デジタル画像における色の記録は、Webと印刷で異なります。このようなモニターではRGBという方式で記録された色を表示しています。赤緑青といった原色の色を使って調色しています。しかし印刷インクは、シアン、マゼンダ、イエローの3色であるため、RGBのままで印刷すると色が大きく変わってしまいます。そのため、CMYKという方式で記録したものを入稿します。アナログでも現像か印刷で、異なる扱いが求められる筈です。そうしますと、出版関係の撮影者は出版印刷に適した機材を探すことになります。そこでハッセルブラッド Hasselbradが評価された理由は複数ありますが、レンズに関しては外注でしたので、メーカーに条件提示して設計してもらっていたものと考えられます。なぜならハッセルブラッド用レンズの設計は、他には転用されていないようだからです。
デジタルでは色の記録方式が違うだけなのですが、それでもその前の段階でCMYKに変換しやすいオリジナルデータはある筈です。ハッセルブラッドの場合は、特にCMYKでの出力を中心に考えているように見えます。そのため色彩感は独自のものを感じさせます。デジタルではこのように用途に特化したものを作ることができますが、アナログではそうではありません。カメラは基本的に箱に過ぎません。変化するのはフィルムとレンズです。フィルムは特定のメーカーが製造しているものなので、特別なものを作ることはできません。しかしレンズはハッセルブラッドのマウントで製造されるので、ここでは独自性を持たせることができます。このような理由で、ハッセルブラッドの特に初期のレンズの設計を検証してみます。
ハッセルブラッドは1949年の製造で戦後の混乱期にあったため、当時入手できるものとして高価な米コダックのレンズを取り付けていました。そしてドイツでの製造が落ち着いてきた1952年から、より安価なツァイス製に切り替えました。コダックのレンズは全てエクター Ektarで、カタログには4種のレンズがラインナップされていました。55mm f6.3と254mm f5.6は販売が中止され、80mm f2.8と135mm f3.5のみ市場に出ました。135mmのみ光学データがありません。
Ektar 80mm f2.8 (米特許 US2279384) は独特の淡い色彩で、これはトリウム(放射能)を含むレンズが経年変化で黄変しているためです。そのため、本稿の目的のためには参考になりませんが、それでも一応確認することにします。ルドルフ・キングスレイクによれば、コダックでは基本レンズのレンズ間隔を変更してわずかに異なる焦点距離のレンズを作るのが一般的なやり方で、このタイプのEktarではその手順で性能が損なわれることはなかったと言っています。同じコアにより、スピード・グラフィック 6x9 の 105mm f3.7、コダック・メダリスト 100mm f3.5、ハッセルブラッド 80mm f2.8 が作られたとしています。そこでメダリストの設計から間隔を変えるだけで80mm f2.8になるか試しましたが不可能でした。図は焦点距離100mmで出しています。端正で柔らかい描写の良い玉です。これはハッセルブラッドではありません。
254mm f5.6 (米特許 US2443156) は望遠なので参考になりそうもありません。一応確認だけにします。ほぼ無収差です。これも焦点距離100mmで出図です。
55mm f6.3 (米特許 US2518719) は55mmで出図しています。グルグルボケが出そうです。しかもライカ判で35mm相当ぐらいの広角なので独特の感じとなりそうです。色収差は少ないですが、微妙に淡い感じとなるかもしれません。広角の玉に対する工夫がみられます。実際に販売されていたら人気となっていた可能性があります。特に中判より大きいサイズでは画がより鮮明に写るためか暗い玉の方が求められる傾向がありますので、そういう意味でも人気を得ていた筈です。どんな描写か実際に見てみたい玉です。
ハッセルブラッドの色彩に対して、参考になりそうな要素は見つかりません。まだモノクロが主流だったし、カラーへの対策はしていなかったと思われます。しかしトリウムレンズの使用が印刷に適していた可能性があります。ツァイスに移行した時、コーティングに色補正を加えるようになっています。光学設計の方からも何か見つかるかもしれませんので確認することにします。すべて焦点距離相当で出図しています。
ディスタゴン Distagon 60mm f5.6 (独特許 DE947750) 。
テッサー Tessar 80mm f2.8 (特許不承認 DEX5106) は特許が申請され新味にかけていたようで却下されていますが、申請資料は残っていました。
54年、Cシリーズのプラナー Planar 80mm f2.8 (米特許 US2748656) 。
どういうものを求めているのか、考え方が明確になっているように見えます。球面収差は比較的アンダー気味で落ち着きのある画を指向しているように感じられます。しかしこれだけでは手がかりが少ないのでコダック時代以降、もう少し見てみると、選んでいるガラスに特徴がありそうです。分散はアッべ数が高いものが3とすると、前玉から3212のようなカーブになるような設計ばかりを選んでいます。望遠は当てはまりません。マルチコーティングを施すようになってから、このルールから解放されているようです。印刷を意識した研究はやはり行われていたと考えるのが妥当と思われます。