アンチプラネットはダゴールに至るヒントになったものかもしれない
異種ガラスの貼り合わせで成るダブレットを2組向かい合わせる(アプラナット Aplanat)と各種の収差を良好に補正できることは写真レンズの初期の頃にすでにわかっていましたので多くの光学会社が長年に亘って採用していましたが、シュタインハイル Steinheilは、対称型を崩した方が良いのではないかと考えたようで、この方向で幾つかの試みを行いました。シュタインハイルはガラスを分厚くすることに拘りがあったのか、アプラナットにおいても風景用のもので厚みを増していましたが(エミール・トラオレ Emile Turriere著 Optique Industrielle No.88)、その発展型においてもその方針を捨てることはありませんでした。
アプラナットはこの後、貼り合わせを3枚に増やしてダゴール Dagorへと発展し、コーティングの発展によってそこから分割され多くの傍流を生みましたが、それらが成功した設計だったので以前の古い設計に感心を示すのは意味がないように思えます。結局シュタインハイルも様々な方向性を試しながらダゴールを見てそれとあまり変わらないオルソチグマット Orthostigmatを完成させるに至りましたので、それ以前のものはシュタインハイル自身からも捨てられたことになります。アプラナットからオルソチグマットに至るまでの過程で知られているのは3種(それ以外に肖像用アンチプラネット)があります。
1. グループ・アプラナット Group Aplanat
2. グループ・アンチプラネット Group Antiplanet
(併記されているデータが肖像用アンチプラネット)
3. ラピッド・アンチプラネット Rapid Antiplanet
1. グループ・アプラナット (独特許 DE6189) は特許データでは焦点距離174mmになっていますので、この焦点距離のまま使用する前提だったと考えられます。この特許が1879年、写真乾板の生産開始が前年の1878年、これに合わせたと仮定すれば画角は36度となります。f値は5.8です。
特許ではこのように円錐形に加工するよう指定があります。口径食を防ぐためです。
ツァイスの設計師だったロアーの本を見ますと、57度まで可能とあります。ライカ判では焦点距離40mmとなります。緑の光線は36度です。
後代では明らかにキノの収差配置ですが、当時は人物用だった筈です。色収差が波長の長い赤と短い紫が反転しています。もしかするとこの方法は本設計が元祖でしょう。しかもマクロにも強く、レンズ先端から20cmぐらいまでは寄れます。ソフトフォーカスになってしまうので、f6.8ぐらいは絞る必要があります。それで以下出図しました。相当な収差の少なさなのでまだ寄れそうですが、もう少しいけます。その後、急激に悪化します。近すぎますから。
2. グループ・アンチプラネット (独特許 DE16354、米特許 US241437) は1881年で、特許データでは焦点距離240mm、実際には235mmですが、先ほどと同じように当時の乾板に合わせますと画角は26度となりました。絞りを入れるスペースが非常に狭くf値は6.5です。
今度は円錐形の加工がありません。レンズの外径が約半分になっているからだと思います。明るさを維持して小型化したのだと思います。
こちらは画角はおそらく60度、焦点距離は38mmぐらいは広げられます。
同じ特許に改良型も掲載されていますが、ここまで来るとトリプレットです。記載では焦点距離240mm、実際には233mmで、f値は3.5と大幅に改善、しかし画角は広げることができません。焦点距離は85mm相当です。
3. ラピッド・アンチプラネット (独特許 DE76662) はとにかく暗く、f7.5です。全くラピッドではありません。
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