ルドルフの遺作 Rapid **US1833593**
「院落」P3 60mm f1.2
2024.11.27
第四の
Kino **DE401630**
商標権が取得されている名称は使用できませんので引用元の「**DE401630**」ような形で表記することに致しました。ご迷惑をお掛けします。 - 2025.3.17
1935年春のパウル・ルドルフ Paul Rudolph死去に関する死亡記事には、彼が最後に取り組んだレンズは「Rapid **US1833593**(米特許 US1833593)」だったと書かれていました。この設計はドイツ特許庁に認められませんでした。Zeissに保管されているMertéが個人で制作していたデータシート 858に記載されており、画角は約30度でした。設計はメイヤー在籍時で、メイヤーから8mm映画用で12mm f1.1が販売されたことがわかっています。これは70mm相当です。特許は米国で申請が通過しています。その記載では口径はf1ですが、Mertéはデータシート集の目次で、実際にはf1.2ぐらいと指摘しています。
ルドルフ博士40歳ぐらいのお写真です。ラピッドは晩年の作、ラピッドでの撮影ではございません。
これは小さなフィルムサイズ用の**DE401630**です。**DE401630**も8mm映画用に12.5mmからありますが、レンズが小さくなりますと味がなくなりますしフィルムも小さく映像が貧しくなりますので、そこを埋め合わせるような特化したものを作らなければならないと考えたものと思います。今後8mmカメラが普及するであろうとの商業的理由から最高のレンズを開発しようとしたものです。その意味で、強化された**DE401630**と言えます。小さいフィルム用ならレンズも小さいのですが、そこを手厚くしていますので、35mm判にスケールアップすると巨大となり、重いガラス、高価なガラスをたくさん使う合理的でないものになります。そういう意味で小さいフィルム用です。ですが、8mmでしっかりした濃厚な画を撮るために作ったものをもっと大きくして見るというのは、**DE401630**の素晴らしさを体感した後では、やはりこれも復刻したいとなります。
実際に製造する大きさで出図しています。絞りが入りきらないことがわかります。レンズは接触しています(製造では接触させない)。特許の説明では、途中までしか絞りは入らないので現代のタイプの回転型の絞りを使う必要があると書かれています。ガラスは圧着させてはならないとも注意があります(温度が上がると膨張して割れる)。f2.8まで可能です。f1.2~2.8というとんでもない玉です。これを白昼晴天で使用となると、相当な高速シャッターとなり、現代では可能ですが昔は不可能だった筈です。そのため、スチールでの使用は想定されていないことがわかります。しかし8mmのような映画では、小さいことから集光に難があり、どうも暗くなる。これぐらい明るくないと使えないということです。
完成は11月17日です(早ければ10月末かも?)。
企業からの工業製品の受注が急増している(米関税の影響か?)とのことで納期が長くなっております。
小店は消費税を払っていない事業者なので年間の販売額を制限しています。現在のご予約は早くても来年お受け取りになります。
ガラス・コーティング無しをご希望の場合は選択して下さい。コーティング有は+11,000円です。
専用フード付き。フィルター径62mm。至近距離0.5m。絞羽12枚。直進ヘリコイド。重量は計算値で567g

ガラスの厚み、間隔、貼り合わせの位置こそ違いますが、レンズ構成は同じであることがわかります。貼り合わせるのは色収差の調整なので、それ以外の収差へのプレゼンスはかなり限定的、大筋では関係ないとみて構わないと思います。縮尺は合わせていますのでRapidのガラスが如何に巨大で分厚いかがわかります。濃厚でリッチな描写となりそうです。いずれも焦点距離50mmに合わせてあります。
製造は57mm(表記は60mm)ですので、ガラスはもう少し大きくなります。推奨が70mm(画角32.5度ぐらい)ですが(Kino
**DE401630**はもっと狭い感覚があります)、長すぎるのではないかということで、画角39度は大丈夫だろうと、半画角で3度ほど角の方が広がりますが、これで製造といたしました。

Kino
**DE401630**は他に2種類ありますが、これらも基本構成は同じです。Kino
**DE401630**は特許のデータを参照すると3番目のKino
**DE401630**でした。そうしますとRapid
**US1833593**は4番目、ルドルフ博士最後のKinoでした。Kino
**DE401630**の美しさを見るに感じられるのは、最後のKinoが世に現れていないのは悲劇。どれほど美しいのか大いなる期待を抱かせます。

Kino
**DE401630**は焦点に関しては鮮明に写っていました。対してRapid
**US1833593**は球面収差(図左)が約-1mmで、ソフトフォーカスの範疇と捉えることが可能です(近現代的なソフトフォーカスレンズはもっと本格的にボケますので、その観点からは全くソフトフォーカスではありません。イメージとしてはライカ・ズマリットが大口径にするために設計に無理があり、残存収差で僅かにソフトになってしまう。それを設計でオーガナイズして善用したものと考えれば近いように思います)。f1.7でかなり完全に色収差が消えますが、そこまでは球面収差が維持されており、そこから球面収差が減少してf2.8までで、絞り切ると
スーパー・シックス Super Sixに近くなります。スーパー・シックスが使っているガラスの屈折率はすべてあまり変わりませんが、Rapid
**US1833593**使用ガラスの屈折率は全て同じです。どちらの設計も、分散だけが違う2種のガラスしか使っていません。非点収差図(図中)のタンジェンタル線(点線)がKino
**DE401630**のサジタル線と同じで、もう片方の線が反転しています。球面収差と同じ方向に合わせています。このことによって平面を得るのですが、しかし収差が多すぎるため平面にはなっていません。

Kino
**DE401630**は焦点の幅が狭いのですが、Rapid
**US1833593**では絞りが奥まで入らないぐらいガラスの間隔を詰めた結果、焦点が広くなっています。Kino
**DE401630**はf1.5ではガラス間隔を広げているので、印象は変わりそうです。
口径はf1と指定されていますがメルテの指摘通り、f1.2が限界でした。44x33は覆いません。後玉がほぼフランジ付近で6cm以上出ている寸胴の巨砲です。フィルター径が62mmで(ズマレックスですら58mm)、ライカのレンジファインダーは使用できますが、ファインダーの右下は多くケラれます。
ガラスの透過率に関しては設計値は100%で考えています。コーティングをしても少しロスしますが、コート無しともなりますとf1.2のところ、透過率72%でf1.5(T1.5と表記)となります。しかし表記はf1.2のままにしてあります。なぜなら、絞り優先AFにおいては自動でシャッタースピードを調整するため考える必要がないということと、透過率と被写界深度は関係なく、ピントの薄さはf1.2のままだからです。とにかくf1.2はあまりに明る過ぎる上、絞ってもf2.8まで。コート無しでT1.5~3.5ぐらいとなり、この方がまだ使いやすい筈です。夜間でもT1.5は相当な明るさです。
Kino
**DE401630**は、f2,f1.5,それからラピッドのf1.2、さらにf2の特許に記載されているf2.5はおそらくオールドライカのような柔らかさ、もう一つのf1.7はラピッドのアンダーに対してこちらはオーバーで5種類があります。Rapid
**US1833593**の収差もf1.7を起点にしていますので、球面収差を活用するソフト・フォーカスにおいて、f1.7は重要なポイントだった可能性があります。
f1.2程の大口径ともなりますと歴史的に多くありません。最近ではSONY FE 50mm F1.2 GMがあり、特許が出願されています(
特開2022-140076)。このデータから僅かに手を加えて製品化しているようですが、大きな変化はないと思いますし、特許の中に収差図も掲載されていますのでそれを以下に掲載します。尚、小さいフィルムサイズ用のキノであるRapid
**US1833593**とは比較対象ではありません。
ほぼ無収差に近いものであることがわかります。最近は用途によってデジタル・エフェクト(フィルター)を使用する流れです。そのためエフェクトしやすい基本画を得ることが重要となってきています。一方で撮ったまま使うということも考えられます。何でも対応できるように考えるとこのようになるのかもしれません。安価なモデルも用意しているのでこれは基本的には業務用ではないかと思います。この業務にはオークションを含む物販、動画など一般の人が行うようになった作業を含みます。そのため撮影作業の多くは業務になってきていますし、携わっている人口も以前より多くなってきています。オフィシャルでは言われていないとは思いますが、最近のレンズ全般はエフェクトを使える前提で設計されているように見えます。そのため、大判レンズと似たような方針のように思います。
25年1月にインスタグラムが、これまで人気だったエフェクトの多くを廃止し、ユーザーがカスタマイズできる設定の保存もできなくなりました。現代の表現で言うところの「盛れ」なくなりました。他社のアプリを使用すれば依然可能ながら、meta社公式見解としては否定されるようになりました。この変化の背景として最近、欧米で美容や体型に関してコマーシャル的に”作られた”美的感覚が若い人に悪影響を与えているとして批判されるようになってきたことがあります。プラスサイズモデルなども出てきました。海の向こうの話なので、そのうち訴える人も出てきかねませんから、コンプライアンスの観点から先に過剰なエフェクトを廃止したのではないかと思います。この流れを見ると大判志向がいつまでスタンダードなのかはわからなくなっています。しかし同時に必要性が失われることのないものでもあります。例えば、建築写真では昔からアオリがあり、ベストなアングルだが電柱があると、それをトリック的に写らなくしていました。現代ではデジタルですが、こういう必要性は時代が変わっても失われていません。
時代のトレンドがあるので現代の玉も変わっていきそうですが、これは難しい変化です。現代のSONYが作っているものが大判的なものとすれば、これは実際の大判レンズが様々あって単純ではないのと同様に難しいものです。無収差とはいえ全くゼロではありません。その少しが難しく、特許では未公開、この無収差のところから少し変更して製品化しています。やはり大判と同様、全てを満たすものはないので、SONYにおいてもZeissの設計は残して選択肢を提供しています。Zeissがカメラレンズ事業全般から撤退という話もあるようで、もしそういうことになったら文化の大きな後退と言わざるを得ません。SONYが扱っているのはありがたいと思うのです。それでも難しいようであればツァイスもライカのように手工生産に切り替えるなどで残して欲しいと思います。
大判志向というと、魅力あるのはf4以下の暗い玉です。19世紀ともなりますとf32とか真っ暗な玉もありますが、なぜか暗い風景用の玉は美しいです。現代の我々の概念では、絞り過ぎると描写が硬いだけなのですが、しかしそれとは違い、開放F値で32とかそんななので、開放であるからして柔らかさはあるのですが、それでもf32だから精細さもあるという、どっちも獲るという、ライカのヘクトール28mmはf6.3ですが、これぐらいでも十分に光の乏しい世界だからこその美というものを感じられます。大判が大好きという人々は米国にものすごく多いらしいですが、こういう世界を知っているのでしょう。28mmであれば、もっとはるかに明るい玉はありますが、絞ってf6.3ではダメなのです。
そこでf1.2となるとまた違う表現になります。f1.2で無収差系の玉というのは、狙える対象が従来より格段に広くなることを意味します。そういう意味で意義のあるものなのかもしれません。
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