これまではいずれもドイツのレンズをご覧いただきましたが、今度はフランス製レンズ、キノプティック Kinoptik フォキャナ Focale 28mm f2を見ます。(豆知識:ソフトで「キノプティック」をフランス語で読み上げますと「キノプチ」です。)ドイツの映画用レンズはアストロ・ベルリンとドレスデンのメイヤーが主なものですが、そこから多くを吸収する形で(この2社より歴史がある)パリのソン・ベルチオが独自の発展を遂げました。表現を追求していく中でいろんな表情を見せるレンズが生み出され、フランスの品格が導き出した3つの表現の中で考察しています。その収差の取り方というのは基本的には変わりありませんが、万華鏡のように複雑な表情を見せるレンズ群の中で、明確な統一を図ろうと考えた時に成さねばならないことは簡単ではありませんでした。それがキノプティック社によって選択された方法でした。
キノプティックはレンズの精度を極限まで高め、光学設計ではいち早くコンピューターを導入したメーカーになりました。キノプティックの中心となるレパトワールはすべてダブルガウスで、ほとんどf2でした。色収差は5本で色消しされるために厳密さが求められ、最も厄介な作業は組立工程になります。手作業で緻密に組み上げられますので、これがたいへん価格が高額になる理由です。
これは癖のようなものを容認しない普遍性を求める指向です。業務用なので現代では当然の考え方です。もっともスタンダードなフランスムービーレンズは何かを決定するものです。同じ方針では、他国のもので成功したものとしては独アストロ・ベルリン、英クックなどがありますが、キノプティックは「フランスの・・」というところに大きな価値があります。
家のすぐ近くにあります宋慶齢(song-qing-ling)同志故居から撮影しました。什刹海にあります。中国のライカ使いがこの場所を聞いてすぐに思い浮かぶのは辛亥革命記念バージョンです。辛亥革命で清朝を滅ぼして民国臨時政府の総統になったのが孫文です。その妻、宋慶齢は共産党の建国以降、周恩来によって監督施工されたこの邸宅に住みました。
辛亥革命記念版は101台しか作られていないということですが、そうであれば中国人が買い占めても不思議はありません。それにも関わらずまだ店頭にあります。もし共産党建国にちなんだものであれば、1001台でも即日完売だったと思います。価格は10万元でもOKだったと思います。一台づつ違う毛沢東語録が軍艦部に記載、とかそういう感じだったらさらに熱かったと思います。その場合は、天安門楼上での発表になるのでしょうか。デジタルでさらに外装が真っ赤であれば完璧だったと思います。
敷地内は漠然と見た感じではよくわかりませんが、かなり立派な木が植えてあるようです。案内も掲げてありますので、ある程度理解できます。これはその案内板の1つです。たいへんシャープでありながら、雰囲気豊かです。背景のボケにも注目してみますと、少々騒がしい感じがあります。この中途半端な距離感の取り方が良くなかったと思います。もっと離すと良いと思います。
背景を離すとこうなります。もうシネ用レンズで馴染んでいる硬質な背景のボケですが、造形感と実際以上の被写界深度の深さが味わえます。
この2枚を見るとソン・ベルチオと間違えそうです。爆濃型のような白の浮き出し方です。しかしいささか淡い感じです。この物体表面の質感の捉え方は一つの特徴と言っても良いと思います。
物体を浮かび上がらせるのもシネ用レンズの表現ですが、焦点の合ったところは繊細で柔らかく表現されています。この距離感はポートレートで使われるに相応しいと思います。ブランコの鉄柱に文字が書いてあります。「子供用のブランコなので、大人は座らないで下さい」反対側の鉄柱を見ますと、安全のためのようです。重量オーバーだと。子供は使ってOKですが、大人は座っただけで危険なのです。恐ろしいブランコです。このあたりは中国独特の感覚です。中国人は納得できるようです。
池には水草が浮いています。奥の方に焦点が合っています。それで手前はボケてきます。このボケはあまり奇麗とは思えません。可能な限り、手前から奥へという感覚で作画した方が良さそうです。
資料館もあるので入ってみてみます。たいてい個人の資料館というのはおもしろくありません。全く期待していなかったのですが、これは意外に見ごたえがありました。この人が中国近代史の真ん中を歩んできたからと思います。民国建国から関わり、夫の敵だった筈の共産党の建国の際には党の領導人たちと共に天安門楼上に上がっています。その後、副主席となり、後に引退して名誉国家主席となって生涯を終えています。文革も問題なく通過しています。時代や政治体制がいかに変化しても常に高官としての地位を保った極めて稀な人です。人生は則ち、中国近代史そのものであって、その近代史を見る角度はこの一人の女性を通すことになるので、独特の視点となり、まるで現実離れしたドラマのようです。天皇のように象徴的な影響力を持っていた人です。
夫の孫文に関係した資料がたくさんあります。本レンズもマクロで撮れるようにしてありますので、至近距離から狙ったものです。キノプティックのような優れたレンズを改造する時にマクロでも使えるようにしておくというのは有意義です。
衣服も展示されており、絹の立派なものはボディーに着せてあります。これはガラス越しに50cmぐらいの距離と思います。一般に偉人の遺品というとファンでもない限り何の感慨ももたらしません。しかしここの収蔵品はいろんな歴史上の事柄と関連性があるので、かなり貴重なものなのではないかと思えてきます。
宋慶齢が生涯乗っていた車が展示されています。運転手はいたと思いますが、この人だったら自分で運転していたとしても不思議はありません。スターリンから贈られたソ連製とあります。こういうデザインの車は今でも売れそうな気がします。人工光の捕え方もなかなか良いのではないかと思います。
日を改めて中国では「KTV」と呼ばれるカラオケ店に行きます。ここは大使館街の外れにありますので、特に高級なところです。通路には立派なソファーが置いてあるので撮影してみます。ライトが当たっているものとそうでないものをそれぞれ撮ってみます。何となくノーブルな雰囲気があります。
師範大学の教職員仲間の方々です。同じ趣味の人が集まったようです。そこへ楽器街などからも教師を呼んで指導を受けながらやっています。演奏中は動いていますので、楽譜に焦点を合わせました。人工光の下での前後のボケが確認できます。とはいえ、動きがあるので参考程度です。
スポットライトのような鋭い光が上から射しています。映画ではこういう光も使われることがあると思うので、そこもうまくカバーしているようです。
キノプティックの優れた点はまず、焦点が合ったところの描写の確かさだと思います。静止画で見ても十分美しいですが、動画だったらもっと良いかもしれません。
キノプティックは方向性はアストロと合致しています。アストロのフランス版としてキノプティックを作ったのではないかと思える程です。選び抜かれた指針と明確な結果を追求するという点が同じです。それでもアストロは2種類のレンズ構成を採用して僅かな選択の余地を残しました。そこをさらに一方に絞り込んだのがキノプティックと言っていいかもしれません。これはこれで一つの考え方です。
しかしベルチオのようにいろんな個性があるというのも良いもので、そういう遊びがないというのは唯一の欠点ですが、キノプティックとベルチオを一緒に交ぜて考えれば、キノプティックはベルチオ派の中の1つのバリエーションという見方はできます。キノプティックには高尚さがあり、ベルチオには穏やかさがあります。
キノプティックはフランスレンズの集大成的なものであるゆえに、フランスを代表するものと言えます。それと同じことはドイツのアストロ・ベルリンにも言えます。あらゆる可能性を試した中で本当に大切な部分だけを昇華させて高まり、清らかさに達した究極のレンズです。