ズミクロン Summicronは主にf値が2のレンズの呼称として使われていて、それより明るいf1.4あたりのレンズにはズミルックス Summiluxという名称が使われています。lux(ラックス、ルックス、明るさの単位ルクス)とはラテン語で「光」という意味なので、より明るいということを指していると思われます。現代のレンズであればf2は暗いと感じられるかもしれませんが、一方でf1.4ともなると現代でも贅沢なレンズの部類に入るかもしれません。倍も明るいので、設計製造組立もf2より大分困難になってきますので、微妙な失点の積み重ねが発生していって、そのためにズミルックスのパフォーマンスはズミクロンに劣るのでしょう。事実、60年代のズミルックスはボケ玉として知られており、この特徴を好むか好まざるかで個人の評価が変わっていました。これを使う人は開放で撮影し収差を露にした状態で使用することを好んでいました。
ということで本稿では、1964年製のライツ・カナダ Leitz Canadaが製造したズミルックス Summilux 35mm f1.4がありますので、これで描写を見ていきたいと思います。ベレクの弟子マンドラーがカナダ支社に異動した後に設計したものとされています。この個体は「メガネ付き」と言われるものでライカM3に35mmファインダーが付いていないので、距離計と共に拡大鏡で補うもので、M3以外では使えません。メガネはネジ2本を取れば外せますが、そうしても距離計には合いません。そこでメガネを付けたままにし、アクセサリーシューには50mm単体ファインダー、ポケットに単体距離計を入れて撮影することにいたしました。もっとスマートな方法としてはアクセサリーシューに距離計、そしてメガネを外して内蔵ファインダーを使うというものですが、ライツの単体50mmファインダーは見え方が素晴らしいということと距離計をカメラに載せて計ると人から写真を撮るということが気付かれるので、あらかじめ距離を測定しておき、レンズの距離を合わせた後、1秒以内に撮ってしまうという方法でいくことと致しました。f1.4で全部撮りたいということで夕方の時間帯を選び、西直門(xi-zhi-men)から車公庄(che-gong-zhuang)界隈で撮影いたしました。
まずは開放無限遠で西直門界隈の今の姿です。トレードマークのビルが見えます。手前は北京北駅で旧満州(こちらでは東北地方と呼んでいます)や蒙古に行くのはここから出発です。開放でも特に問題は感じません。
夕日の位置を確認しておきます。レンズの色彩は幾分淡調なので、実際に肉眼で確認した感じはもっと赤いですが、落ち着いた濃度になっています。
控えめに見ればまずまず安定した写りですが、ズミクロンのような切れ味はありません。だいぶん差があります。
何のレストランが入っているかビルの側面にはっきりわかるように掲示してあるところが多いです。火鍋はだいたいどこにもあります。ベレク時代のボケ玉のような写りです。
後方へ至るボケは硬質です。これぐらいであれば画面が引き締まって良いと思います。
手前の自転車から後ろのバスまではかなりの距離ですが、ニュートラルなボケ具合で使いやすそうです。
ピントを外しており、鉄柱を止めてあるボルトあたりに焦点が合っていますので、直近の後ボケが確認できます。微妙な柔らかさに品が感じられます。
前へのボケはあまり使い勝手が良いとは言えそうもありません。丸々した質感でソフトフォーカスをかけたようです。このソフトが画面全体に僅かにかかっているのであれば統一感があっていいのですが、前のボケだけソフトだと全体的に違和感が出てきます。ボケ玉と言われるのはこのあたりに理由がありそうです。ピントを引付けて手前から流すか、こういう構図は避けるのが良さそうです。とはいえ、この程度であれば問題視する程でもありません。
バス亭と手前の駐輪は距離がありますし、自転車は撮影地点から近いのでボケが激しくなっています。対象と意図によっては、ピントを完全に後ろに飛ばして、このボケを利用するということも考えられます。
こういう場所は光量豊富に見えやすいですが、意外とそうでもなかったりするので、f1.4もあればかなり撮りやすくなります。パースペクティブが狭くなりますので、ボケた部分もかなりありますが、滲みが激しくなっている部分も見受けられます。
この2枚は中央付近に合焦していますので、その前後は微妙にボケているわけですが、これだけシンプルな素材であれば、ボケは前後共に使えます。
後ボケは秀逸で言うことはありません。対象は立体感をもって捉えられていますが、ボケにもその特質が見られるのは好ましいと思います。合焦点は浮かび上がるようで、まるでシネ用レンズのような感じさえします。
京劇用の劇場です。中は一回だけ入ったことがあります。西洋風なのですが、どこもこんな風に改装されていって中国の古典的な劇場は無くなっていく傾向にあります。日本であれば歌舞伎ならその専門の劇場を建てますが、中国では西洋の劇場に変えていっています。古い建物はまだそのまま使っていますが、いずれにしてもスピーカーを多用しており、生演奏が聞けるところはもうないかもしれません。夜の光量の少ない環境、開放でこれだけ撮れれば上等と思えます。普段古いレンズばかりを使っているからこう思うのかもしれませんが。
上演は頻繁にあるので、予定されている演出(上演をこちらでは演出と言います)はカラーポスターで掲示してあります。写真を写真で撮って人工光も当たっていますので発色に難有り、平面のものを撮ってもボケ玉ということがわかります。
書籍を販売するようなところはすべての商品に穏やかな光を当てる必要があるので、こういう対象を撮っても特徴的なものは表現されません。
後ボケは率直とは言え、強い光源では少し滲みます。
光量がそれ程多くはない、近いものを撮ると滲みは気になりません。
味のあるレンズを求めるなら、これ一本あれば他は要らないのではないかと思えます。それなりに写るし、一歩控えた品もありますので、単に写りが良いだけのレンズともまた違います。十分に写真の醍醐味を味わえます。ライカのレンズとしては、ノクチルックスというもっと明るいレンズ群もありますが、これらは何か特別な理由がない限りはやめておき、もし何か1つに絞るならズミクロンf2を購入すべきです。ノクチルックスを購入できる経済力があるなら、ズミルックス、ズミクロンも全部買えると思いますので試して見て下さい。ズミクロンが最も深い満足感がある筈です。ズミクロンも時代によって設計変更されていますので、すべての世代を確認してみて下さい。50~60年代のものが最良の筈です。巨匠たちがズミクロン50mm f2を好むのにはそれなりの理由があります。彼らは何時でも「これが欲しい」とライツ社に電話一本すれば何でも$0で貰えたわけですが、それなのに古いズミクロンを使い続けていたのですから。