1931年、スピード・パンクロ Speed Panchroの登場でそれまでのキノのための収差概念は大きく変化しました。
ペッツバール Petzvalはフォクトレンダーによって改良され、その収差配置を踏襲したキノ玉がステラー Stellorで、それは1913年でした。そのフレンチ玉の収差は、ドイツの各Kinoに受け継がれ、Kinoはこうあるべきという形が決まっていました。
しかしスピード・パンクロは、元のペッツバールの収差配置に戻しました。画角は映画35mm判です。相違点は中央の非点収差が開いているか、マイナス側で交わっているか。左の球面収差の膨らみです。
この相違は実際にはガラスの間隔を微調整するだけでどちらにもなりうるので基本的には同じ類のものです。しかしそのいずれもが微調整とガラスの選択で決して小さくはない描写の違いを生んでいます。あらゆるキノ玉を調査はしていませんが、戦後は基本的にパンクロ系の流れとなり、その代表的なものはシュナイダー Schneiderによるシネ・クセノン Cine-Xenonでした(独特許 DE949690)。
戦後の収差は60年代ぐらいまでこの形が主流でした。球面収差の膨らみも僅かでほぼ直立です。口径はスピード・パンクロと同じf2で、画角はこちらの方が余裕があります。
当時のシュナイダーはなるべく安価に販売する方針だったため個体数がかなり多いのですが、シネ・クセノンはキノでスチル用ほど多く残っておらず、業務使用で酷使された状態の悪いものが多いので復刻の価値はありそうです。
スピード・パンクロ一代は一見個性がないような佇まいでありながら50年代キノに比べれば描写が甘く結構癖があってスチル的ではありません。ライカのクセノン、その後ライセンスが切れてズマリットになりましたが、これはスピード・パンクロの改良として設計されたキノで、ツァイスのベルテレがf1.5を出したので対抗するためにあわてて契約したらしい、これもやはりスチル的ではありません。キノで魅力があるならスチルでも魅力ありますが、ただスチル的ではありません。
それを言うと50年代のシネ・クセノンやシネ・プラナーも同じなのですが、こちらは撮影対象の存在感を主張するようなところがあり、スチルではそこが不自然です。キノは動画ですから時間的流れがある中でわかりやすく視線誘導せねばならないので「これを見なさい」的な感じがおせっかいではありません。しっかり写るというより、魅せるという印象です。ズミクロンはスチルですが似た傾向です。そういう時代だったのでしょう。
そういうビビットな感じに対して、20~30年代はもっと落ち着きがあります。どちらかというと絵画の影響が強くあります。アール・ヌーボーなどの芸術運動の空気を宿しています。ズミクロンやプラナーは画の主張が強いので、それを嫌って尚、50年代の描写を求めるならシネ・クセノンは最良の選択と思えます。儚い落ち着きがあります。
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