無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




ドイツ帝国主義の権化 パン・タッカー Pan Tachar
「湖楼」X1 50mm f2.3

2015.02.18

アストロ・ベルリンにはゲルマン魂が宿っている

 ドイツのレンズというとまずはツァイスとかライツあたりになるのかもしれませんが、見方によってはシュナイダー、ローデンシュトック、シュタインハイルあたりの方がよりドイツ的であるとか色々な見方があると思います。しかし戦前のゴリゴリのドイツというとゲルツとか、やっぱりベルリンのメーカーになってきます。どうしてなんでしょうね? 戦後も"ゲルマン魂"を継承し続けたアストロ・ベルリンのレンズは、ドイツ的という意味では不滅の価値があるように思います。

 そもそもゲルマンとはどういうものかというあいまいな部分もあります。これはつまり源流は、神聖ローマ帝国です。しかし現代の我々はそんな昔のことはよくわかりません。せいぜい歴史書を読んで知識を得る程度なので"魂"とか精神分野について論じることは困難です。それでも神聖ローマ帝国は後にドイツ帝国、そしてナチス(第三帝国とも言われた)と引き継がれたのでそれぐらいまで来ると少しわかるようになってきます。なぜなら19世紀末ぐらいになると芸術関係のものが結構残っているからです。特に重要なのは録音です。その時代の精神性を表すものとして録音程分かりやすいものはありません。特に音楽です。しかしドイツ帝国時代の多くのレンズはまだ技術が成熟していないので十分に個性を反映させるには至っていないように感じられます。この言い方には語弊があるかもしれません。技術は十分に発展していましたが、技術偏重一点張りでそれ以上の魅力は欠けていたと言った方がいいかもしれません。"魂"とかまだまだそこまで達していないように感じられます。硬過ぎる描写のレンズが評価されていました。乾板を使っていたからでしょう。

 ドイツで最初に大きな成功を収めたレンズの1つはゲルツによるダゴールで、ここまでくるとゲルマン的個性のようなものが感じられますが、しかしこれはデンマーク人による設計でした。デンマーク人とドイツ人では近いようでかなり違います。デンマーク人によってレンズの魂のようなものが吹き込まれ、それが後にツァイス・イコンに吸収され、この頃になるとゲルマン的な何たるかがぼちぼち見え始めてきたように思います。ツァイスは技術偏重傾向を強めましたが、それでもこの頃に芽生えてきたゲルマン的描写は失われることなく引き継がれ30年代頃のベルリンで成熟しました。アストロ・ベルリンです。そしてそれはシュナイダーが継承し、彼らが現代ライカのレンズを設計しています。そしてこの風格は現代ツァイスにも受け継がれています。

 アストロ・ベルリンというと特徴的なのは「ナチス臭」です。ナチスというと良いイメージで語られることはありませんが、それは歴史、政治分野での話です。芸術という分野がそれらと関係ないことはないですが、そこは別問題です。本稿は政治とは関係ありませんがそれでもそこが切り離せない人のために少し加えると、ナチスの幹部はほとんどユダヤ人です。ニューヨークのユダヤ人によって送り込まれ、資金援助も受けていました。ユダヤがユダヤを迫害していたことになります。このような例は歴史的に他にもあります。そしてナチスの幹部はヒトラーも含めてほとんどがアルゼンチンに移住し生涯を安らかに終えました。非常に複雑な背景があります。しかしここで重要なのは歴史的真実ではなく、ナチスが芸術を奨励したことです。当時国家予算を投じられたものの中で最も知られているものは音響機器で、ノイマンのマイクやシーメンスの補聴器は今でも世界最高ですが、光学分野ではツァイスもそうです。これらからはナチス臭が抜けて、こういうのを洗練とも言いますが、現代の製品からは在りし日の雰囲気はなくなっています。しかしナチスは神聖ローマ帝国の復興、つまりゲルマン魂による再興を目指していたので、ナチス時代の製品に感じられるドイツ臭さは半端ではありません。特にアストロ・ベルリン、がっつりゲルマン臭がします。これがまた良いんです。

 そのアストロ・ベルリンを代表するレンズがパン・タッカー Pan Tacharです (独特許 DE440229、米特許 US1540752)。ここには2つの光学データが載っていて、イメージサークルの大きさが少し違います。長い方がフルサイズの規格に換算すると焦点距離105mmぐらい、短い方は85mmぐらいです。f値は実際に発売された製品に基づいて、どちらもf2.3とします。以下の図は焦点距離50mmで出します。

 1つ目の長い方です。特許通りの比率だと画角は25度です。
パン・タッカー 1つ目 ガラス配置図 パン・タッカー 1つ目 縦収差図
 2つ目です。こちらの方がイメージサークルは大きいです。画角は28度です。
パン・タッカー 2つ目 ガラス配置図 パン・タッカー 2つ目 縦収差図
 これは2種類の収差を提示していることになります。当時のキノの収差配置として提案されたものと思います。2つ目の方はキノ・プラズマートに似ていますが、収差はプラズマートよりかなり少ないです。この2種共、焦点距離が長いのでできれば50mmにしたいところです。このまま単に画角を広げるとどうなるのかやってみます。1つ目は既に大きな収差があるところ、これが周辺に向かって拡大されていきますので、これでは無理、2つ目は問題なさそうです。実際に製造されたのも過去の作例を見るに、こちらでしょう。画角を広げると以下のようになります。

画角を広げたパン・タッカーf2.3 ガラス配置図 画角を広げたパン・タッカーf2.3 縦収差図
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