ライカで最初に作られたレンズ、エルマーに採用されたテッサー型のレンズ構成は完成された素晴らしいものでしたが、スピードが稼げないという欠点がありました。エルマーは現行品でもf2.8ですから、枚数を増やしているとはいえヘクトールのf2.5は30年代の仕事であることを考慮すれば立派なものです。とはいえ、ヘクトール50mmの性能特性では現代では製品化するのは難しいでしょうから、やはりf2.8ぐらいが限界なのだろうと思います。
ヘクトール50mmレンズの光学設計図
限界ラインを超えてギリギリで設計している問題点?はあるものの、そこから見えてきたものによってヘクトール族のその他のレンズ、さらにはタンバールも設計されたことを考えれば、ヘクトール50mmの設計は大きな最初の一歩だったと見ることもできます。エルマーから一段明るくした、いささか不安定な、それでも魅力的なライツ Leitz ヘクトール Hektor 50mm f2.5の描写を今から見ていきたいと思います。
作例は昨日今日の両日、鳳凰古鎮(feng-huang-gu-zhen)にて撮影しました。湖南省のずいぶん田舎にある古い城塞都市で、アクセスがたいへん面倒ということでしばらく二の足を踏んでいましたが、張家界に行くならそこからバスで4,5時間もあれば着きますので、思い切って行くことにしたものです。なかなか行くのは難しいところですので、本稿はなるべくたくさんの作例を載せることにしました。
この描写はとてもヘクトール的です。花飾りを付けてうれしそうな少女に背後から入ってくる光が輝きを加えます。エルマーならもっと見事な仕事をしますが、ヘクトールの緩やかなトーンもいいものです。
太陽光の量によって白濁が出ます。これはノンコートレンズだからだろうと思いますが、この例はわずかに出ている画です。ほとんど出ていませんが、拡大してみると出ているのがわかります。これは現像で消せますが、かといって無くなると味わいも失います。
これはもう少し白濁が顕著です。でもこの雰囲気には合っていると思います。
太陽の光の廻り方によってはかなり白っぽくなってしまいます。この店の目的は古くからあるろうけつ染めを保護しようという趣旨のようです。「非物質文化遺産を保護するために慎んで参上」というスローガンも見られます。白濁も場合によっては懐古趣味的でいいものです。
これも白濁が効果的に運用された例です。汚いものをイメージさせる表示ですが、優しげなトーンで見ごたえがあります。
このような画では白濁を消すとよくありませんが、かといって多すぎるのも良くありません。この例は少し多すぎるかもしれません。全く調整を加えていない段階がこのような感じです。ここから画を締めていって程よく調整するのが良いと思います。
鳳凰古鎮の昔の城塞だった頃の大通りが残っています。観光向けの店ばかりです。
少数民族で伝わっている伝統柄の帯を作るお婆さんです。衣服の質感の表われ方はノンコートレンズ独特のものです。
白い色の部分が変に煌めいてしまう弱点があります。鳳凰古鎮は観光化されてそんなに経つわけではないので、地元の年配者は自分たちの晩年にこんな風になるとは想像していなかったと思います。
おそらく郊外からも、いろんな細工品を持ってきては並べています。奥が明るく、手前が暗いので難しい画です。避けた方が良い構図です。
風景が美しいところでは記念写真を撮影する業者がたくさんいます。民族衣装のレンタルもあります。
花輪を作って頭に飾るものを販売しています。
銀細工が有名なところなので老舗の専門店も幾つかありますが、路上でも売っています。ヘクトールは素材を柔らかく描写できますが、白だけでなく銀も光り方が幾分しつこい感じはあるかもしれません。レンズの描写としてもう少し深みが欲しいところではあります。しかしアナログフィルムで撮影すればこの問題は出ません。
この雑貨店の光の廻り具合はなかなか良い感じです。ライツのレンズだったから撮れた画かもしれません。
豆腐屋もすごく多いです。大阪人がたこ焼きを食べる感覚に似ています。
何か黒いものを揚げています。ゴマかもしれません。郷土料理のようです。背景のボケの出方はエルマーとは違うことを感じさせます。エルマーはもう少し硬質で、ヘクトールは柔らかくなります。
海鮮揚物です。エビなどを使います。
少数民族の織物です。機織り機をショップの中央において実演するものです。時間毎に交代でやっているようです。
観光地ですから、香港のモンコックにも売っている同じものがここにもあります。このあたりから輸出しているのかもしれません。
地元の子供がアイスクリームを買いに来ています。赤ん坊を入れる篭はこの地方独特かもしれません。他では見かけません。描写の方は、日陰に入ると色彩が濃くなることがわかります。
すべての色を混ぜると黒になりますが、光は白になります。そのためか、白というのは特徴が顕になりやすいようです。ノンコートレンズらしい色彩、ヘクトールらしい鉛っぽさがあります。
「あなたを鳳凰でお待ちしています」という長い名前の喫茶店です。
川沿いにレストランやバーがたくさんあります。コーティング有りのレンズであれば、もっとはっきり写ったと思いますが、これもまたいいものです。まだ夕方になる前の時間帯です。夕食の時間に入ったばかりぐらいです。
少し日陰になるとはっきりと描写します。
日向の遠景は霞みます。しかしこの霞み方はライカ独特で、特にモノクロで良しと言われる所以です。
写生の学生も大勢訪れます。発色と光の掴み方にノンコートレンズの特徴が出ています。輪郭の雰囲気がヘクトール独特です。
この地方の少数民族の衣装です。これはおそらく地元の観光局からのもので、遊園地のマスコットのようなものです。観光客と写真を撮ったりします。
街の中を見るのは無料ですが「景点」と呼ばれる有名スポットの入場料は必要で1枚切符を買うと全部入れます。そこで出口から侵入を試みる人も多いのでこうして監視しています。
景点の出口付近から監視員とそれを出し抜こうとする観光客の戦いを眺める地元の紳士です。「私は地元では金を払いません。なぜ私のような高貴な人物が支払う必要があるのでしょうか」「ここでは払って下さい」とこんな会話をして押し問答しています。紳士はぼう然と見ておられます。
現代のレンズであれば、手前の陽光が当たる部分は飛ばなかったでしょう。
古鎮を魅力あるところにするには単に古い街を保存するだけでは不十分のようで、映画村のような配慮が払われています。路地裏にまで気を遣っています。
町中の通りに門は普通要らないと思いますが、ここから先は特別なエリアだったのか、鳥居のようなゲートが一ヶ所あります。支配者の屋敷があったのかもしれません。その柱には文字が書いてあります。たいへん古いものなので趣があります。
銀細工の店の入り口です。建物の基台のように見える石が置いてあります。老舗の雰囲気があっていいものです。
後ボケは硬質ですが、これぐらい距離を開けるとそれなりにやわらかくボケます。これもまた良いものです。
若干の霞み、空気のようなものが撮れることで趣を演出しています。これがなければ、おもしろくない画になっていたでしょう。
開放での撮影ですが、背景がゴシック美術のような表現です。これもライカ独特でしょう。鳥の丸焼きは15元でした。
周辺の描写は優秀とは言い難い、本来f2.5では厳しいのでしょう。
少し暗くなってくると明かりが灯されるようになりますが、天然と人工の光、それぞれ僅かですが、水に照らされて艶かしく表現されています。
背景の森の神秘的な描写があってこそ活かされる色とりどりの明かりという感じがします。
夜になると商品にも明かりが灯されます。通りの景観も昼間とは違ったものになってきます。
欧米の観光客が多いので酒を飲む場所、といいますか、そういう店が結構あります。こういうところは夜に映えるようにディスプレイしていますので、昼間の地味な印象とは違って俄然華やかになってきます。
水の表現がライカ独特です。川沿いは夜になるとなぜか、人々が川に入ろうとします。なぜ夜なのでしょうか。昼間はほとんど人が寄りつかないのです。
比較的強い照明が当たっているところです。照明にしても太陽でも強い光はそれほど得意ではありません。
これぐらい暗くなってくるとシャッタースピードが落ちますので歩く人は流れています。背景の赤い提灯や遠くの建物の幻想性が、通りを行き交う人々を幻想的にしています。
櫓のライトアップも芸術的です。かなり見ごたえがあります。ここから以下は夜景をご覧いただいて終わりにします。