淡い色彩が情緒を醸し出す
アンジェニュー Angénieux レトロフォキュ Retrofocus R2
「湖楼」A1 28mm f2.2
2025.11.12
巨大な前玉で拡大する広角レンズ
「写真レンズの歴史」にこのような説明が載っています。
20世紀の始め頃から幻灯用スライドの投影の時、スクリーン上の画像を大きくするため「拡大レンズ」を使うことがあった。これは投影レンズの前側焦点の前に置く大きい凹エレメントのことである。このエレメントによりレンズ全体の焦点距離が短くなり投影された画像が大きくなる。これは通常のレンズの後ろに付けて、その焦点距離を伸ばすための凹エレメントと全く逆である。- 「写真レンズの歴史」第10章 逆望遠レンズ キングスレーク著
虫眼鏡のような原理ですから光学初期の頃からわかっていたことだと思います。本格的に設計されたものとしては1929年に、ワイドスクリーンに近くから映写するために設計されたものがあり、大きい物では1931年テーラー・ボブスン社のリー Leeが設計したものがありました。量産化されるようになったのも戦前で、当初は8ミリ用として作られ、エレメントを多用した極めて複雑な構成のもの、非球面(職人が手で磨く)さえあったと言われています。その後1950年代に一眼レフが出て、長いバックフォーカスのために再び逆望遠型が作られるようになり、そのうちの1つとしてパリのアンジェニュー Angénieuxによるレトロフォキュ Retrofocusがありました。この商品名は逆望遠型全般(他社製を含めて)の通称となり、英語読みで「レトロフォーカス」として知られるようになりました。しかしアンジェニュー社のフランス語の古いパテントを見ると「Grand Angulaire(グラン・アンギュレ)」とあります。ドイツでスーパー・アンギュロンと呼んでいるのと同じです。
アンジェニューのレトロフォキュ Retrofocusは幾つか種類があります。パテントデータがあるのは以下です。
- R1 35mm f2.5
- R2 35mm f2.2(実際に製造されたのは35mm映画用の18.5mm,24mm)
- R11 28mm f3.5
- R61 15mm f1.3(16mm映画用。35mmフィルムでは50mm相当)
- R61 24mm f3.5(ALPA)
世の中で非常に評価が高いのはR1で、これを以てアンジェニューの代表作とされています。
アルパではこのR1以外にR11とR61も選ばれていました。パテントデータがないレトロフォキュで見つかっているのは以下の通りです。
- R21 10mm f1.8(16mm映画用)
- R31 6.5mm f1.8(8mm映画用)
- R4 12.5mm f2.2(16mm映画用)
- R41 15mm f1.3(8mm映画用)
- R62 14.5mm f3.5(35mm映画用)
特許はまずフランス国内でR1が申請され、それより後に提出されたR2が先に承認されています。申請日は1950.7.5でした。(仏特許
FR60430)。これはアリフレックスマウントで供給されたフランス語では「シネ(映画)」用です。アンジェニューのTYPEは、レンズ構成を示すアルファベットに続いて数字が割り振られ、収差量の違いで、1はスチール撮影、2はシネ、3はその中間ですが、用途を限定しているわけではありません。4以降は近代的な設計になります。数字二桁目は亜種で、1か2しかないと思われます。
50年代ぐらいまでは、キノ(ドイツ語で「映画」)の収差の概念が重視されていましたが、安い日本製が出てきてからは性能重視で共通化されていったように思います。絵心よりも性能になっていきました。それで我々が求めているのはアンジェニューであれば2番となりますが、小さいフィルム用で、使われているガラスが小さく、本来の良さが出ているようには思われません。
ダゴールも最終的に40mmまで短くされましたが、持ち味が失われているように感じられ、このようなものを見ると、やはりある程度のガラスの質量感は必要と思います。
ラピッド・プラズマートは8mm用のレンズなのでライカ判に拡大すると巨大となりましたが、その分だけ描写もリッチになっています。
広角でキノが非常に少ないのは、アンジェニューがレトロフォーカス型を採用するようになってようやく画角を広げることができるようになってから、日本製が押し寄せてくるまであまり時間がなかったことと関係があるのかもしれません。そのため、アンジェニュー R2は類稀な広角キノと言えます。十分な質量感となるライカ判での製造が期待されます。
R2は、実際に製品化されていたものは18.5mm,24mm f2.2でした。ライカ判換算では28mm,35mmぐらいでした。画角は焦点距離28mmで76度(青の光線)、35mmで64度でした。特許を見ますとアンジェニュー社推奨の画角は65度(緑の光線、収差図で線を引いている位置)です。
まだ見積していません
専用フード付き。フィルター径?mm。至近距離?(マクロもいける)。絞羽?枚。重量は計算値で?gです。
35mmに変えると下図になります。こちらが特許で示されている推奨の画角ですが、ここから28mmレンズにするとガラスが小さくなってスケールダウンするので収差量はほぼ変わっていません。そのため28mm相当でも問題なく販売されていました。しかしこれ以上、画角を広げるのは難しそうです。50mm標準レンズにすることは計算上は可能ですが、前玉が巨大となり、採用する意味がなさそうです。すでに35mmに達すると巨大さからライカではファインダーが大きくケラれ、距離計の使用が不可能となり、カメラを置くのも気を遣いそうです。
焦点距離28mmの横収差図です。キノ特有の空間の歪みはあまり出そうにありません。広角なので対象のクローズアップは考えておらず、かといって、流れる動画で無収差ではいけませんので、R1やR11よりも多量の収差が含められています。この微妙なところが広角キノの特徴です。そのため使いこなしが難しいようなタイプではありません。

これはキノなので、被写界深度がかなりありそうですが曖昧ですので、標準の深度で計算すると、f2.2開放で距離12mに合わせると無限から6mまであります。距離5mなら、3.5~8.6mの深度があります。実際はもっとありそうです。そのためライカ距離計連動は不要にて、本作は製造費が結構安価になります。
ライカはアクセサリシューにファインダーを載せることになると思いますが、視界の下の方にレンズが見えるぐらい大きいです。
P3と同等の大きさです。そのため、焦点距離を25mmにすることも考えたのですが、前玉を大きくしなければ隅が暗く、収差も美しくありません。大きさは限界です。常識的には製品化は不可能ですが、P3同様、これほどの傑作は他にないので、製造が切望されます。
アンジェニューの古典的35mm映画用レンズのレパトワールは以下です。
R2 18.5mmのイメージサークルは計算値で28.5mm、R2 24mmは37mmです。ライカ判は43mmのため、焦点距離28mmとしました。
- R62 14.5mm f3.5
- R2 18.5mm f2.2
- R2 24mm f2.2
- S2 28mm f1.8
- S2 32mm f1.8
- S2 40mm f1.8
- S2 50mm f1.8
- M1 50mm f0.95(NASA)
- S3 75mm f1.8
- S3 100mm f2.0
R1 35mm f2.5は、申請されたのは50.2.17でこれが一番早いです。しかし審査の通過は遅くなっています。(仏特許
FR1013652)。
次はR11 28mm f3.5でした。52.6.29です。(仏特許
FR62932)。
次はR61 15mm f1.3で、57.5.6と少し時間がたっています。(仏特許
FR1189915)。ペンタックスが初めて一眼レフを発売した年です。これは16mm映画用なので、35mm判換算では焦点距離50mmになります。
標準50mmではM1のデータがあります (
アンジェニュー S1「湖楼」A2 50mm f1.8参照)。焦点距離、口径を揃えて比較するとかなり近いです。ですから、標準レンズのシネはこういう配置と結論が出ていたのでしょう。
次はR61 24mm f3.5でした。57.9.23です (仏特許
FR1192221)。60年代に近づいてくると、はっきり右巻きにするようになってきます。これはドイツでも同様の傾向です。これに何か不満があったのか、1年後にこれを改良したとするデータも公開しました。
同じR61 24mm f3.5です。58.10.9でした (仏特許
FR1214945)。意図的に収差を増やしている感じがします。しかもそのためにガラスを1枚増やしています。R2のようなボケ味が欲しかったのではないでしょうか。アルパに供給されていたのはこの設計のようです。
参照できるデータとしてトリプレットもあります (
アンジェニュー Z「湖楼」A4 50mm f3.5参照)。古典的なアンジェニューにおいては、この形で決まっていたのでしょう。
戻る
Since 2012 写真レンズの復刻「無一居」 is licensed under a Creative Commons 表示 4.0 日本 License.