光学黎明期の先進国はフランスでしたが、やがて英国、次いでドイツの後塵を拝しツァイスのライセンス供与を受けて製造したりと先進性の面では低迷しました。それでもフランス人独自の感性を失うことなく、またベルチオ Berthiotなど大小様々なメーカーが命脈を保っていました。フランス光学の最初の頂点は1910年代で、ベルチオが自前の設計でKino用レンズを出したのは1913年ぐらいだったようです。「ステラー Stellor」と命名されました。
当時の映画プロダクションに供給するレンズは、まだ製造数が少ない時代で特注だったようで顧客の意見に基づいて設計するのですが、ステラーはメーカー側から撮影家に提案するものでした。辞書を参照しますとステラーとは「星のような、星形の、(映画・スポーツなどの)スターの、花形の、一流の、主要な」といった意味があります。まさにシネマ・スターを撮影するためのレンズだったのでしょう。フランス映画用レンズというとアンジェニュー Angénieuxとかキノプテック Kinoptikなど有名なものもありますが、ベルチオの設計師 チャーレ・アンリ・フロリアン Charles Henri Florianによる歴史的な設計はその原典的価値があります (仏特許 FR456434、米特許 US1168873)。
フランス映画というとカンヌ映画祭など、さかんな印象があります。フランスはフランスで独自の個性がありますが、本玉を見るとその個性はもう20世紀の始めにはすでにあったということがわかります。フランス風の映像を志向するならまずこの玉と思います。
画角は43度指定で、焦点距離50mmです。f3.5と当時としては明るいです。
ステラーは、キノ・プラズマートやパン・タッカー(いずれも独)の先駆けでした。ステラーはペッツバールの前玉の貼り合わせを剥がし、収差配置もペッツバールは幾つもあるのですが、そこを研究して結論を出しています。それがドイツでも採用され主流になったことを考えると、当時のフランスの研究は優れたものだったと言えるし、それぐらいステラーに魅了された人が多かったということだったのかもしれません。
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