ドイツの中判用カメラで、ロイヤル Royalというのがあります。それに付いていたエンナ Enna社のエンナゴン Ennagon 75mm f3.5をライカビゾ用に改造しましたので、それで盧溝橋を撮影いたします。レンズ構成はテッサー型です。
中判用ということはスチール撮影に使うものということですし、イメージサークルも十分にありますから、映画用のものを転用するのとは違い特に問題なく普通に撮れる筈です。ところがどういうわけか、ほとんどのメーカーのレンズは35mm判と中判では描写が違うような気がします。中判を使うユーザーというのは35mm判のフィルムサイズが小さ過ぎると考えるユーザーであって画質に拘っています。フィルムサイズが大きいと弱点も露になりやすいのでレンズはより高性能である必要があります。ただそれだけの相違であれば、何の疑問もありません。しかしそれに留まらず、味付けまで変えているような気がするのです。おそらくその理由は、35mm判の撮影者が風景なら広角、スナップは標準、人物は中望遠と使い分けるのに対して、中判の蛇腹式はレンズ交換ができず、しかもより高性能な描写を求める撮影者によって何でも撮影されてしまうので、万能的でなければならないからかもしれません。実際、75mmや80mmあたりが標準レンズであれば、人物でも風景でも何でも撮れそうな気はしてきますし、実際そのように使われていると思います。
そういうことで今回、エンナ社のレンズを試すに当たって、中判のレンズは避けようという方針でした。なぜなら、エンナのレンズは人物撮影の分野で高い評価を受けていますので、万能型ではいかがなものかと思ったからです。しかしエンナの中望遠は非常に高額になってしまっています。その一方、中判のレンズは激安な上、75mmがあるし、この焦点距離は延長チューブなしでビゾに付けられます。改造が非常に手軽ということもあって、一応念のため描写も調査しましたが、おそらくいけそうということで、ジャンクを入手し早速あっという間に改造、撮影という流れとなりました。
対象にはいかなるものでも遠くから近づきますので、早速遠景を撮ってみます。やはり中判レンズらしく淡調です。淡調なレンズというのは万能的な要素があるのでしょうか。おそらくそうだと思います。
橋は重要文化財ということで柵で保護してあります。景観を損なわないように柵も立派なものを誂えてありますが、しかしマルコ・ポーロが東方見聞録に、世界でもっとも美しい橋と記したこの美はバランスが命です。寸法の調和が見事なのです。柵を置くと崩れると思うのですが。
金代に作られたこの橋は大きな修復もされずに現代に至ったようで、石畳はデコボコです。とてもまともに歩けないので、中央だけ保存してあります。それでもできれば全部保存していただきたかったです。ここが重要ということを昔の人は知っていたので修復しなかったのだと思います。橋は北京の入り口なので古代より軍事の要衝でした。それで渡った先に小さな城があります。石畳は城の中まで続いています。
橋は北京人にとって見送りと出迎えの場所でした。それで家族を出迎える銅像が立っています。こういう描写は人物撮影に使えるでしょうか。この例ではまだよくわかりません。
もう少し接近して写してみます。特に際立った特徴は感じられません。ボケもいたって普通です。やはり中判用なので特性がニュートラルなのだろうと思います。
おばあさんに合わせた筈ですが、動いたのかボケています。しかし効果としては問題なさそうです。安定したパフォーマンスで味わいもあります。
これではいささか消化不良ということで、城を抜けた先の街でターゲットを物色し、一軒の刀削麺を提供するローカル店を探し当てました。やはり本レンズは人物を狙うと活き活きしてくる気配があります。
主人は自ら麺をこね、カットも行います。近ごろは市内全体の物価が高くなり、これも一杯6元です。
エンナの描写はきめが細かいのですが、その1つ1つの粒がツルツル感があります。彩度は幾分ぬるく、微妙なツルツル感と合わさってバターのような肌合いになります。このレンズもそういう傾向があると思います。この特徴は人物の肌を美しく撮るための工夫なのだと思います。このあたりが人物以外では今一つはっきりしないという感じになってくる理由かもしれません。
子供の肌ですから、きれいなのはもちろんですが、微妙な質感が肉眼で見るのとは違います。若干、油っぽい感じですが、ほんの僅かなので大人を撮った時にちょうど良い具合に収まるのだろうと思います。老人は効果が顕著です。(手だけしか写っていませんが、それでも違いが明確です。)
最後に橋の欄干に飾られている狗ですが、全部違いますので、歴史が古いもののみ一部分纏めてみます。古くは金代から明代、清代を経て現代に至るまであります。しかしこういう対象はエンナでなくツァイスで撮るべきだろうと思います。
ミュンヘンのレンズの中でエンナは、色彩感を強調するようなものではないと思います。発色はぬるいですが、人物を撮った時に艶やかにじっとりとした感じに写る傾向があります。これは思うに色彩がぬるいというよりは、肌色強調かもしれません。人物の撮影では濃い感じが出てきますが、その他のものではそうでもありません。ただ突出させている色が違うだけで、エンナは肌色を選択したので、淡いような感じがするだけだろうと思います。肌色濃厚型のレンズはエンナしかないと思うので、これもまた貴重な過去のレンズ資産だと思います。