無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




淡い色彩が情緒を醸し出す レトロフォキュ Retrofocus
「湖楼」A2 35mm 28mm 24mm

2024.11.08

巨大な前玉で拡大する広角レンズ

「写真レンズの歴史」にこのような説明が載っています。

 20世紀の始め頃から幻灯用スライドの投影の時、スクリーン上の画像を大きくするため「拡大レンズ」を使うことがあった。これは投影レンズの前側焦点の前に置く大きい凹エレメントのことである。このエレメントによりレンズ全体の焦点距離が短くなり投影された画像が大きくなる。これは通常のレンズの後ろに付けて、その焦点距離を伸ばすための凹エレメントと全く逆である。- 「写真レンズの歴史」第10章 逆望遠レンズ キングスレーク著

 虫眼鏡のような原理ですから光学初期の頃からわかっていたことだと思います。本格的に設計されたものとしては1929年に、ワイドスクリーンに近くから映写するために設計されたものがあり、大きい物の設計では1931年テーラー・ボブスン社のリー Leeが設計したものがありました。量産化されるようになったのも戦前で、当初は8ミリ用として作られ、エレメントを多用した極めて複雑な構成のもの、非球面さえ使ったものもあったと言われています。その後1950年代に一眼レフが出て、長いバックフォーカスのために再び逆望遠型が作られるようになり、そのうちの1つとしてパリのアンジェニュー Angénieuxによるレトロフォキュ Retrofocusがありました。この商品名は逆望遠型全般(他社製を含めて)の通称となり、英語読みで「レトロフォーカス」として知られるようになりました。しかしアンジェニュー社のフランス語の古いパテントを見ると「Grand Angulaire(グラン・アンギュレ)」とあります。ドイツでスーパー・アンギュロンと呼んでいるのと同じです。

 アンジェニューのレトロフォキュ Retrofocusは幾つか種類があります。パテントデータがあるのは以下です。


 世の中で非常に評価が高いのはR1です。アルパではこのR1以外にR11とR61も選ばれていました。パテントデータがないレトロフォキュでVadeMecumに載っているのは以下の通りです。


 R1とR2については外国では同時に申請されたのですが、フランス国内ではなぜか先にR2が申請されています。1950/7/5でした。(仏特許 FR60430)。これはアリフレックスマウントで供給されたフランス語では「シネ(映画)」用です。アンジェニューのシネ用収差こういう基本パターンです。アンジェニューの1番は収差抑え気味で品重視、2番は収差多め、3番は中庸で、2番は魅力あります。

 実際に製品化されていたものは18.5mm,22mm f2.2でした。この2種はフィルムフォーマットの違いで同じ設計でした。22mmの方でもAPS-Cの画角に届きません。これを均等に大きくして画角を増すとデジタル・ラージフォーマットで焦点距離28mmで、画角は77.2度でした。35mm判では焦点距離35mmで、画角は64度でした。特許を見ますとアンジェニュー社推奨の画角は65度が限界です。ということは、実際に製品化されていたものは品質面で推奨範囲を超えていたことになります。小型ムービーカメラ用なので要求が低かったものと思います。アンジェニュー社の考えるR2は35mmに抑えたものです。この設計をこの画角で映画用に供給する必要性がなかったのかもしれませんが、スチールで出していたら現代では人気があった筈です。ラージフォーマットで28mmというと四隅で荒れてしまうのがはっきりしてしまうかもしれません。収差図で横線を引いて示しています。線より上が四隅の収差です。さらに夕方以降の暗くなってきた環境では光量が足りなくなりそうです。
R2 ガラス配置図 R2 縦収差図
 次はR11 28mm f3.5でした。52/6/29です。(仏特許 FR62932)。こちらはスチール写真用です。
R11 ガラス配置図 R11 縦収差図
 次のR1 35mm f2.5ですが、申請されたのは50/2/17でこれが一番早いです。しかし審査の通過は遅くなっています。(仏特許 FR1013652)。
R1 ガラス配置図 R1 縦収差図
 次はR61 15mm f1.3で、57/5/6と少し時間がたっています。(仏特許 FR1189915)。これは16mm映画用なので、35mm判換算では焦点距離50mmになります。VadeMecumを参照しますと、35mm映画用レンズのリストがあり、R2とR62があるのですが、28,32(標準),40,50mmではガウス型のS2、50mmに関しては明るいM1も、75mmはS3となっています。16mmフィルムとなりますとレンズの方もかなり小さくなります。ガラスも小さくなりますので味がもう一つよくありません。それでガウスを採用して手厚くしたのではないかと想像されます。
R61 15mm ガラス配置図 R61 15mm 縦収差図
 標準50mmではM1のデータがあります (アンジェニュー S1「湖楼」A1 50mm f1.8参照)。焦点距離、口径を揃えて比較するとかなり近いです。ですから、標準レンズのシネはこういう配置と結論が出ていたのでしょう。
M1 縦収差図
 次はR61 24mm f3.5でした。57/9/23です (仏特許 FR1192221)。60年代に近づいてくると、はっきり右巻きにするようになってきます。これはドイツでも同様の傾向です。これに何か不満があったのか、1年後にこれを改良したとするデータも公開しました。
R61 24mm ガラス配置図 R61 24mm 縦収差図
 同じR61 24mm f3.5です。58/10/9でした (仏特許 FR1214945)。意図的に収差を増やしている感じがします。しかもそのためにガラスを1枚増やしています。R1やR2のようなボケ味が欲しかったのではないでしょうか。アルパに供給されていたのはこの設計のようです。
R61 24mm改良 ガラス配置図 R61 24mm改良 縦収差図
 参照できるデータとしてトリプレットもあります (アンジェニュー Z「湖楼」A3 50mm f3.5参照)。古典的なアンジェニューにおいては、この形で決まっていたのでしょう。
Z 縦収差図

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