精密機械の国・スイスで作られたアルパ ALPAという一眼レフカメラがあります。アルパの製造会社・ピニオン社 Pignons S.A.ではレンズは作っていませんでしたが、欧州各国のレンズメーカーがアルパ用に豊富なレンズを供給していました。純正のレンズという概念がないようなカメラ、これも珍しいですが、アルパのコンセプトや個性的なラインナップも独特のものがありました。(ピニオン社の本業は、ロレックスなどの機械式腕時計の歯車製造でした)。
昔はカメラというのは現代以上に高級品でしたが、スイスのカメラですから、当時の水準でもかなり高級なものだったようです。ロレックスを購入するような顧客が購入するものだったのでしょう。そのため採用するレンズもラグジュアリーなものである必要があり、ピニオン社の判断で厳しく選定されていました。そうであればツァイス Zeissが外されているという事実は興味深いものがあります。同じ大会社だったシュナイダー Schneiderは幅広く、そしてズームレンズまで供給しています。ドイツ初期の一眼レフで「ロボット Robot」というのがあり、これもアルパ同様にレンズを他社からの供給に依存していましたが、こちらはツァイス、シュナイダー共にありました。しかしツァイスは圧倒的なブランド力でシェアを制圧し、シュナイダーはそれほど売れませんでした。ツァイスの威光を利用すればアルパはもっと成功したようにも思います。ベルテレがツァイスを出てから設計したものは採用しているので否定していたわけではなかったと思われます。しかしツァイスほど世間に出回っているものではラグジュアリーとは言えないという側面は否定できません。ソン・ベルチオ SOM Berthiot、英ロス Rossも同じ理由で含まれていないのではないかと思います。これらの人々は新しいことに挑戦しているメーカーに出資したがります。これら3社は実際、非常に素晴らしいレンズを作っていたので物そのものを見て外される理由は希薄と言えます。
ピニオン社のレンズ選定は光学会社に対してではなく、光学設計毎に行われていました。例えばシュナイダーの50mmであればf1.9よりも明るいレンズはあり、高級カメラとしてのアルパに装着するものとしては申し分ないスペックだった筈です。明るい方がスペック面と金額面では高級なのですが、しかし富豪という人種はスペックと金額は見ません。富豪と庶民(成金も含む)の高級に対する認識は異なっています。玉の外観、撮影した写真が洒落たものであることが重要で、その条件が満たされていたら安価でも構わない程です。どんなに高額でも彼らにとっては安価だから金額に意味がありません。明るい玉は太いので外観も悪いし、大きな前玉が如何にも高価なものというイメージを醸しだしていれば富豪からは敬遠されます。業務の感じも出てしまう、さりげなさがない、イカした趣味という雰囲気もないと、そういう感覚となります。高級スイス時計に関わってきたピニオン社は、彼らの特徴をよく知っていたと考えられます。例えば、同じようなスペックのレンズを幾つも並べています。最初期から標準レンズの明るさ違いでほぼ同じスペックのものが2つずつありました。「どちらも素晴らしいですよ」と言ったら、富豪は両方買います。スペックではなく描写を楽しみたいからです。一般の消費者であれば的を絞ったものを提案して貰いたがります。出費するのだから失敗はできない「どれもすごくいいですよ」では納得しません。最高の1本を探そうとします。アルパを選びました。しかしレンズはそれと別に考えないといけないというのも理解されにくいのです。多くの人はニコン Nikonやキャノン Canonを買ったらニコンやキャノンの純正レンズを付けたがります。ライカ Leicaを買うということはライカのレンズが欲しいということも意味しています。これが一般消費者の思考パターンです。この違いを理解してからアルパのリストを眺めてみて下さい。
購入者に対して「売れるレンズ」ではなく「使ってしばらくして良いものということがわかるレンズ」を選んだように思えます。良いレンズはアルパのレンズ以外にもあります。しかし新しい表現の追求、日本製が席巻する前夜の、欧州芸術の最後の輝きの精華をリストすれば、必然的にアルパのカタログに行き着くのではないかと思います。そういう観点からであれば、以下に並んでいるものは、無条件に盲目的にであれ「良いレンズのリスト」と解釈してしまっても間違いないと断言しても良い程です。これがすなわち、アルパ用として確認されているレンズ群をリストする意義です。
EXTENSAL - アルパアルネア ALNEA4以前の古いアルパ用望遠汎用ヘリコイドで、必要な場合は記載
EXTENSAN - アルパアルネア ALNEA4以後の古いアルパ用望遠汎用ヘリコイドで、必要な場合は記載
アルパカメラとは、ジャック・ボゴポルスキー Jacques Bogopolsky(1896~1962.1.20)というスイス系ユダヤ人が設計して少量販売したボルカI Bolca I (1944年発売)をピニオン社が購入してほぼ仕様を変更することなく製品化され発売されたカメラです。ピニオン社へ売却する前にボゴポルスキーが販売したボルカに付けられていたレンズは以下のソン・ベルチオのみだったようです。初期アルパとボルカはほぼ仕様が同じなので相互に利用できます。
SOM Berthiot | Anastigmat | 50/2.8 | |
SOM Berthiot | Flor | 50/1.5 | 超珍品 |
アルパI型、II型、III型までこの仕様のまま継続し、IV型以降は新たな設計師の元で大きく変更しレンズのマウントも変わりましたので互換性はありません。一般にアルパのレンズというとIV型以降になります。初期の古いマウントのレンズは以下です。
Angénieux | Alcorar | 35/3.5 | X1,テッサー型 |
Delft | Alfinar | 35/3.5 | テッサー型 最短撮影距離0.55m |
Delft | Alfinar | 38/3.5 | テッサー型 最短撮影距離0.6m 生産数604本 専用アタッチメントA |
Angénieux | Alitar S1 | 50/1.8 | ガウス型 最短撮影距離1m |
Schneider | Xenon | 50/1.9 | ガウス型 最短撮影距離1m |
Delft | Alfinon | 50/2.8 | テッサー型 最短撮影距離1m |
Angénieux | Z2 Alpar Alepar |
50/2.9 | トリプレット型 最短撮影距離0.9m 3種類見つかっていますが、いずれも同じ物と思われます |
Angénieux | Alsetar | 75/3.5 | Z3,トリプレット型 最短撮影距離0.9m EXTENSAL |
Angénieux | Alporter | 90/2.5 | Y1,エルノスター型,EXTENSAL |
Angénieux | Alogar | 135/3.5 | Y2,エルノスター型,EXTENSAL |
Kilfitt | Tele-Kilar | 300/5.6 |
35mmに関してはプロトタイプも欧米有名オークションで出品された実績があります。レンズを選択する過程で多くを調べている筈なので、プロトは実際にはもっと種類があった筈です。
Rodenstock | - | 35/3.5 | |
Delft | Minor | 37/3.5 |
以下はアルパアルネアIV型以降の標準アルパマウントレンズを列挙します。IV型以前のものと比較するため最初に全てのリストを掲載し、その後メーカー毎に分けた個別のリストが続きます。
Angénieux | R61 | 24/3.5 |
Angénieux | R11 | 28/3.5 |
Schneider | Curtagon | 35/2.8 |
Schacht | Alpagon | 35/3.5 |
Schneider | PA Curtagon | 35/4 |
Delft | Minor | 37/3.5 |
Delft | Alfinar | 38/3.5 |
Kilfitt | Makro-Kilar | 40/3.5 |
Kilfitt | Makro-Kilar | 40/2.8 |
Delft | Alfinon | 50/2.8 |
Schneider | Xenon | 50/1.9 |
Kern Arau | Switar | 50/1.8 |
Kern Arau | Auto-Switar | 50/1.8 |
Kern Arau | Macro-Switar | 50/1.8 |
Kern Arau | Macro-Switar | 50/1.9 |
Schneider | Macro-Xenar | 75/3.5 |
Schneider | Xenar | 75/3.8 |
Angénieux | Alsetar | 75/3.5 |
Schneider | Xenon | 80/2 |
Schneider | Tele-Xenar | 90/3.5 |
Kilfitt | Makro-Kilar | 90/2.8 |
Kilfitt | Kilar | 90/2.8 |
Schacht | Altelar | 90/2.8 |
Angénieux | Alporter | 90/2.5 |
Angénieux | Alfitar | 90/2.5 |
Kinoptik | Apochromat ALPA | 100/2 |
Schneider | Tele-Xenar | 135/3.5 |
Schneider | Novoflex Xenar | 135/4.5 |
Angénieux | Alogar | 135/3.5 |
Delft | Algular | 135/3.2 |
Kinoptik | Apochromat ALPA | 150/2.8 |
Angénieux | Alitar | 180/4.5 |
Delft | Alefar | 180/4.5 |
Kilfitt | Tele-Kilar | 300/5.6 |
Kilfitt | Pan-Tele-Kilar | 300/4 |
Schneider | Tele-Xenar | 360/5.5 |
Kilfitt | Sport-Fern-Kilar | 400/4 |
Kilfitt | Sport-Fern-Kilar | 600/5.6 |
Schneider | Variogon | 45~100/2.8 |
Schneider | Tele-Variogon | 80~240/4 |
Enna | Tele-Zoom | 85~250/4 |
Curtagon | 35/2.8 | 最短撮影距離0.35m 専用アタッチメントB |
PA Curtagon | 35/4 | 最短撮影距離0.35m 35mmカメラ用としては世界初のアオリレンズ シフト幅7mm |
Xenon | 50/1.9 | |
Macro-Xenar | 75/3.5 | |
Xenar | 75/3.8 | EXTENSAN |
Xenon | 80/2 | |
Tele-Xenar | 90/3.5 | EXTENSAN |
Tele-Xenar | 135/3.5 | |
Novoflex Xenar | 135/4.5 | 最短撮影距離2m ノボフレックス仕様クセナー レンズ上のレバーを握ると無限遠となり離すと近い距離にフォーカスされる。あらかじめ距離をセットすることができる |
Tele-Xenar | 360/5.5 | |
Variogon | 45~100/2.8 | |
Tele-Variogon | 80~240/4 |
現代でもマクロの傑作とされる同社のレンズをアルパが評価していたのは興味深い。
Makro-Kilar | 40/3.5 | テッサー型 E:最短撮影距離0.2m 1/2倍 D:最短撮影距離0.17m 等倍 |
Makro-Kilar | 40/2.8 | 明るさのみ変更 |
Makro-Kilar | 90/2.8 | 接写倍率2倍と1.7倍がある |
Kilar | 90/2.8 | 最短撮影距離1.5m 専用アタッチメントA |
Tele-Kilar | 300/5.6 | |
Pan-Tele-Kilar | 300/4 | 最短撮影距離1.8m |
Sport-Fern-Kilar | 400/4 | |
Sport-Fern-Kilar | 600/5.6 | 最短撮影距離10m |
熱烈なナチス党員だったシャハトは、軍需品の製造のためにツァイスからシュタインハイルへ移籍、同僚だったベルテレも呼び寄せます。戦後もナチ支持を捨てなかったため仕事を失い、自分の光学会社を設立します。設計はベルテレです。
Alpagon | 35/3.5 | トラベゴンと同じ光学系 最短撮影距離0.7m 専用アタッチメントB |
Altelar | 90/2.8 | 最短撮影距離0.6m EXTENSAN 専用アタッチメントB |
ミュンヘンの小さな会社ですがベルテレが技術援助していたとされます。これは世界初の望遠Zoomで、焦点距離が伸縮することから、ゴムレンズの意でGummilinseの異名がありました。
Tele-Zoom | 85~250/4 |
R61 | 24/3.5 | 最短撮影距離0.4m 専用アタッチメントD |
R11 | 28/3.5 | 最短撮影距離0.5m 専用アタッチメントDが必要なタイプも有 |
Alsetar | 75/3.5 | Z3 EXTENSAL仕様のものをアダプターを使ってEXTENSAN |
Alporter | 90/2.5 | Y1 EXTENSAL仕様のものをアダプターを使ってEXTENSAN |
Alfitar | 90/2.5 | Y12 |
Alogar | 135/3.5 | Y2 EXTENSAL仕様のものをアダプターを使ってEXTENSAN |
Alitar | 180/4.5 | P21 専用アタッチメントB |
Apochromat ALPA | 100/2 | EXTENSAN仕様(最短撮影距離0.775m)とそうでないもの(最短撮影距離0.85m)がある。専用アタッチメントD |
Apochromat ALPA | 150/2.8 | 最短撮影距離1.5m 専用アタッチメントD |
キノプティックは基本的に受注生産であって、顧客の希望でマウントを取り付けて出荷する方法にて販売していました。アルパ公認のレンズは上記の2本ですが、他の焦点距離のものも発注可能だった筈です。現在の入手方法は洗練されたキノプティックのリストを参照して下さい。
Minor | 37/3.5 | プロトタイプ |
Alfinar | 38/3.5 | テッサー型 ハーフサイズで接写業務用途 最短撮影距離0.6m 専用アタッチメントA |
Alfinon | 50/2.8 | テッサー型 最短撮影距離0.9m 専用アタッチメントA |
Algular | 135/3.2 | 最短撮影距離1.23m EXTENSAN 専用アタッチメントB |
Alefar | 180/4.5 | 最短撮影距離2.05m EXTENSAN 専用アタッチメントB |
アルプスの高い峰々でこそ感じられるような澄んだ描写、あらゆるものを超越した風格に満ちています。常識を超えた解像力で確実に対象を捉えていく様はまさに "神の目" です。
Switar | 50/1.8 | 5群7枚 アポクロマート 最短撮影距離0.535m 専用アタッチメントA |
Auto-Switar | 50/1.8 | 変更点:自動絞り |
Macro-Switar | 50/1.8 | 変更点:自動絞り解除装置にてセルフタイマー撮影に対応 最短撮影距離0.285m 専用アタッチメントB |
Macro-Switar | 50/1.9 | 変更点:5群8枚 |
デルフトが写真レンズ生産から手を引いたので、材料などを引き継いでアルフィノンの2級品のレンズの中央部だけを使う方法にてスイスで組み立てるために設立された急造会社です。アルパは高級カメラなのでこのようなレンズを、ただガラスが勿体ないからという理由で使う道理はなく、ガラスを別の安価なカメラに転用しても良かった筈です。ピニオン社はよほどアルフィノンに惚れ込んでいたと想像されます。初期のアルパレンズのラインナップを見ますとシュナイダーが50mm、キルフィットが300mmでそれぞれ1本ずつしか出していないところに、その他はアンジェニュー(5本)とデルフト(2本)のみで構成しており、広角はデルフトだけでした。この事実を見るとアルパレンズのシリーズの中でデルフトの重要度がわかります。デルフト撤退後は、50mm以外のレンズの供給も止まりましたので、それらは仕様変更することなくスイスで製造が続けられました。変更はHollandの表記をSwitzerlandに変えただけでした。
Alorar | 50/3.5 | テッサー型 最短撮影距離0.9m 専用アタッチメントA |
スイス郵政局が郵便のカウンターを記録するために特注したポストアルパというカメラがあります。以下のレンズが知られています。アロスという謎のメーカーについてはよくわかりません。また、アルパの製造元ピニオン社が自社ブランド(OEM製造)で販売した謎のボルというポスト用と思われるレンズもあります。これだけ50mmというのも不可解ですが、製造したメーカーもわかりません。
Alos | Alos | 35/3.5 | 焦点は0.5m固定。絞り有 |
Staeble | - | 35/3.5 | |
Enna | Lithagon | 35/3.5 | |
Pentax | Takumar | 35/3.5 | |
Pignons | Bol | 50/2.8 |
高級カメラだったアルパも安価な日本製一眼レフの攻勢には勝てず、1976年頃、ついに長野県富岡光学チノンブランド(後にコダック Kodakのデジタルカメラを生産したメーカー)に委託生産することになります。日本製アルパは2種あり、M42マウント、Kマウントがありましたが、これらのレンズもチノンから供給を受け、オートアルパ Auto ALPAの名称で販売されました。24mmから300mmまでの各種レンズを揃えていました。
その他、旭光学 Pentaxからもタクマー Takumarレンズの供給を受け、一部のレンズにはAuto ALPAとクレジットされたものもありました。15mmから1000mmまでのレンズを揃えていました。