無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




ズミクロンはライカレンズの分水嶺1

ベレクの築いた伝統との関連性 - 2012.04.04


ライツ ヘクトール 28mm f6.3
Leitz Hektor 28mm f6.3

 ライカには「オールド・レンズ」の資産があります。製造年にして具体的に何年までに作られたものを指すのかという明確な基準は恐らくありませんし、その検討に意味があるとも思えません。少なくともマックス・ベレク Max Berekの設計したレンズを狭義にライカオールドレンズと位置づけることは可能だろうと思います。そうであれば、49年にベレクが亡くなって、その後も60年代まで製造され続けた一連のレンズ群はその範疇に入ると言えます。さらに50年代にベレクの弟子によって設計されたレンズも"ビンテージ"としての価値を有していると見なせますし、実際に市場ではそのように取り扱われてるのを確認することができます。

 「ライカオールドレンズ」とか「マックス・ベレク」といった名称は、どのような意味を含んでいるのでしょうか。1925年に販売が開始されたライカは、純正のレンズとして40年代まで1人のレンズ設計者と一つの外注会社にすべてが委ねられていました。しかしこの四半世紀の間にシュナイダー Schneider社が外注で製造したレンズは「クセノン Xenon 50mm f1.5」のみだったので、事実上1人の人物がライカレンズを代表していたことになります。彼、つまりマックス・ベレクが設計したレンズが、即ち"ライカの描写"だったと言えるでしょう。それゆえ、「ライカの写真」というと、1つには「ベレクが作ったレンズで撮った写真」を意味することになります。

 しかしライカの伝統はベレクの死後も受け継がれ、すでに60年以上経過しています。その間、ベレクが設計したものではないレンズも次々に開発され、時には新しい技術も導入されてきました。ベレクが作ったものは彼独特の個性があり、一方で時代も進んでいますから、ライカレンズもそれに応じて変化してきました。そのちょうど境目にあると考えることができるのが、ベレクの弟子、ウォルター・マンドラー Walter Mandler博士が、ベレクの最後の標準レンズ・ズミタール Summitarの後継に50年代に開発したズミクロン Summicronです。

 ライカを製造していたエルンスト・ライツ社は、それほど大きな会社ではなかったので、ライカの成功に対し追い上げてくる強力なライバルとの厳しい競争を克服していく必要があり、とりわけ当時すでに大企業だったツァイス Zeissの開発したコンタックス Contaxは大きな脅威でした。ツァイスに所属する当代最高のレンズ設計者ベルテレ Berteleの作る高性能な明るいレンズに対し、ライツ社とベレクが対抗するのは困難で、しばしばスペックの点で後塵を拝しました。

 それでもベレクが設計したレンズには独特の魅力が備わっており、それはベルテレの産物にはないものでした。その部分をベレクとベルテレの設計したレンズを比較することによって明らかにしてみたいと思います。先日、北京から万里の長城を超えてさらに北に清代の離宮があります承徳へ行って参りました時に、ツァイス Zeiss ゾナー Sonner 50mm f1.5とライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3を持ち込みましたので、実写を交えつつ見て参りたいと思います。

 両方とも設計等、戦前のものになりますが、当時広角レンズは設計が難しかったのでヘクトールの方はより厳しい条件、しかしゾナーの方もf1.5と当時の限界に迫る厳しさですが、内容が違いますので比較するにはアンバランスです。しかし両社の個性はこの2つに十分に出ていますので、わかりやすい比較対象になると思います。それではまずはライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3の方で弱点が露呈している画からご覧いただきます。

ライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3 承徳の大きな壁  光の具合でフレアがすごく、全体が霞んでいます。UVフィルターを付けた方が良さそうな感じの写りです。次はもう少し階段を上に登って同じ場所を撮ります。

ライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3 承徳の赤い壁  角度が違う為に今度はもっとはっきり写っています。太陽光の差し込みをフードでカットするとしっかり仕事をします。それでも色合いは褪せています。この建物の色も痩せていて余り違いはないのですが、魅力に欠けるのは違いありません。周辺光量落ちもはっきり確認できます。これはフィルムで撮っても同様です。

ライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3 承徳離宮内1  ところが、室内に入ると色彩感はまずまず安定します。非常に繊細な描写のレンズですが、そのことによってシャドーまで細かく表現されています。暗い部分を潰さない特徴があります。デジタルの場合はこのバランスをソフトで簡単に調整できますが、それは元画像がしっかりした上で微調整するから活きるのであって、繊細に対象を捉えるレンズはソフトウェアの進歩とは無関係に価値があります。

ライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3 承徳離宮内2  このような屋外の環境で、建物が密集したあたりで上から光が差し込んでいるような場所ですが、このようなシチュエーションでは例外なく、光が空気中の塵のようなものに反応したものまで写ります。この特徴はベレクのレンズに共通して見られます。側光に過敏に反応するレンズですが、わかりにくいので次の画も見てみます。

ライツ Leitz ヘクトール Hektor 28mm f6.3 承徳離宮内3  これも横からの光を捉えたものですが、光の廻り具合を繊細に捕らえるので、硝子を通した光の曖昧さまでもが写し込まれています。一見、当然のように見えますが、ゾナーで側光を撮ったらどうなるでしょうか。

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