ドイツ圏のレンズで安いものを探すとなると、どうしてもドレスデンで作られたレンズに行き着くかもしれません。一般に "ドイツ的" レンズというとライツ Leitz、ツァイス Zaissあたりとなります。ドレスデンのレンズというと傾向としてはライツに近いですが、古き佳き欧州の風格を湛えたものとしてたいへん貴重なものでありなが評価は今一つ、ボケ玉などと揶揄されております。価格の方も安いものからプレミアが付いているものまでこれほどまでに格差があるのも珍しいと言えます。
ドレスデンというとかつてのツァイス本社社屋・エルネマンタワーがあることで有名です。(ツァイス・イコン Zeiss Ikonから戦後の再編でペンタコン本社、そして現在ではエルネマン・シネテックというプロジェクター製造会社の建物になって現存しています)しかしドイツの割と広範囲で製造していたツァイスよりも、よりドレスデン的なレンズを作っていた会社と言えば、ドレスデン郊外・ゲルリッツで生産していたメイヤー Meyerが第一に挙げられます。ツァイスを "新しい" ドイツの風格を代表したものとすれば、メイヤーはドレスデンの伝統を継承したものであり、そのルーツはゲルツ Goerz、エルネマン Ernemannに辿ることができます。しかしこれらのメーカーは1926年の合併にてツァイス・イコンの母体となったもので、元はドイツの古典的風格を備えていたものです。やがてツァイスは変化して古い表現から脱皮してゆきましたが、ドレスデンの各メーカーは古典的ドイツ光学の伝統を維持し続けました。
そのあたりを踏まえつつ、本稿では数本のメイヤー製レンズを見ていきます。その前に1つ、非常にマイナーなレンズメーカー・ルートヴィッヒ Ludwigが製造したレンズを見てみます。後でフェインメス Feinmessのレンズもご覧いただいて、ドレスデン派の風格を確認します。その後、ドレスデン派の源流を辿っていきます。
まずルートヴィッヒが生産したレンズですが、おそらく人気がないということと、出ても値がほとんど付かないということであまり見る機会はありません。この会社についてわかっているのは、従業員を大切にする家族的経営方針だったらしいということぐらいです。通りに面した工場で数十人が仲良くレンズを作っていたようです。見つけた時にある程度目安になるようにルートヴィッヒが生産したレンズをまず整理します。
Auxanar | トリプレット型 |
---|---|
Cosmar | ヘリアー型 |
Enoldar | |
Kosmar | 前群張り合わせの3群4枚 |
Meritar | トリプレットかテッサー型 |
Peronar | |
Victar | トリプレット型 |
Vidar |
ルートヴィッヒ Ludwigのレンズとしてはよく市場で見られる方と言えるメリター Meritar 50mm f2.9はトリプレット型で、全6面に同じパープルのコーティングが入っています。双秀公園から六铺炕界隈を撮影していきます。今回の個体は4,500円でしたが、状態の良いものでも1万円前後で購入できるような安価なレンズです。世間から全く使い物にならないボケ玉と批判されており事実、遠景を撮影すると眠い画となります。そこで比較的近いものから幾つか見てみたいと思います。
青空市場です。比較的近いところにピントが合っていますので、奥へ至るボケが確認できます。品のある暖かい写りです。
1m付近で撮ったものです。批判される程の破綻が出ているとは思えません。しかし写りに厳しさや鋭さはありません。
衣服の柔らかさが実に良い感じで出ています。足に注目すると汚い乱れが出ています。シャッターを押した瞬間に足を動かしたのかもしれませんが、これが収差の影響だとすれば衣服の質感の出し方にヒントとなる部分かもしれません。
手前と奥のボケ方はよく似ています。光の捉え方は健康的です。穏やかな描写で、これほど "機械臭" を感じさせないレンズも珍しい程です。ポートレートの用途で合うような気がします。
次に電影城(日本で言うと太秦のようなところ)で撮影します。近いものを撮った時には単に柔らかいだけでなく、細部もしっかり捉えています。背景のボケも美しく、そこから対象が奇麗に浮かび上がっています。
それほど遠いところを撮影したわけではありませんが、何となく明瞭さに欠ける感じはあります。しかも周囲が流れて、まるで広角レンズのような収差が表れています。映画用レンズのような光学設計にシフトしていると思われます。これが割りと近いものを撮った時に一際美しく写る理由なのだろうと思います。
日中の写真としては最後に3枚、逆光の写真を見てみます。フードは付けていますが、正面からかなり強い光を受けているのでフレアがかっています。トリプレットはこういう霧がかった表現になりやすいですが、このレンズはしっかりコーティングを入れてあるので散景を撮った時ぐらいしかフレアが出ない傾向なのかもしれません。
北京はウィグル料理屋が多く、そのほとんどは羊の肉を提供します。串差しですが、ここは違います。腿を丸ごと焼きます。
こういう感じで焼いてナイフで肉をそぎ落とします。こういう提供の仕方をする店はほとんどありませんので、珍しいものです。夜になると描写の眠さが顕著になってくるようです。手元がふらついている可能性もあります。
それでもこれははっきり写っています。私が自分で持ち込んだワインで家の近くのスーパーで買ったので高いものが左のもので20元ぐらいでした。もちろん中国でも安物の部類ですが、そこではこれが最高級でした。右の方が立派に見えますが、実際は9.5元で、ここまで安いと逆に味がどんなのか気になってきます。そこでおもしろがって買ったものですが、中身は砂糖水でした。アルコール成分は絶対にないと保証できます。完全に騙されました。両方ともラベルは"長城牌"のワインです。
北京はヨーグルト専門店がたくさんあります。ヨーグルトというのは元は宮廷料理の一品だったようで、そのレシピを復刻したものというのがどこの店に行ってもあるという特徴があります。左手前にボケたカップがありますが、これに入ってだいたい10元というところなので、量は結構多いけれど安いものではありません。
このヨーグルト店は個人でやっているところなので、壁に写真が貼ってあります。しかし一般にヨーグルト店というと大規模チェーン店がほとんどです。ここではおじさんが壺でヨーグルトを培養しています。温かみを感じる描写は夜も昼も変わらないようです。
確かに一般的な評価の通り、メリターを優秀なレンズと見なすのは難しいと思います。別の言い方をすると厳格さに欠けたレンズということもできます。しかし描写に温かみやのんびりした雰囲気を求めるのであれば、優秀なレンズと言うことも出来るわけで要は観点の違いだろうと思います。ここで取り上げている作例はクセを掴む為に開放撮影が原則になっていますから、問題が発生しても構わずどんどん撮っていますが、メリターを使いこなすのであれば絞りの扱いは重要だろうと思います。開放でも破綻なく遠景も撮れれば良いですが、そうなると近景の味わいは失われます。どのレンズでも同じようなことは言えますが、メリターの場合はこの傾向が顕著です。使い方をよく踏まえていれば、あらゆるシチュエーションで十分な写真が撮れる筈です。まるでノンコートのような発色なので(実際にはブルー系のメイヤーVコートと思われるものが入っている)これが好みに合うかどうかということもあります。合わなければ戦前のノンコートレンズ全般を使うことも難しいかもしれません。