無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




ガラスの厚みについて

ガラスの厚みと表現の関連性 - 2013.08.10


 レンズに使うガラスの厚みを増すのは常に簡単とは言えません。光は空気とガラスの境目で屈折しますから、そこが基準になっていてガラスの間隔と厚みで屈折のタイミングが変わってきます。その距離を大きく取るというのはほとんど望遠、逆望遠もありますが、多くのレンズ構成では簡単ではないことが多い筈です。この厚みを増すことのデメリットを省みずに、何とかガラスの厚度を得ようという努力が19世紀からなされてきたのは、このことによって得られる効果がデータで表せないことを考えれば興味深い点です。ガラスを厚くしてゆく設計法が過去から現代まで使われているのはどういうことなのか、本稿で考えます。

Aplanat Aplanat

 シュタインハイル Hugo Adolph Steinheilが1866年に設計したアプラナット Aplanat(米特許 US180957)は、非常に優秀だったため、20世紀初頭までの光学界を席巻しました。前後対称形としたことによって各収差補正が良好になされ、シンプルな設計だったことが好感されました。

Gruppen Aplanat,Gruppen Antiplanet Gruppen Aplanat  Gruppen Antiplanet

 しかしシュタインハイルは前後のバランスを非対象形にする方が良さそうだと考えるようになり、1879年にグループ・アプラナット Gruppen Aplanat(独特許 DE6189)を開発しました。さらにガラスを変更して1881年にグループ・アンチプラネット Gruppen Antiplanet(米特許 US241437)も開発しました。性能はそれほど向上したとは思えず、ガラスを異常に分厚くしたことで口径食の問題が出るようになったので、円錐形に削って対応しなければならなくなりました。どうしてこういうものを作るようになっていったのでしょうか。

 思うに、シュタインハイルはまず性能に関しては対称型のアプラナットで一応の結論が出たと考えたと思われ、その根拠として同レンズを収差論の確立者 ザイデル Philipp Ludwig von Seidelとの共同作業で完成させたこと、世間から高い評価を受けたことなどがあったと思われます。シュタインハイルはそこからまだ前進の余地があると考え、彼が考える魅力ある画像を得るために色んな工夫を盛り込んでいくと、ガラスが分厚くなっていったのだと思われます。厚みを増やす技法が試されたのは歴史上これが初めてだったかもしれません。シュタインハイルがガラスを円錐形に削ったことは厚度に関して妥協しないという揺るぎない確信を感じさせます。コストがかかる筈ですがそれでも分厚くしたかった理由があったということです。

Culminar 85mm f2.8 Culminar 85mm f2.8

 アンチプラネットが開発された同時期に人物用アンチプラネット(米特許 US241438)も開発されて同時に特許が申請されています。これは特にガラスを分厚くした設計ではなく製造もされなかったようですが、戦後に復活しシュタインハイル Steinheil クルミナー Culminar 85mm f2.8として販売された時にはガラスの厚みが大きく増していました。

Goerz Dagor Goerz Dagor

 シュタインハイルのグループ・アプラナットの描写は、1892年にゲルツ Goerz社のエミール・フォン・フーフ Emil von Horghによって開発されたダゴール Dagor(スイス特許 CH6167)に似ており、これも厚みがあります。線が太く、濃密な印象の画になります(ドッペル・アナスチグマット Doppel-Anastigmat 120mm f4.8)。もしダゴールがグループ・アプラナットの改良を意図して設計されたものであったなら、理想的な対象形に戻し、貼り合わせを増やしてコントロールの幅を広げ、円錐形工作も不要となりましたから、成功した改良だったと言えます。そしてダゴールは市場で高く評価されたことで、このレンズを通してシュタインハイルの考えが正しいことが証明されたとも言えます。戦後のクルミナー 85mmは厚いガラスを使ったとはいえ、ダゴールやグループ・アンチプラネットから数歩下がった感じにチューニングしているように見えます。

Gauss Doppel-Objektive1 Gauss Doppel-Objektive1

Gauss Doppel-Objektive2 Gauss Doppel-Objektive2

 ガウス型のレンズ構成もアプラナットと似たような変遷を辿り、当初はこのような4枚構成でしたが、

Cooke Opic Cooke Opic

 英クック CookeのH.W.リー Horace William Leeによって1920年に設計されたオピック Opic(英特許 GB157040)を以てガウス型が完成したとされています。これまではガウス型もダゴールと同様、対称形を保ち、貼り合わせを増やしていました。しかしガウス型はここから非対称形への挑戦が始まり、現代に至るまで対象形は復活していません。ここでもシュタインハイルの方法論が正しかったことが証明されています。

Cooke Speed Panchro Cooke Super Speed Panchro 50mm f1.3 TypeI

 ガウス型は傑出した設計でしたので傑作が多く世に出、その内の1つは、H.W.リー自身がオピック完成より10年後、1931年に開発したスピード・パンクロ Speed Panchroでした(この図は40年代のシリーズII)。20年代にトーキー映画の時代になったことで騒音の出る放電灯が使えなくなり、より暗い電球を使うようになったことで開発されたレンズでした。

Biotar 75mm f1.4 Biotar 75mm f1.4

 当時はスピード・パンクロの代わりに、ツァイス Zeissのビオター Biotarを使うという選択肢もあって競合していました。後群の2枚分割を1つに纏めていますが、従来のガウス型とは違い大きな塊を配置しています。描写はスピード・パンクロとよく似ています。

 本コラム欄で確認できる厚度の高いガラスを使ったレンズとしてはベルチオ Berthiot シノール Cinor 25mm f1.4があります。これも日陰に入ると濃厚な表現となり、屋外の明るい環境ではあまりはっきりしません。それに対して同じガウス型ですがレンズの枚数を増すことによって全体の厚みを増やしたケルン Kern マクロスウィター MacroSwitar 50mm f1.8は屋外でも使えパステル調に纏められていますが、やはり日陰や室内では非常に濃厚です。レンズの枚数が少ないテッサー型でも厚みを増せば表現が濃厚になり、デ・アウデ・デルフト De Oude Delft アルフィノン Alfinon 50mm f2.8はその中の一つです。エルノスター型は初期の4枚型から発展してゾナー型に成長していく過程で厚みを大きく増していきました。ツァイス・イエナ Zeiss Jena ゾナー Sonnar 50mm f1.5も個性は違いますが濃度や線の太さについては同じことが言えます。広角でもシネ用であれば画角が狭いので厚みを増すことができ、ズノー Zunow 38mm f1.1は意図的に厚くしているのがわかります。

レトロフォーカス型 レトロフォーカス型

 レトロフォーカス(逆望遠)型の場合はこのように大きな空間があります。そこで、この空間にガラスを充填する方法が考えられるようになりました。

Zeiss Distagon 50mm f4.0 Distagon 50mm f4.0

 この例はツァイスのディスタゴン Distagon 50mm f4.0ですが、このように間隔を埋めるのが現代では一般的になっているようです。従来、レトロフォーカス型は特にデジタルだと薄味な傾向も多少あるかもしれないので(アンジェニュー Angénieux Type R11 28mm f3.5参照)、もっと手厚くしようということだと思います。

Zeiss ProTessar 115mm f4.0 Zeiss ProTessar 115mm f4.0

Zeiss ProTessar 85mm f3.2 Zeiss ProTessar 85mm f3.2

 ツァイスの割と新しいレンズではコンタフレックス Contaflex用にこういうレンズも作られていました。115mmの方はレトロフォーカス型に露骨にガラスを埋め、グループ・アプラナットのように円錐形にしています。85mmの方は前と後ろに厚いガラスを使っていますが、特に前玉は目立っています (注:この図はアタッチメントで、この後ろにテッサー型の第2,3群を内蔵したものをマウントします)。

Leica Summarit 35mm f2.5 Leica Summarit 35mm f2.5

 現代ライカのズマリット・シリーズはf値に余裕があるためかガラスを容赦なく厚くしており、この35mmは何と前玉が陥没しています。こういう設計は戦前からあるので新しい発明ではありません。後ろも厚いですがやはり前が際立っています。これは1つのノウハウのようです。

Leica Summarit 75mm f2.5 Leica Summarit 75mm f2.5

Leica Summarit 90mm f2.5 Leica Summarit 90mm f2.5

 同じシリーズの望遠も同じく頭でっかちです。シュタインハイル Steinheil クルミナー Culminar 85mm f2.8の影響が考えられるのでしょうか。現代ライカの設計を担当しているシュナイダー Schneiderはかつてテレ・クセナー Tele-Xenar 90mm f3.5を製造し、これはさらに露骨なものでした。ペッツバール型からアンチプラネットが開発され、それがエルノスター型と融合したのかもしれません。

Leica Apo-Summicron 50mm f2.0 ASPH Leica Apo-Summicron 50mm f2.0 ASPH

 しかしライカ最新型の標準レンズ、アポ・ズミクロン Apo-Summicron 50mm f2.0は後ろが分厚くなっています。このバランスはシュタインハイルのアンチプラネットに戻っています。円錐形に削ってはいないようですが、使用ガラスは段階的に拡大しています。これは強烈な濃厚感が欲しいという狙いだと思います。先程のズマリット35mmとは反対にガラス後端が凹んでいます。

 ライカは昔から特に広角のファインダーは分厚いガラスが使われていてガラスの塊みたいですが、これは驚くほど物がはっきり見えます。肉眼より見えるという人さえいます。空気間隔は極力ない方が明瞭になるのでしょうか。コダックの設計師だったキングスレークの本に、絞りの間隔が狭くて製造が厳しいものは不思議なことに良いレンズが多い、と書いてある部分があります。これも同じことを意味しているのかもしれません。データを見て作られたレンズの表現意図を読み取る時にレンズ構成も確認しますが、その時に厚みにも注意を払う価値はあるかもしれません。

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