引き延ばし用のレンズというのはおそらく1930年代ぐらいからマウントがM39に統一されていったようですが、それまではそしてそれ以後も他の規格があったのか、とりわけ75mm前後でそういう何に使うかわからないけれど引き延ばし用らしい怪しげなものが見受けられます。距離は固定ですからもし撮影に使うならカメラ側にヘリコイドが必要です。この種はいずれも小さいので映画用かとも思いますが、それにしては幾分長いものばかりです。中判の引き延ばし用と考えるのが妥当なように思われます。引き延ばしレンズというのは撮影されたものを再現するためのレンズですから忠実度が非常に重要です。工業レンズのように特性を優秀なものとしますが味気がなく撮影には向きません。それで引き延ばしレンズを撮影用に転用することは好ましくありません。(しかし引き延ばしレンズでの撮影を趣味にしている撮影家もいます。)これらがしばしばジャンク的価格で市場で見受けられのはそのためです。
かなり昔のノンコートの引き延ばしレンズらしい代物としては、たまたま入手できたベルチオ Berthiot フロール Flor 75mm f4.5戦前の用途不明レンズ、おそらく引き延ばし用だろうと思われる分をビゾ用に改造して撮影してみたいと思います。ところが撮影してすぐに、いや、ファインダーを覗いてすぐにと言った方がいいですが、かなり強い霧膜型ではっきり見えません。用途不明レンズではベルチオのものとしてはすでに50mmをご覧いただいていますが、それと同様です。外観もほぼ同じです。この霞んだ中でピントを合わせるのは困難でかなりきつかったですが、とりあえず見ていきたいと思います。レンズ構成はこれも2群4枚、前後共に色消し貼り合わせのペッツバール Petzval型です。
まず、オリジナル画像の例としてこれを使い処理してみます。
ブラックポイントを上げるこれまで通りの処理を施します。これで特に問題はありません。しかしオールド・フランスレンズとR-D1の処理がマッチングしているかどうかということになるとちょっと違う気もします。そこでもう1つ加えてみます。
DxOラボのFilmPack 3です。かつてフィルム会社から販売されていたフィルムはそれぞれに個性がありましたので、それをソフトウェアで再現しようというものです。ネガを使うと粒状感が出てしまいますのでポジを選択します。フジの品揃えが最も豊富で他にはコダックやポラロイドなどもあります。
今回は独・アグファ社・プレシサ Precisa 100を適用してみます。
適用しますとこのようになります。この方が本来の意図を表しているような気がします。そこで手間はかかりますが、本稿のみこの処理で通してみたいと思います。
阜城门内(fu-cheng-men-nei 古代北京城の門の1つ、阜城門の内側)界隈は割と規模の大きい胡同(北京の旧市街)が残っています。阜城路の北側です。南は北京のウォール街でその名も「金融街」という新型巨大ビルが乱立している地域なので大通りを挟んでまさに好対照を成しています。北の旧市街一帯にはチベット仏教の白塔がそびえ立っており、金融街の高層ビル群に対峙しているようです。界隈は門前町的風格を残しており、寺経営と思われる老舗の薬屋が目立っています。
寺の塀は故宮と同じ朱なので、これは格を表すものかもしれません。漢方薬を製造している匂いがします。ドイツのフィルムを適用しただけでドイツ的なテイストになってしまっていますが、明るい部分にはフランスレンズの特徴が表れています。
胡同でよく見かけられる入り口です。屋敷の場合は玄関になりますが、普通はこの中に何世帯も住んでいますので住居の一角の入り口という感じになっています。必ず石の置物が両側にあります。これはたいていかなり立派なものです。この画像の質感にマシュマロ的な柔らかさを足し彩度も上げれば、爆濃型とほぼ同じ描写になります。しかしデジタル処理による追い上げでは不可能な領域と思います。霧膜型においてはそれはそれでベストとすべきで、これは爆濃型のようなアクの強さがない分、使いやすいと考えたいところです。
陽がしっかり当たっていますので、オリジナルは白膜に包まれた酷い画ですが、僅かの調整で完全に晴れています。相当古いものですし、外へ放置してあるものなので肉眼で見るととても汚いのですが、白が柔らかくなっていることによって写真で見ると現物よりも奇麗に見えます。
阜城門から车公庄(che-gong-zhuang)の梅蘭芳大劇院までの間の界隈にペットショップや昆虫、骨董の市場があり、北京の有閑階級が集まっています。描写がここに来て俄然青優勢となったのは理解不能ですが、光量の減少に伴って青が強くなるフランスレンズの特徴をこのレンズも備えていると考えて良いのかもしれません。霧が晴れると青が出現するアンジェニューにも見られる現象ですが、この青はアンジェニュー・ブルーとは異質です。
葡萄をザルに入れて屋外で天日に干しています。水分を飛ばすと甘さが凝縮されておいしいのです。いわゆるレーズンと言われるものですが、市場にも売っています。古くからある中国のお菓子です。霧膜型レンズの独特の色彩感覚によって健康的に写っています。
中国の菓子は主に乾物が多いような気がします。豆とか種とか、そういうものが中心で饼(bing 餅 もち)と言われるパンの一種もあります。動きによってぶれが発生していますが、衣服の質感の出方は秀逸です。
光の状態が相当厳しい環境ですが、かつては高貴な人が住んでいたのであろう建物に相応しい瓦の輝きは捉えられました。
トーンをうまく調整すれば人物撮影にも使えそうです。75mmですからそういう使い方は十分に考えられるところです。
フランスレンズの花の描写というのはどうでしょうか。あまり良くないような気がします。造花のように写ってしまう感じがします。意外に植物撮影に関しては、ドイツや英国のレンズの方が良いような気がします。