続いて、アストロ・ベルリン Astro Berlinのガウス・タッカー Gauss Tachar 32mm f2を扱いたいと思います。パン・タッカーとの違いはレンズ構成で、スピーディック型4群4枚、ダブルガウス型4群6枚となり、アストロはこの2種を中心にカタログを構成しています。パン・タッカーは描写が清々しく、ガウス・タッカーはこってりした感じですが、目指す最終的な描写は同じだろうと思います。本稿で使うガウス・タッカー、この個体はちょっと問題ありと思えます。本来の製造意図から少しずれているように思います。拭き傷も目立つので山崎さんに見せた方がいいかもしれません。とはいえ、小さな問題なのでこのまま撮って見ていくことにします。
撮影場所はまず「歴代帝王廟博物館」です。過去の皇帝や英雄、将軍、政治家たちを合祀しているところです。家からそんなに離れていないところにありますが、中に入ってもおもしろくないということはわかっていたので、これまで行ったことがありませんでした。以前に明十三陵という中国の王家の谷と呼ばれるところに行って地下宮殿など見た事がありますが、結局墓ですから、特に何もありません。建物があって墓石が建ててあるだけです。しかしこの博物館の説明によると古代建築としては極めて貴重なものだとあります。それで少し見に行く事にして今回の撮影に至ったのですが、残念ながら修復で元の様子をかなり損なっています。(修復部分と未修復部分)確かに色褪せてはいますが、重要なのはそこではないのでこれまで数百年間維持されてきたわけですが、ついに21世紀になって経済力が文化を侵食するという驚きの展開になっています。修復は何度でも行われます。例えば別の例では、うちの近くにある旧北京城の徳勝門ですが、50年前はこのようになっています。
たくさん穴が空けられているのがわかります。これを数ヶ月おきに塞いだり開けたりを繰り返す大工事をやります。何年も続いています。時々、穴の配置を変えたりもします。今もテントで覆われていますが、今度はどんな姿を見せてくれるのでしょうか。どうしてこんなことをしますか。だいたいわかりますね。大きな金額が動くのです。"文化財保護"はとてもお金がかかるのです。帝王廟博物館も同じような扱いなのでしょうか。おそらくそうだと思います。そのあたりを考えてそれなりに見てくることにします。
「博物館」となっているのは宗教を否定する意味があると思います。「廟」ではなく廟の「博物館」という位置づけです。こうすることによって入場料の徴収も可能となります。描写の方ですが、特に何の魅力も感じられない写りです。
地図と建物別の説明です。ボケが溶けるように写っていて良い感じですが、これは光の具合でこうなっただけだろうと思います。
時代を考えると32mm f2というレンズはたいへん難しかった筈ですが、破綻も特になくシャープに写っています。かといって特別な魅力があるわけでもありません。
日陰に入りましたので、後方のボケ具合の本質がわかりやすくなったかもしれません。硬く締った感じで重厚感があります。
建物の中に入ってもっと暗い場所に移動すると白膜が少し出ます。(フランスの品格が導き出した3つの表現を参照)
そして距離感の採り方によっては爆濃型で見られるような特徴も表れます。かといって、別の時には淡泊な時もあるし、距離によって収差が変化する感じはします。その一方で、フランスの品格が導き出した3つの表現で指摘している「三態」は、実際には全く別のものではなく、僅かな違いがもたらしたものだということもできます。レンズの収差についての論考も参照いただくと芸術写真用の収差の採り方は基本的にはどれも同じなので(同じというと語弊がありますが)一つのところを目指していたつもりが、いろんな風になってしまった、かつては人間が現像を行っていたので、その手加減で結局はどれも近い結果に持っていけるが、デジタルになって均一化がはっきりするようになってから、いろんな癖がストレートに露出したということが考えられます。そうするといろんな要素を同時に持ち合わせている本レンズは結構微妙なところを突いたものなのかもしれません。とはいえ、暴れ馬のような御し難さがあります。
夜になるとどうなるか、少し確認しておきます。これは赤が強く出てきていますので、やはり映画レンズ用の収差の影響がある程度出ていると見なせます。しかし本レンズ、パン・タッカーもそうでしたが、収差は基本的に少なめに抑えられているように見受けられます。そうでないともっと真っ赤になった筈です。
距離をもっと取って強い光の影響から逃れると安定します。対象物がぼやけず、はっきり出ているのでそこは良い部分だと思います。
平面的な感じもありますが、よく見ると椅子が立体的に浮いています。夜にこのような描写が得られるのは珍しいと思います。この点についてはどうしてか、この後、考えたいと思います。
日を改めて楽器街をうろうろしていますが、バイオリンの修理の様子を撮ってみます。中国象棋の駒を使っているのはいかにも中国です。一見どうということもない画ですが、これは色彩バランスがずれていると思います。モノクロ時代のものですからやむを得ません。とはいえ、デジタルではバランスを調整できますから、うまく持っていくと上品な画になりそうです。
すぐ屋外に出て、そこら辺に置いてあるものを適当に撮っていきます。奇麗に対象物が浮き上がっていて見ごたえがあります。柔らかく浮かんでいるようです。本稿の2番目にご覧いただいた地図の写真も後方のボケが柔らかくなっていましたが、これも幾分その傾向があります。これは偶然ではなく、おそらくこう写るだろうと思って狙っています。なぜでしょうか。これらのすべてに共通するのは「下を向いて撮っている」ということです。鏡胴の中に不要な光を一切入れずに理想的な環境を得ると見事な描写となりますが、少しでも入ると平凡な描写になるだけで何か目立った影響が出るわけではありませんけれども、本来のパフォーマンスから離れるということだろうと思います。多くの場合、上を向くとフードを付けていても限界がありますが、下であればかなり条件が良くなります。(本レンズはフードを付けていませんが、後で付けたものをご覧いただきます。)
それでもすぐに上を向いて撮ってみます。とはいえ、かなり日陰の環境です。爆濃型特有の表現が見られます。本レンズはブルーのモノコートが入っているだけなので、ここを何とかすると良くなるような気がします。良くなるというのは、ここでは映画レンズ独特の表現を如何なる光の環境でも味わえるということです。しかし前稿でご覧いただいた50mmの方もほとんど同じコーティングですが、しっかり味わいを楽しめます。違いを指摘するなら、50mmの方はかなり長いフードを付けられるということです。広角32mmはそういうわけにはいきません。このあたりに決定的な違いがあるのかもしれません。そうなってくると難しいところだろうと思います。(しかし長いものを付けても問題ないことが判明したので、後でご覧いただきます。)
光の多い方向を向いて太鼓を撮っていますが、少し平たい感じの表現です。もう少し踏み込みがあった方がわかりやすい気はします。しかしアストロは本来こういうレンズです。この控えた品が非常に貴重なので、物足りなさを感じるとすれば、別の原因を求めるべきですが、やはりフードが無理であれば、コーティングの改良しかなさそうな感じはします。そこで山崎光学という話になってきたのです。拭き傷が結構あるレンズなので、その問題が露呈している可能性の方が濃厚と思われます。
背景のボケに曖昧さがなく、幾分溶ける感じもあるので、この質感であれば見事だと思います。ボケに品があります。しかし全体としては、手前の人形に当たっている光がないことが致命的になっています。
本レンズはヘリコイドを別に買ってきて付けていますので、かなり伸ばす事ができ、20cmぐらいまでは迫れます。収差を抑えた、しかしピリッと香辛料を利かせたようなアストロの表現は、マクロで撮った時にも活かされるような気がします。淡泊が1で、激烈が5とするとアストロは2だろうと思います。色褪せの問題を何とかすると本レンズも50mmと同様の素晴らしいパフォーマンスを見せることは間違いないところです。
ということでここまで、アストロ・ベルリン Astro Berlin ガウス・タッカー Gauss Tachar 32mm f2 を見て参りましたが、かなり巨大な、長さ50mmぐらいのフードが取り付けられますので、まずはそれを使って描写を確認することにいたします。とはいえ、フードを付けていなくてもある程度は覆われているような気はしますし、広角ということでこんなものだろうと思っていたのですが、この考えは安易だったようです。
元々このレンズはDeBrie Super Parvo Cameraという映画機用のもので、そのハウジングの残骸が残っています。これがそのまま使えることに気がつきましたので、使っていきたいと思います。32mm広角レンズですが、これでも暗角には影響が出ませんので、このままいきます。尚、本来はこのフード部がもっと奥に引っ込みますので、こんなに長い状態で使用されてはきていません。先端の広がった部分だけを使う仕様になっています。このフード使用による顕著な違いは2つあり、1つはレンズに対して斜めに入る光をカットできるということです。デジタルはとりわけこの光に弱いので、これだけ覆い尽くせるフードが使える利点は大きなものがあります。もう1つは、これだけ長いものを全面に配置すると光が集中し、f値(光量)が増すと思います。色も濃くなると思います。両手の親指と人差し指の先端を突き合わせると菱形の隙間ができます。そこから覗いた場合と素のまま見た場合を比較してみて下さい。色の濃度が僅かに濃くなるのがおわかりいただけると思います。この効果があるということです。では、実際に確認してみたいと思います。
夜空腹の時に、家のすぐ近くにあって前から気になっていた中華饅頭屋に行きます。新しくできたばかりですが、いつも人で一杯です。「没名儿生煎」という名前です。没名儿というのは無名とか、ノーブランドという意味です。「無印饅頭」と翻訳することにします。
店内の様子です。空いた席はほとんどありません。色彩と描写がしっかりしてきた感じがあります。少なくとも褪せた印象がなくなったのは確かです。
注文を終えたらこういう札をテーブルに置いて待ちます。ようやくこのレンズがポテンシャルを発揮してきたところで、比較に移りたいと思います。キレと抜けはパン・タッカーの方が良いようですが、ガウス・タッカーには穏やかさがあります。どちらが良いのか難しいところですが、アストロ社が両方用意した意図はわかるような気がします。一般的には軽い小型のレンズに幾分暗いテッサーを配し、明るいレンズにはダブルガウスを使うというのが普通で、多くの光学会社のラインナップでこのようになっています。しかしアストロでは、テッサーではなくスピーディック型を使ってガウスとの比較でも明るさを同様に保っています。ガウス・タッカーは基本的にf2のみですが、パン・タッカーはガウスよりも暗いものと明るいものを幾種も用意しています。この態勢は珍しいと思います。販売方面に目を向けると価格に相違があり、スペックも異なるバリエーションがあった方が有利です。ライカを例にするとズミクロンは魅力あるけれど高いからエルマーにする、エルマーを使ったらズミクロンやズミルックスも無理して買いたくなる、スペック上でも差がわかりやすい、ズミルックスを買ったら良いものを買ったという満足が得られるという状況があります。しかしタッカーはパンとガウスでスペック上の上下は見分けづらいものがあります。価格はどうなのでしょうか。わかりません。
当時の価格表を見てもマウント毎の違いしか書いてありません。上の方にガウスのレンズ構成が載っているのでガウス・タッカーのみの米国価格のようです。話を元に戻しますが、違うのはレンズ構成と微妙な描写の違いで後はだいたい同じで2種から選ぶというのは、レンズが好きな人からしたらドキドキしますが、一般のアマチュア撮影家やテレビ局とかプロの備品用の場合は、選択の時に決めかね、居心地の悪い思いをする可能性があります。販売には不向きですが、レンズが本当に好きで作っているのなら、こういうラインナップになってしまうことはあり得るような気がします。
出来上がりを待つまで時間があるので、作っているところを見に行くと小籠包を作っています。パン・タッカーも小籠包を撮りましたので図らずも同じになってしまいましたが、健康的な色彩はどちらも同じです。
しかし注文品は水餃子にしました。最初は小籠包とこれを注文したのですが服務員が「2つ以上からしか注文できない」と言います。この意味は、この餃子であれば注文の1単位が5個で5元ですが、注文は2単位以上でないといけないということです。どこもだいたい同じシステムでここだけではありません。この上、小籠包も10個(計12元)は食べられないので、諦めて餃子にしました。価格はおそらく現在の底値に近いかもしれません。店は見た感じ高級店ですが、価格が安く質も良いと、これで客がたくさん入るのは納得できました。店の名前と価格は「没名儿」であるが、それ以外は上質ということを言いたいようです。しかしその辺の屋台などがこれより味が劣るということはありません。本場ですから、おいしくないものを見つけるのは難しいですね。
外でも撮ります。臭豆腐の屋台です。臭いは強烈ですが、食べるとおいしいと言われます。この屋台は必ず毎晩ここへ来ます。光量が豊富とは言えない状況ですが、がっちり写っています。フードの効果は十分という結論で昼間も撮影したいと思います。夜でもこれだけ効果的であれば昼間はもっと期待できそうですが、どうでしょうか。山崎光学の診察についてはそれ次第ですが、どうも不要のような気がします。
ということで昼間に、徳勝門のすぐ北にある孔子学院総本部の脇の四合院という北京の伝統住宅ですが、その見本があるところへ行きます。見本は本物を移築したものであって、ここは孔子学院の本部なので、大使などの外交官に中国語を教えたりしていますので、外人が鑑賞できるようにしてあります。本部内部に侵入しますと、ちょうどセネガル大使が朝から夕方まで借り切って学んでいる最中に乱入する形となりご迷惑をお掛けしました。(ここは本来、書店とカフェを併設してあるところで一般も入れるのですが、各国大使の予約を受けると全部を貸し切りにするようです。カフェには大型画面があり、これを使って講義をするようです。コーヒーの匂いが濃厚な空間です。)
これは全部ではありませんが、端の一角です。四合院の門を移設してあります。
上を向いて撮影してもしっかり写っています。それでも全く影響がないわけではないようでフレア気味ですが、これぐらいであれば、感じが良いと思います。
光が当たっているところが反射している風で少々うるさい感はありますが、品を失う程までには至っていません。
白いものはクリームっぽい雰囲気が出てきて、いささか濃厚な感じがありますが、僅かですし、他の色にはあまり反応しないようです。
太陽を正面に据えた構図ではやはり耐えきれません。かなりフレアに見舞われ、これは簡単に取れません。こういう作画は極力避けた方が良さそうです。こういう場合はフードをつけてかえって悪くなったかもしれません。
うまく調整して色んな方向に持って行くことはできるものの、あまり自由度はありません。これはHDR的ですが、あまり効果を強くせずに程ほどで抑えたものです。
追記:帰国中に自宅にありますシャープ SHARP初期のアクオス AQUOSで、たまたま漠然と必殺仕事人2013というのを見ました。リンク先はテレビ局の紹介サイトで、この右下に予告動画というのもあるので画像を確認いただけると思いますが、これはガウス・タッカーを使っていると思います。全編は2時間半と長いですがレンズが気になったので視聴を打ち切ることができなくなり、それでも広告を省くと1時間以上というところですが、その間、プロによるガウス・タッカーの活かし方をじっくり観察できました。見たところ、コーティングは入ったレンズで本稿で紹介いたしました32mmと同時代のものという感じがします。古めかしいコーティングです。しかし全体的に長い玉を多用し、かなり人物の描写に拘っているように見えます。ライティングの腕が良く、人物毎の微妙な変化が巧みですが、とりわけ女性の撮り方は絶妙な匙加減です。勉強になりました。この映画? 一本見るとガウス・タッカーはわかるかな、という気がいたしました。
今度は炸醤面(ジャージャー麺)を食べに行ったものを撮影してみます。北京は本場ですから、名店と呼ばれるところはたくさんありますが、おそらくここほどおいしいところはないと思います。早速、地下鉄に乗って行ってみます。
地下鉄駅の地上部分に突き出している建物に併設している売店です。描写は繊細な雪のようです。やはりこれを見るとアストロは英クックからガウス型のレンズ構成を学び、そのラインナップの敷き方を確立した後、仏キノプティックに影響を与えたと思えます。この3社のダブルガウスはその他の光学会社のものとは違うような気がします。
北京市地下鉄2号線は環状線で旧北京城城壁があったところを回ります。初期に建設されたものですので古いイメージがありますが、これもまた良いものです。朝夕は人が多すぎて撮影困難ですが、正午ぐらいであれば問題ありません。
海碗居の本店に着きます。聞くところによると日本のグルメ本にも載っていて有名だということですが、それは天壇の方の店ということで機会があればそちらにも行きたいと思います。以前に甘家口に住んでいましたので、よく通っていたということで久しぶりになります。ネットで調べると全部で6件あって、今住んでいるところの近くにもあります。これは全く知りませんでしたのでまた見に行きたいと思います。
この画の奥の方に注目いただきますと、たくさん人が立っているのがわかります。とにかく毎日混んでいて、この日は約1時間待ちでした。予約はできませんので待つしかありません。麺ですから客の回転は速い方だと思いますが、2時を廻ってもまだ席は空きません。麺のクォリティを考えたら全く驚くにはあたりません。
待っている客の様子です。待つのはわかってきていますから、苛々している人は子供以外にはいません。話したりスマートフォンでゲームをしたりと皆好きなようにやっています。
暇な人は九官鳥を相手にします。何を話しかけたら良いか額に書いてあります。「あんたは誰だ?」と言ってやれば良いようです。私のように発音に問題がある人間が取り組むと鳥は黙ってこちらを見るだけです。首を横に傾ける時もあります。
この店は雰囲気も老北京の風格があります。普通、服務員はどこも女性が中心ですが、ここは男性です。古い中国のホストのような訓練を受けていますので、それが一つの見どころになっています。流している音楽から調度品まで拘りが感じられるので、観光スポットという見方もできます。他所から来た中国人を案内してもこの雰囲気に驚きます。
土曜日ですので少女が母親と食べに来ています。大人が一人で食べに来るのも多いです。一人であれば相席で待たないので、私は付近に住んでいた時はよく一人で来ていました。
この日は総勢5名ということで、かなり待ったのはしょうがなかったと思います。座ってからも待ちますので、にんにくを剥きます。
しばらくすると、みそだけ持ってきます。そこでこれをマクロで撮影します。距離は10cm以下です。かなり至近距離です。
これも同じ距離で撮影します。小皿に入った具を麺の碗に入れていきます。これもパフォーマンスですが、混んでいる時はやってくれません。こんな風に放り込んで持ってきます。ここにみそを入れて混ぜて食べます。数年前は15元でしたが、今はついに23元まで高騰しました。