フランスレンズの美しさを考えると中望遠あたりの描写も気になってきます。それでどれにするか調査して、最終的に適当な価格のソン・ベルチオ SOM Berthiot テレ・シノール Tele-Cinor 75mm f3.5を選択しましたが、ソン・ベルチオの75mmとしては、他にf2.5もあります。ネット上のリサーチでは、f2.5は淡調型でf3.5は爆濃型でした。本来であれば淡調型を選択するのが常識的判断ではありますが普通、爆濃型というと明るいレンズが多いところにf3.5というと不思議な感じがしたので、これを確認することにいたしました。
f2.5はあまり人気がないのか、結構市場に出ています。どうしてでしょうか。淡調型はポートレートに向きそうなので一番良さそうですが、ともかく淡調型自体があまり人気がありません。しかしこれがアンジェニュー Angénieuxとなると急に価格が上がります。個性は違いますがレベルは同じ水準です。
f3.5の方は数はあまり出回っておらず珍しい部類ですが、これも価格はf2.5と変わりません。ちょっと安いかもしれません。一段暗いからだろうと思います。収差状況は爆濃型のそれですが、日陰や室内に入らなければ爆発的な色彩を見せることはなく至ってナチュラルなので、そうであれば繊細なタッチを味わえる淡調型の方が一日の長があったと思います。爆濃型もかなり求心力がありますので難しいところです。凹凸2枚のガラスを貼り合わせた色消しレンズ(光の三原色が等しく混じると白になりますので、色収差が補正されているレンズということです)を絞りの前後に配置した2群4枚のテレ Tele型です。このように前後群共に貼り合わせたレンズ構成はフランスのレンズ製造の歴史を遡ると肖像用のシュバリエ Chevalier フォトグラフ Photographeと同じです。フランス伝統のレンズ構成を映画用望遠レンズにも採用して人物を撮るという趣向のものですから興味がそそられます。北京の離宮、頤和園で撮影して参ります。
この画はフランス爆濃型レンズの美意識が凝縮されています。溶けそうな質感と対象の浮かび上がり方、濃厚なテイストと対称的な遠景のノスタルジー・・・やっぱり淡調型にしなくて良かったかなと思える一枚です。
壁面の苔がうまい具合に育っており、緑と白と赤の調和が美しいのですが、これを現代レンズで撮っても見た目のまま写ってしまい、こんな風にはなりません。爆濃型による爆発的色彩の発露による勝利です。独特の柔らかさが絵画的です。
写っているものは木の葉以外は硬質なものばかりですが、そういう風には見えません。当たっている光までボテッとした感じに写っています。これもまた、独特の雰囲気があって良いものです。
白の硬いものはマシュマロみたいに写ります。色彩が濃いというところに、さらに白が濃いと言うと、どういう状況なのかピンときませんが、ここで写っている感じがまさにそういうものです。
陰影の含んだ画は爆濃型が苦手な構図ですが、確かに影は不明瞭とは言え、柔らかい光が瓦に当たっている様子は、これもまた独特の説得力があります。
爆濃型は遠くに離れるほど、色彩が薄くなる傾向があります。この画では確かにそういう傾向は見られるものの、天気が悪かったのが幸いし、幾分じっとりと出ています。
近いものと遠景の対称を見ることができますが、遠景はかなり薄い描写ながら非常に明確です。かといって硬くもありません。映画用レンズの75mmはなぜか、後ボケがチリチリしたものが多く、これだけの自然なボケを得るのは90mmあたりでないと難しいのですが、このレンズはよく克服していると思います。
こういう構図は、淡調型で撮るべきところです。光が霧のように反射して美しくなります。これは爆濃型の描写の特徴がそのままストレートに出ていますが、この点を考えるなら、こういう広い撮り方ではなく、もう少し対象を絞るべきだったと思います。
これを見ると、面白い方法として、手前の要素を全部構図から外し、遠景のみを撮った時にわざとピントを前に持ってきてミニチュアのように写すのも良いのではないかと思えます。これぐらいの距離だと薄くなり過ぎず良さそうです。画面内の要素に多くの色彩を加えた方がメリハリが出そうです。
何か正面から反射があったのか、意外と強い光を受けている模様です。白い壁だろうと思います。人々が神々しく並んでいますので、奇妙な光景ではあります。こういう光は苦手なようです。光を柔らかくする傾向があるところへ、鋭い光が来ると中途半端な感じがしないでもありません。
外人までの距離は10mぐらいというところです。この距離にf3.5だとこれぐらいパースペクティブがあるようです。もっとも、ポートレートでこの距離はどうかと思いますが、もっと近づけてもそんなにボケの活用は期待できません。ただ映画用の本レンズは対象が周囲から切り離されて浮きますので、そういう方向の効果を狙うことになろうかと思います。
また外人で、先ほどよりは離れていてパースペクティブもより広がった上、背景の鮮明さも増しています。背景をミニチュア化して構図を整理したい場合はもっと外人に近づいた方が良かったようです。
中国はどこも漢字で書いてあるので意味がわからないということはないのですが、これはよく見ないと本当に何が言いたいのかわかりません。要するに入るなということなのですが、それでは品がないので昔の人が詩的な標を立てたのだと思います。「この雲踏石は円明園・安佑宮から移設した特別に保護したものなので入って踏まないで下さい」とあります。手前のボケはよくありません。これだと構図から外した方がましでした。
龍は結構近く、そこへピントを合わせたつもりですが、後ろの観光客にも範囲を収めています。やはり映画用ということでパースペクティブの広さは際立っています。
老人の衣服の感じがとても良いです。フランスレンズは衣服の描写に強いようです。
このお母さんは観光客です。人生最初で最後かもしれない北京観光です。疲れましたので文化財に腰掛けています。文化財だらけなので、文化財に座るしかありません。地面まで文化財なので、どうしようもありません。これぐらい迫って撮りますと色彩がたいへん濃厚です。
高校生ぐらいでよく見受けられる幸せなのかよくわからない気だるい雰囲気のカップルです。男はメールを打っているのではありません。ゲームをしています。やはり色はしっかり出ています。
このお母さんもよそ行きの格好をしていますが、老北京人と思われます。(この場合の「老」は老人という意味ではなく、「北京っ子」という意味で子供にも使います。)履いているのは北京布鞋です。ツアーの参加者ではなく単独行動者です。ここへおいしいものを食べに来たようです。近所の老人は無料で入れるようで結構地元の人もいます。地面は砂ぼこりが多い環境ですが、爆濃型ゆえ、美しく清められた神聖な印象さえあります。柔らかく包み込む白とお母さんの足の輪郭の調和が見事です。
建物があると皆、中を覗いて調度品などを鑑賞します。ただそれだけなのに子供は母に何の用事があるのでしょうか。何でこんなものを作ったのかとか、回答に困る質問を投げ掛けていると思われます。一般人とかけ離れた生活をしていた人々の居住空間なので常識的に不要と思えるものまでありますから無理もありません。大人よりも子供の方が理に適っている場合もあります。彼女のファッション感覚では受け入れ難いものがあったとしても不思議はありません。
一時的に少し暗くなって、それぐらいの時間帯に撮ったライオンですが、やっぱりこれまた白で描き方はこれまで同様です。気になるのは背景です。描写が騒がしいのが気になります。こういうスナップだったら良いですが、ポートレートであれば気をつけないといけません。光量が少ない環境で遠方のボケを使うのは悪い結果になりそうです。とはいえ夜になると問題は発生しないと思います。
対象は周囲から浮かび上がるので、シルエットにしてみたらいかがでしょうか。完全に黒で潰してしまわない、これぐらいの匙加減であれば、かなり効果的なようです。
ベルチオ爆濃型の命である色彩の爆烈は、35mm f2において華々しく、25mm f1.4も深化した闇における強烈さを備えていました。本75mm f3.5はどうでしょうか。さらなる爆裂の発生も期待されましたが、思ったよりはナチュラルに纏まっていました。とはいえ、これを室内に持っていくと確実に炸裂がありそうです。さらに中望遠ということで、広角とは異なる運用も考えられ、浮かしてパンチを利かすあたりが他の焦点距離とは異なる部分ですから、そのあたりをうまく利用していくことになるだろうと思います。やはり人物撮影の方向で楽しみの多い一本でしょう。
ライカM3にてアナログフィルムでも撮影してみます。
赤い壁はただの赤い壁であって、特に際立った特徴を備えているわけではありませんが、表面の質感はフランスレンズ独特の表現が感じられます。擦ってつや消しをかけたような感じがします。
露出は計器で頻繁にみているので狂っているわけではありません。
このレンズはこんなに大きなフィルムで使うものではありませんが、隅まで十分に使用に耐えられると思います。それに75mmぐらいがちょうどいろんな意味で完美だと思います。どのメーカーのものでも75mmあたりは、無理が感じられない率直さがあります。ソン・ベルチオのシノールシリーズも同じで、50mmより安定感が感じられます。
練習中で半開きになっていたドアの隙間から客席を撮影したものです。後方のボケはマシュマロのような柔らかさが感じられます。手前は壊れた印象があります。デジタルでいうと圧縮したような潰れ具合です。ファットで軽いイメージです。
中央より下に焦点が合っているので上の方はボケています。このボケは前方のものですので、先程客席を撮影したもので壊れたボケと同種のものですが、儚い滲み方がいい雰囲気だと思います。それでも全体的にソン・ベルチオのシネレンズはデジタルの方が合うような気がします。