無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業




「50mm f1.9」という規格は中途半端なのか

光学設計に "座りの良さ" のようなものはあるのか - 2012.11.23

 口径f値については用途にも依りますが、明るいものが作れるのであれば基本的にはなるべく明るくしたいものです。一方で明るさを増せば色んな意味で無理も増すので、バランスも重要です。それは技術で克服というよりは、本来の物理的法則で自然な状態がどのあたりなのかを大事にするということです。もし焦点距離が50mm、そして像面が35mm判(フルサイズ)であれば、その最適なf値は「1.9」のように思えます。それ以上でもそれ以下でもないように思うのです。

 もし1.9よりも明るくすれば、設計には無理が増えてくるので理想から離れてゆきます。無理は何らかの形で顕在化します。自然が一番です。しかし暗くしたら良くないというのはどうなのでしょうか。もしf2.8、f2、f1.4と3種類があれば、最も光学性能が良いのは普通の常識だったらf2.8だろうと思います。そこからどんどん明るくしていってf1.4を超えてくるようなことがあるとあるものはボケ玉と呼ばれるようになってきたりします。しかしf2.8の性能が良いというのは理論面においてであって、グラフ上の優秀さが人間の感性に直結するわけではありません。安全圏内での仕事、十分にポテンシャルが発揮されていない、まだいけるような、そんな印象を与えます。

Leitz ライツ Elmarit エルマリート 90mm f2.8 清代の天文機器1
 無理のない最大限の中で、f1.9に妥結されたものというのは、名玉が多いという気がするのです。理論が勝ち過ぎても負けが込んでいるわけでもない微妙な匙加減の位置ということです。f値にもある程度の誤差が容認されますから、f1.8やf2にしたものもある筈ですが、幾つもの製品がある1つのメーカーの中で魅力あるものを選ぶとするとf1.9があればf1.9、なければf2やf1.8あたりになってくるような気がします。もちろんこれは50mmの多数のレンズの話なので、その他の焦点距離では違ってきます。またテッサーやトリプレットでは50mmであっても理想はおそらくf3.5ぐらいです。

 マクロ・スウィター Macro-Switarは当初、50mm f1.8で作られ、後にf1.9に変えられました。ケルン社が改良で僅かに暗くしたというのは意味深長です。普通、改良したのであれば明るくするか維持するのが自然です。描写をさらに追い込んだところがf1.9だったのでしょう。キノ・プラズマート Kino Plasmatも特許が申請されている設計はf2ですが、実際にはf1.9あります。そのためか75mmの一部はf1.9でも作られたようです。他にも日本のメーカーも含めて結構な種類の50mm f1.9が作られています。このことはもちろん、すべてのf1.9の50mmが優れているということではありません。例えば、シュナイダーで、コダックに供給したクセノン 50mm f1.9(本コラムで撮影していない別のタイプ)があります。全く同じと思いきや撮影すると描写が違い、それでも良ければ問題ないのですが、そうでもないので価格は低迷しています。

 2つの限界があります。1つは設計上の限界、これはおそらくf1.0であるとか、それ以上は難しいという物理的限界です。もう1つは成熟性の限界です。この場合はf2.0です。ハリウッドは50mmレンズに対し、絶対にf2は超えてはいけない、それ以上のものは不要、と要求がはっきりしていました。それは20世紀初期からです。今でも同じではないでしょうか。f1点代に乗ったらプロとして使えない、f1.9でもダメでした。ですが、こういうのはないと思いますがf2.1、これはf2.0とほとんど変わらない、f1.9とf1.8これも同様、それなのに、f2.0とf1.9はかなり違います。違う世界に入ります。このギリギリが最高なのです。f1.9がないライツ Leitzではズミクロン Summcronがf2です。f1.9となって少し緩いズミクロンは考えられません。ですから狙いによっては最良なのはf2である筈です。
Leitz ライツ Elmarit エルマリート 90mm f2.8 清代の天文機器2

 f1.9という中途半端な数値、このズレで着想されるのは暦です。一年は365日ですが、実際にはもう少し長いので閏年を設け、ある年は366日としてだいたい合わせています。完璧に合わないのでこれでも少しずつズレていきます。ズレている筈なのに、宇宙の運行は精密に制御され、秒単位でも狂いが生じる事はありません。一年は毎年確実に365日5時間48分46秒です。その運行は星同士の重力バランスが関係しており、わずかでもズレると全体の運行が崩壊してゆくので簡単にズレそうですが、観測史上、そういうズレを来したことはありません。もし一年が一秒短いか長いと全体のパワーバランスが崩れ、太陽との間隔が狂ってゆくので地球は滅びます。f2ジャストではなくて、少し明るいというところで、ガラスのパワーバランスが整然と整えられるということなのでしょうか。円周率の3.14も同じで、この値を以て美しい真円が得られますが、完美なものは得てしてこういう部分はあるのかもしれません。

コラム

Creative Commons License
 Since 2012 写真レンズの復刻「無一居」 is licensed under a Creative Commons 表示 4.0 日本 License.