20年代までフランスやドイツで様々な映画用のレンズが設計されましたが、ハリウッドでは31年から製造された英クック Cooke スピード・パンクロ Speed Panchroが評価され、業務映画のための収差配置が確定されてきていました。これはハリウッドの撮影家たちから意見を聞いて設計したとされていますが、それではどうして撮影家たちは統一した意見を持つほど知見を蓄積していたのでしょうか。過去の設計を見るとゲルツ・シネゴールの影響があった可能性があります。高く評価された面とそうでない部分があったのではないかと推察され、大きな変更点は直立型の球面収差、色収差の過剰な反転と湾曲を逆にしたことです。Kino(映画)のレンズ参照
ゲルツは実質的にドレスデン郊外のフーゴ・メイヤー Hugo Meyerが引き継ぎ、Speed Panchroが出てまもなくステファン・ロシュライン Stephan Roescheinによってシネゴールが改良されたプリモプラン Primoplanが設計されました。スピード・パンクロの逆を行っているように見えますが、実際にはそうではなく、単にマイナス方向に流れるのではなく少しプラスに振ってからマイナスへ向かっていますので、基本的には同じです。しかし顕在化している部分では逆に見えます。
歴史的にはこのゲルツ=メイヤーの主張は通らず、スピード・パンクロに近い収差配置に集約されていきました。しかし、球面収差は大陸では左巻き、島(英圏)では直立型という区別は21世紀になっても残っています。ここだけは変わっていません。その前の真に大陸的なKinoとなると、このプリモプランが最後のものだったということになります。プリモプラン自体も戦後は設計変更され、違うものになってゆきました。
