艶やかでメルヘン調の
グランダゴン
ローデンシュトック Rodenstockというメーカーは主に大判用のレンズを作っていたメーカーで、イマゴンというレンコン型フィルター搭載のソフトフォーカスレンズで有名でした。写真用レンズよりも眼鏡の方が有名ですし、レンズも大判用、主にこれは建築などの商業用ですから、撮影レンズのメーカーとしては一般的には幾分マイナーな印象はあります。かつてライカ判で出していたものは素晴らしかったのですが、それは大判レンズのノウハウがあったからでしょう。
ローデンシュトックの個性は大判でもライカ判でも変わらない共通したものがありました。さらに重要な点は難しい広角レンズの設計でもその個性を失わないことでした。広角は限られたフォーマットに広い画角の多くの情報を記録するので、どうしてもまずは正確に記録することが重要となり、その制約から逃れるための方法として大判で撮影するのは、レンズの焦点距離も長くなりますし大いに有効な方法でした。大判広角でも変わらないローデンシュトックの艶やかなメルヘン調の表現はたいへん魅力があります。
オールドレンズはなかなか良い広角がありません。19世紀のレンズでは大判で良い広角はありましたが、明るさは相当犠牲になっていたし、それからしばらくはフィルムサイズが小さくなると難しくなりました。そこを打開したのがツァイスで、ゲルツが開発したトポゴン系に見切りをつけ、同じくゲルツが開発したダゴールの画角を増す改良を行ったトロニエの設計をさらに発展させました。ビオゴンです。これは広角レンズに対する決定的な回答の1つで、他のメーカーにも採用されていきました。ローデンシュトックのグランダゴン Grandagonはその1つです。
このレンズをスケールダウンして作れないかと思った理由は2つあります。ダゴールの後継、そして肖像に使えることです。有力な広角はビオゴン系か或いはレトロフォーカスもあります。ダゴールからの発展型はとにかく暗いので、レトロフォーカスの方が優位と思えます。それにも関わらずダゴールの描写は捨てがたく、ローデンシュトックは頑なにビオゴン型に拘っています。ゲルツが暗いのもお構いなしにダゴール系に拘っていたことと同じです。ダゴールは焦点距離が長いのでこれを復刻するのは現実的ではありません。製造の方からガラスの厚み1mm以下、直径10mm以下はするべからずと言われています。携帯のレンズのようなものもあるので現実的には製造可能ですが、本物の写真レンズではなくなってしまいます。デジタル処理を加味せねばならなくなります。少なくとも50年代ぐらいには1mmを下回るレンズも作られていたのですが、ガラスにそれだけ存在感を薄めると描写も同様の傾向になります。ライカの初期の広角は非常に小さかったですが味はあまりありませんでした。コストはかかる、味は薄いではどうしようもありません。ですから小さ過ぎるものは事実上製造不能と看做すことになります。味がないものは要りません。
この結果、ダゴールは復刻するならどうしても望遠になります。そこでダゴールの広角となるビオゴン型となったら、魅力的なのはグランダゴンです。建物などかなり大きなものをシャープに撮るもので、晴天で撮るとそんなに特徴はわかりませんが、光が少なくなるとグランダゴンならではの美が現れます。そこでこれを利用する1つの方向として、大判は蛇腹ですから前に大きく突き出すことも可能で、この広角で肖像写真も撮れます。近いものを撮ると良さが際立ちます。参考にマット氏による撮影例をご覧下さい。普通、肖像というと、大口径の被写界深度が薄い、中望遠という認識ですが、そこへ非常に暗い広角ですからあまりにもかけ離れた用途に思えます。画角が広く、被写界深度も深くなって、たくさんの対象が写り込んでしまいます。難しくなりそうですが、室内であればむしろ中望遠の方が引きがない分、難しいかもしれません。写すのが上半身ぐらいまでに限定されてくる傾向です。しかし対象の人物を語るのに、全身であるとか、周辺の物に意味を持たせるということもあります。そうであれば広角の方が良いということになります。青柳陽一先生がスタジオで肖像を撮るのに大判広角を多用していたと著書に書いてありますし、篠山紀信先生が「サンタ・フェ」という写真集でゴールデン・ダゴールを使用したのもよく知られています。グランダゴンは、柔らかいトーン、色彩感、ダゴール系が持つふくよかさなど、他では得られない特徴があります。性能を追うのではなく味を追求するなら、その代わりに明るさを捨てても構わないということなのです。ライティングを自然光であれ人工照明であっても、ある程度の明るさはある中で、それでも開放で使っていこうと思ったら、レンズの方が多少暗い方が良いという事情もあるようです。
現代ではデジタルの硬さが問題になる程なので、小さいフォーマットで昔の大判に近いものが撮れるのではないかと期待できます。それでも違うのは違うのですが、かといって現代に大判に拘るのも無理があるので、グランダゴンをスケールダウンして、それでも広角に寄せる程度とはなりますが、肖像でもいけるタイプのダゴール系のレンズを作りたいとなりました。
グランダゴンは、おそらく最初にローデンシュトックの設計師 カール・ハインツ・ペニン Karl-Heinz Pennigによって設計され(独特許 DE1094012)、ここに載せられている5つの設計が最初のものと思われます。その5番目のものが下図です。口径はf5.6、画角は100度ですが、96度で出しています。大判用のレンズですが、これをスケールダウンしますと焦点距離35mmぐらいが限界です。フルサイズで緑(半画角32度)、ラージフォーマットで青(半画角38度)、6x6は茶色(半画角48度)です。画角は6x6まで、フードはラージフォーマットまでにて製造する予定です。
収差の比較のため、焦点距離50mmに変更し、画角を100度にしたものです。