTubeチャンネルに掲載しています。
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Kinoの由来 - レンズ構成から

 Kinoではスチル(写真)以上に人物描写が重要です。街の中を人が歩いているとします。スチルであれば人は街の風景に溶け込みます。Kinoは違います。人物は大抵動いているからです。動いているものに視線が向かいます。そして時間の経過で流れてゆきます。写真は静止しているので時間の流れはありません。落ち着いて全体を鑑賞できます。Kinoでは人物が大きな要素となり、街の風景は飾りです。何かを記録するために人物を撮影しないのであればスチルで結構です。建築を撮影します。動画でも静止画でもそれほど大きな違いは生みません。ですがそこへ人物が介在すると全く変わってきます。映像を記録するレンズというのは、つまり肖像のためのレンズという一面があります。

 Kinoに対して歴史的に大きな影響を与えたのは、ペッツバール Patzvalダゴール Gadorでした。どちらも肖像撮影で評価されていました。
Patzvalレンズ構成Petzval

Dagorレンズ構成Dagor

 この2種をそのままKinoに採用するのは困難でした。これらは大判用のレンズであって、Kinoは小型、製造面で全く異なることから、そのまま採用することは理想的ではありませんでした。そのため収差配置を踏襲しながら様々なレンズ構成が採用されました。おそらく映画のために既製品か既成の設計として最初に提示されたのは1913年、SOM Berthiot ソン・ベルチオ Stellor ステラーでした。SOMとはフランス光学学会で、学会として映画業界に提示したものと思います。ペッツバールは画角が狭いのでそこから改良したものと思います。
Stellor ガラス配置図SOM Berthiot : Stellor

 ステラーはいかにもフランス、フレンチな描写でしたが、そのゲルマンタイプが1924年のAstro Berlin アストロ・ベルリン Pan Tachar パン・タッカーでした。構成はこれだけ似ているのに不思議なもので、描写はフランスとドイツの特徴がはっきりした異なるものでした。
Pan Tacharf2.3 ガラス配置図Astro Berlin : Pan Tachar

 肖像用にはトリプレット(3枚玉)も有力ですが、Kinoには薄すぎるのか(動画は素早く視線を誘導する必要がある)おそらく採用されている例はほとんどありません。しかし3枚貼合のダゴールを製造していたベルリンのゲルツ Goerzは、この魅力をKinoにも適用した時、トリプレットの前玉を3枚重ねにしました。1925年 Goerz ゲルツ Kino Hypar キノ・ハイパーです。
Kino Hypar ガラス配置図Goerz : Kino Hypar

 この2種は戦前ドイツの代表的なKino玉ですが、それより前に違うことを考えていたドイツ人がいました。大戦中スイスに隠棲していたパウル・ルドルフ Paul Rudolphです。戦後、古巣のツァイス Zeissに戻って少量生産したと言われていますが売れなくて移籍、そこから再販しています。1922年 Meyer メイヤー Kino Plasmat キノ・プラズマートです。
Kino Plasmat ガラス配置図Meyer : Kino Plasmat

 映画業界から本当に求められているKinoとは何なのかを追求するため、ハリウッドに人を派遣して完成させたCooke クック Speed Panchro スピード・パンクロは1930年の設計で、これが業界標準になったため、過去の設計は消えていきました。
Speed Panchro ガラス配置図Cooke : Speed Panchro


Kinoの由来 - 収差配置から

 ペッツバールの収差配置です。左は球面収差でほぼ直立です。中央は非点収差で2本の線が左に傾いていると簡潔に理解して下さい。右は湾曲で、フィルム面がドーム型に手前に盛り上がっている様子ですが極めて僅かです。
Petzval 収差図
 ペッツバールの製造はフォクトレンダー Voigtlanderが行いましたが、フォクトレンダーの異母兄弟 ツィンケ・ゾマー H.F.A.Zincke-Sommerが改良した収差図です。球面収差は大きくアンダーになっています(目盛を比較して下さい)。非点収差は左右に割れています。とりあえずここではこの2種の収差を把握しておいて下さい。
改良Petzval 収差図
 ダゴールも同じく2種を把握して下さい。1つ目はオリジナル・ダゴール、2つ目はシュタインハイル Steinheilが改良したオルソチグマット Orthostigmatです。図の見た目で漠然と把握するだけで大丈夫です。レンズ構成が違いますので癖は異なりますが、大筋でペッツバールと似たような変化を辿っているように見えます。
Dagor 収差図 Orthostigmat 収差図
 1913年、SOM Berthiot ソン・ベルチオ Stellor ステラーの収差配置です。これまで改良が進められてきたのですから、それを踏襲しているように見えますが、違うところもあります。球面収差は美しい左巻きになっています。レンズは球体なので自然とこうなる傾向があります。逆巻きは基本ありません。これが重要で20年代はこの形が続きます。湾曲は逆になっています。前に出ていたものを引っ込めたわけですから、落ち着いた画になりそうということが推察できます。
Stellor 収差図SOM Berthiot : Stellor

 もう一度、球面収差を見ますと、ピンク色の紫外線400nmも表示させていますが、波長が短いので本来はアンダーのところ、それがオーバー側に捻れています。ダゴールからの技術です。こうすることで青が強くなります。モノクロだから色は見えないのですが、しかし取り込む光には色があるので影響は見えます。シャドーが締まります。これが非常に重要なのはKinoが人物を撮影するものということと関係があります。この青は肌の補色なので、人物を引き立てます。だけど何らかの方法で単純に青を強くすると電球の黄色(或いは肌色)と中和して白になります。そうではなく、青とオレンジ(肌色)をしっかり分離せねばなりません。この原則はモノクロ、カラーどちらも同じです。

 1924年、Astro Berlin アストロ・ベルリン Pan Tachar パン・タッカーです。似ているのはレンズ構成だけではなく収差配置まで似ています。
Pan Tacharf2.3 収差図Astro Berlin : Pan Tachar

 1925年、Goerz ゲルツ Kino Hypar キノ・ハイパーです。ダゴールの延長ということがわかります。球面収差を少しアンダー、非点収差は開いても左に寄せている、湾曲は戻しています。新しい感覚を取り入れKinoに適したものにはしているものの、ダゴールのDNAは失っていないことがわかります。
Kino Hypar 収差図Goerz : Kino Hypar

 1922年、Meyer メイヤー Kino Plasmat キノ・プラズマートです。攻撃的なパン・タッカーです。しかし設計された順序は逆で、こちらの方が古いです。目盛を見ていただきたいのですが収差が多すぎて見るからに暴れそうです。これも湾曲がプラスです。マイナスはフランス人の感性で、それをアストロ・ベルリンが引き継いだと考えられそうです。
Kino Plasmat 収差図Meyer : Kino Plasmat

 1930年、Cooke クック Speed Panchro スピード・パンクロです。湾曲をマイナスにしたペッツバール・オリジナルです。ここで古い収差配置に戻しています。改良ではなく、古い方が良いと主張しています。そして色収差を強烈に捻っています。そのため結構青が強くなります。やりすぎでは? とも感じられます。スピード・パンクロは何度も改良されており、クックはこれをやめたこともありますがハリウッドから苦情が出て戻しています。色が滲むのか、モノクロでも描写がボヤけるのですが、それで良しだったようです。見た目は大人しく収まっているようには見えるのですが、意外と攻撃的です。
Speed Panchro 収差図Cooke : Speed Panchro

 1952年、Schneider シュナイダー Cine-Xenon シネ・クセノンです。レンズ構成はスピード・パンクロと同じガウス型です。収差も大きく変えていませんが、そもそもクセノンはスピード・パンクロの改良バージョンの1つでした。それを戦後、シュナイダー独自に設計し直したものです。改良なのですが、ほとんど変えておらず口径もf2のままです。過激な色収差は修正しています。
Cine-Xenon 収差図Schneider : Cine-Xenon

 1943年、カラー対応したスピード・パンクロ IIです。球面収差の直立型は変えておらず、色収差は最終的に修正しています。シネ・クセノンとの大きな違いはそれぐらいです。直立型は英国人が好みそうで、コンチネンタルとは感覚が違うことを感じさせます。
Speed Panchro II 収差図Cooke : Speed Panchro II


総論

 戦後、50年代ぐらいにもなりますと、シネ・クセノンのような収差配置が主流になり、スチル用のライカレンズも同じようになっていきました。違いを生んでいたのは微妙なバランスとガラスの選び方でした。その中でもシネ・クセノンは際立った傑作です。

 20年代の諸作についても同じことが言えます。収差配置はどれも似ているが、実際撮影してみると結構違うということです。そこを収差配置自体を変えてしまうというのはかなり大きな変化です。それが最終的に落ち着いたのがシネ・クセノンです。業務機材として手堅いものでもあります。

 戦前のKinoは、アール・ヌーボーなど芸術運動の影響下にあり絵画調です。戦後はそこから脱し、写真映像として独立している感があります。背景となっている感覚がかなり違います。キノ・プラズマートやスピード・パンクロの収差は、真実を写し取るという感覚ではありません。これらはモノクロ時代のものだからカラーには合わないという人がいます。それは違うということが、小店が撮影している特に動画を見れば明らかです。これらの味は戦後のレンズで撮影できるのでしょうか? デジタル処理で近いものはできるのかもしれませんが、だいぶん違うのではないかと思います。それは戦前戦後の考え方の大きな違いがあるからです。

 シネ・クセノンは戦後ですが、これですら現代のレンズでは撮れない映像と言われています。戦前のものともなるとそれはより困難でしょうね。しかしこのような”映画”に特化したレンズを作ってしまうと汎用性が失われる懸念があります。商品、建築、スポーツなどKinoだと困る対象があります。そこでフィルターを使うという手法が一般的になっています。業務プロダクションがデジタルを使い始めた頃からあります。シュナイダー公式のフィルターページの下の方にHollywood Black Magicの比較動画が載っていますのでここで共有します。SONYを使い、現行のクセノンで撮影しています。

 こういうフィルターをつけっぱなしで撮影したりします。世の中全体がこういうもので良いという流れになっています。それに対する反発がレトロ化で、こういうものも出てきました。

 これら現行の開発品は、それぞれ良いでしょう。これらも肯定した上で、それとは別にレンズは本質的なものとして、やっぱりそこはきちんとするのが本来ではないかと思います。業務の人たちが「フィルターでいいよ」となっているところに優れたフィルターを供給するシュナイダーも凄いですし、多感な少女らが求めるものを「これでしょ?」と供給する富士フィルムも凄いですが。戦前のレンズを再度見直すべきと思います。

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