かつて欧州で設計された光学資産を東京で製造するのは、このようなものを古い言い方では「異国趣味」「エキゾチック」と言っていました。外国製品が珍しくない現代では死語になっています。異国趣味には一定の条件があります。遠くて曖昧なものです。ですから異国趣味は、シルクロード沿いの諸国にはほとんどありませんでした。外国の物資が常に行き交っているからです。また、自分たちこそ中心という思想が強いインドや中国にもありませんでした。ユーラシア大陸の両端で、常に遠くを思い描いている人々、その空想こそが異国趣味でした。本物は異国趣味ではありませんでした。よくわからない異文化を解釈変質したものが異国趣味でした。
欧州には東洋への憧れがありました。それは、オリエンタリズム Orientalismeと呼ばれました。西洋の人々が描く東洋像を反映したものでした。それは東洋のものではなく、西洋で産まれたものでした。それをまた東洋人が再解釈したらどうなるのか、4種のLutsで表現してみました。
U1~U4にてそれぞれ1点付録しています。
以下の作例は、注記がないものは不透明度100%です。効果を薄めた時にもバランスが失われないように配慮しています。
画像編集アプリ「Affinity」、動画編集アプリ「DaVinci Resolve」の無料化に伴い、パソコンさえあれば誰でもLutが当てられるようになりました。
また、カメラの機体によってはLutを内蔵することもできるようになってきました。
ウジェーヌ・ドラクロワ
「アルジェの女達」
欧州では1300年代の初めぐらいから各地の大学でアラビア語、ヘブライ語、ギリシャ語、シリア語が教えられるようになりました。キリスト教宣教師が世界各地に向かうようになると、少しずつ情報が齎されるようになり、やがてアラビアン・ナイト(千一夜物語)が翻訳され、1704年に出版されました。
欧州人が捉えたオリエント世界の色彩の特徴は、藍、黄土色を基調に紅、でした。
* 不透明度 100% (実際の使用では割合を下げて調整して下さい)。
フランソワ・ブーシェ
「化粧」
中国からの影響で象徴的なものは白磁でした。独特の冷たい白(冷青)によって周囲の黄や青も映えます。
* 不透明度 100% (実際の使用では割合を下げて調整して下さい)。
アルフレッド・ステヴァンス「着物を着たパリ娘」(左)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー「バラと銀・陶磁の国の姫君」(右)
明治に入り文明開花した日本は1878年、パリ万国博覧会に出展します。欧州人に衝撃を与えたものの中には浮世絵もありました。最初期の浮世絵は、筆で描いていましたが、大量生産のため版画を使うようになりました。最初は黒擦り1色でした。まもなくカラーとなって分業体制となり、多くの作品が作られました。
喜多川歌麿「太閤五妻洛東遊観之図」
髪の毛は非常に繊細に描かれ、版画となってからは線が明確になりました。
(ボケ味をU3+5よりもかなり硬くしております)。
* 不透明度 50% (100%はモノクロ)
アルフォンス・ミュシャ
「夢想」
アール・ヌーボーは、1895年パリに開店した日本美術ギャラリー名に由来しています。ジャポニズムよりもより欧州人の独創性が込められたものです。
* 不透明度 100% (実際の使用では割合を下げて調整して下さい)。
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