芸術の都パリから生み出されたフランスレンズは、フランス的な感性による美しさが色濃く反映されています。古くは黄銅の筒にガラスを填めた時代からフランス独自の感性を見出すことができましたが、時代を経る毎に洗練されてゆき、その最たるものとしては映画用レンズを挙げないわけにはいきません。しかしどの製品であってもパリ人の感性に則ったものが作られたという点で独自のものがあります。映画というのは「登場人物」というのが重要であって、まずは人を撮るためのレンズです。人物用レンズとしてはオーストリアのペッツバール Petzvalによる光学計算から始まり、英国のクック Cooke、ドイツのメイヤー Meyer、アストロ・ベルリン Astro Berlinによって映画、テレビ用のレンズへの収差の適用が練り上げられ、パリ勢は設計の面で後発となったものの徐々に優勢になっていきました。その初期の足跡についてはソン・ベルチオ SOM Berthiot社が製造したレンズに求めることができます。その後、アンジェニュー Angénieux、キノプティック Kinoptikといった偉大なメーカーが出現しましたが、これらのメーカーが有している感性の源流はベルチオに見い出すことができます。これから、ベルチオの設計師 ラコール Lacour、フロリアン Florianなどベルチオ初期の先人たちの"作品"についても鑑賞していきます。これらは戦前のノンコートのベルチオになります。
鑑賞の前にまず、パリ製レンズの"三態"についてまとめます。しかしこのことについて考える必要があるということは、とても不思議なことです。なぜなら、ある特定の文化圏に属している人々の感性というのは1つの要素に集約されていくからです。設計師についても各個人に好みや癖がありますが、いろんなものを作ったとしても骨格を成すものはたいてい1つです。優秀な芸術家ほど骨格が明確です。同様にパリ人のレンズも結局は1つに纏められると見なすこともできます。しかしそこから3つの変態を見いだすことが可能なのはとても興味深いことです。それをあらかじめ分類しておきます。
1,淡調型 あらゆる対象を薄味に繊細に捉えます。
2、爆濃型 強烈な色彩感です。
3、霧膜型 白い霧のような膜が出ます。フレアとも違います。
一般に動画の撮影のためにプロから好まれるのは淡調型のようです。爆濃型は明るいレンズに多く、市場ではプレミア価格で取引されている人気の玉です。霧膜型はおそらくその源流はアストロ・ベルリンですがフランスレンズに取り入れられ、よりムーディーな色気を漂わせるようになった品格の高い玉です。とはいえ、この三態は相互に関連していますので、2つの要素を同時に持っているレンズもあります。
初めに爆濃型のものとして、ソン・ベルチオ SOM Berthiot シノール Cinor 35mm f2を見ます。f2ですがテッサー型です(イメージサークルが小さいので可能です)。このレンズは特に、色彩が非常に濃厚です。宮廷音楽が保存されているという智化寺に行って撮影してきます。
驚異的な色彩感です。単に艶やかなだけでなく、ゴージャスな品まで漂っています。周辺光量が落ちなければもっと良いのですが、この効果が対象を引立てている側面もある上、この弱点ゆえに非常に安価な玉なので難しいところです。それにしても何度撮影してもその度にこういうものをよく作ったと感心させられます。
今度は対象の浮かび上がり方をご覧いただきます。映画用のレンズなので撮影している人物が美しく浮かび上がらなければなりません。そのための収差計算がなされていることがわかります。3枚の写真のうち、真ん中のものは左のアーチあたりにピントが来ていますが、浮き出し方がまさにフランス的です。
何も際立った対象がない画の場合は全体的に柔らかく写るのみです。
少し遠くを撮ってみます。変なボケ方になってしまいました。中央がボケてその周囲がはっきりしており、さらに周辺にいってボケています。これは前ボケの特徴でもし建物にきちんとピントを合わせていれば、きちんと写ります。映画のフォーカスインアウトでの用途を考えてこういう効果を足している可能性もありますが、そもそも映画用フィルムのフォーマットはもっと小さいのでこの問題は出なかった可能性は高いと思います。しかも本レンズは全面と後面のハウジングを削って視界を広げています。屋外での色彩はいくぶん控えめになる傾向があります。
今度は家の近所をうろうろして夜の描写も確認してみますが、特徴はほとんど変わりません。この画では、壁に書いてある内容にうろたえたのか、ピントを外している模様ですが、物体の捉え方は昼間と同じです。
このレンズにかかると何でもレプリカのような写り方になってしまいます。
今晩お世話になった餃子の屋台です。20個ぐらいで10元です。量が多く、食べきるのがたいへんです。
遠くを撮るとまともに写りすぎてしまいます。光が一定以上の強さを持つと画像がはっきりするのだろうと思います。
古いレンズの貴重な資料の頁に掲載している写真は全てこのレンズです。
ライカM3を使用してアナログフィルムで撮影してみます。
フィルムで撮影した場合は、このようになり、中央からずれていますがこれは、暗部が多いためにスキャナが中心を得られなかったためです。これだけ暗角が出るし、しかも本来使用する範囲はさらにこの中心なのですから荒れた画像しか得られず全く使えません。しかしR-D1で撮影したものは確かにわずかには暗角が出ますがそんなに大きな影響はありません。
とりあえずこのようにトリミングしてから見ることにします。尚、周囲の光の状況でイメージサークルの大きさは変わりますのですべて一定ではありません。周辺のボケたあたりは本来使用を想定していないエリアです。
露出が足りないのか、コントラストが低いのか、どちらもあると思いますが、こういう画になってしまいます。全く良くありません。
露出を極端にミスするとこのようになります。しかし単に荒れているだけではないという点は注目できます。デジタルで撮影した方は濃厚な色彩です。そして消しゴムで少し擦ったような描写も見られますので、色収差を混ぜ、コントラストを意図的に低下させた上で、露出を高めて撮影するのが本来の使い方のようです。
中央のパンダは、真ん中にあるのでこれは鮮明に写っています。そして周囲はボケています。しかし左の樹木は意外とまともに写っています。これは湾曲が多いことを示しています。デジタルの方の撮影でもこれは確認できています。
像面湾曲は大きいながら、非点収差は少ないようです。背景のボケが割とナチュラルだからです。ペッツバールレンズに似ているようです。
この図のように中央のベンチが主題として引き立てられているにも関わらず、よくよく眺めないとわからないというのは残念です。とにかく赤に強いというフランスレンズ特有の個性は十分に感じられます。
これは割とバランスの取れた一枚です。ここでは収差状況の確認に留めて以降はデジタルのみで使用することにします。ラボの現像にも問題があるかもしれません。