同じくソン・ベルチオ SOM Berthiot 50mm f3.5ですが、今度はフロール Flor戦前型です。コーティングはありません。ベルチオはいろんなレンズ構成を自由に使いますので実際に確認するまで予測はできませんが、これは普通のテッサー型です。レンズと一体になったシャッターが付いています。シャッターメーカーはポンティアック Pontiac Paris フランス・パリ製です。壊れて使用不可、バルブ開放になっています。距離合わせはレンズの前群のみを前後に移動させる形式ですがこれを止め、レンズ群の後方にヘリコイドを着けて距離計連動とする一般的な方法に変えています。
ベルチオ50mmについては映画用コート有りのシノール、初期のアナスチグマットと見てきましたが、これはおそらくその中間、そしてスチール用のものになります。どんな違いがあるのか見てみたいと思います。撮影地は陶然亭です。
戦前のコート無しのレンズですから逆光で撮影すると盛大なフレアに見舞われそうですが、そんなことはありません。この画は正面上方に太陽がありますが、大きな破綻を発生させることもなく、無難に纏まっています。しかもシャッターの残骸がまだ残っている本レンズはフードさえ付けられません。最低の条件の筈ですが、ぜんぜん問題ありません。なぜでしょうか。さすが19世紀以来の長い伝統のある光学会社という感じがいたします。すごいノウハウです。
近くて暗い場所と遠くて明るい部分が混在した画です。こういう条件は苦手です。どっちつかずです。確かに写真にとって難しい条件なのは確かですが、それにしても悪過ぎます。しかしどちらか片方を見るなら、全く悪くはありません。このバランスはフランスレンズ独特のものであって、不良どころか、わざとこのように作っています。軟調の動画(本レンズはスチール用ですが)を得るためのノウハウでした。そうであれば、このページで紹介している画はすべて問題ありです。カメラが出力したそのまま掲載していますが、ノーマルでは硬過ぎるのではないかと思えます。コントラストを落としたり工夫を加えると品が漂うような気がしますし、それが本来の筈です。
フィルムの現像は、現像時間と現像液の温度のバランスでベストの具合を調整しますが、温度を上げると快速で現像でき、下げると時間の微調整ができてミスを減らせます。理論上はどちらも結果は同じなのですが実際には効果が変わり、温度を上げて快速仕上げすると画像に柔らかみが出るような気がします。逆はメリハリのある画になります。このレンズはかなり温度を高めに振った方がおもしろそうで、事実そのように扱われていたような気がします。
やはりこれもシャドーが潰れぎみです。しかしこのあたりにフランス風の感性の秘密がありそうです。コントラストを下げると幻想的な画が得られるものと思います。
柳のようなこういう対象物をフランスレンズで撮ると実体感の薄い画になります。ロマンチックな写り方と言えなくもありません。ドイツの設計とは考え方が全く違うようです。
後方へ至るボケはあまり奇麗とは言えません。このレンズの本来の距離調整はレンズの前群のみの移動で行います。本来の設計と違う使い方だからかもしれません。映画用レンズにありがちなボケ方ではあります。このレンズ自体はスチール用途のものなので映画用の光学部に調整を加えたものである可能性があります。
ライツのレンズと同じような繊細さは期待できないようです。しかしこのレンズには別の繊細さがあります。対象がじっとりと写ります。曇りや雨の日、夜や室内で活かされるレンズのようです。晴れた昼間に公園に持ってくるレンズではなかったかもしれません。
背景の草むらの印象は、晴れた日中とは思えない化けが出そうな雰囲気です。暗くなるととたんにコントラストが増しますが、露出の足らないところだけコントラストが急に上がります。明るいところはコントラストがあまりありません。
扱いにくそうなレンズではありますが、花を撮ると率直になります。強い光を当てなければ良いようです。
モデルを撮影するには好ましい光の条件とは思えませんし、アシスタントはレフ板も使っていません。いずれにしても、この背景にこの衣装であれば、撮影に及ばなければなりません。強い太陽の光を受けているのであまり良くないとはいえ、衣の質感の捉え方は秀逸です。
かなり飛びまして、夜間の大阪北区・梅田です。白が奇麗に出る傾向があります。そのためか、他の色彩も淡い独特のパステル調の画になります。
これも白い光の例ですが、色彩が淡いだけでなく、ディテールも柔らかい感じがします。
光というより灯という印象の写り方です。これは提灯ですから当然といえば当然ですが、ライトでも同じような捉え方になります。しかし提灯を撮る方が持ち味がより活かさせるように思います。
一方、赤は結構現実的な写りで、しっかりした描写です。幻想的な感じはあまりありません。
黄色の光の描写はフランスレンズに共通する特徴があります。他国にはない、雰囲気と品格だと思います。民族性というのは不思議なものです。
本レンズはスチール撮影用のレンズですからパフォーマンスが安定しており、このようなレンズの製造は戦前から可能だったということを確認できました。フランス風の薫りも備えていますし、映画用に設計されたレンズを使うより安心して使えます。それでも映画用レンズの強烈な個性には抗しがたいものがあるのも事実です。その一方で撮影を頼まれた時など個性の強いものは使いにくい場合もあるわけで、自然にフランステイストを加えたい時には重宝しそうなレンズではあります。特に室内撮影ではかなり効果的だろうと思います。スチール用レンズなので三態のいずれにも属さないレンズです。本レンズはライカマウントでも提供されていました。
このレンズの"正しい使い方"というと変ですが、そこへ結論が出せないかということで、2021.4.7に新宿に持ち出しました。中古レンズ市場がここと有楽町から銀座の2箇所にあるので、今回は新宿を見、そのついでに少し撮影しようということでした。何か手がかりというか、そういうものは一切なくて単に撮影して帰ってじっくり考えるという方針でした。その中古市場がある新宿西口方面にライカオフィシャル店があります。ここは行くつもりはなかったのでたまたま通りかかっただけでした。一旦は通り過ぎようと思ったのですが躊躇って結局少し見ることにしました。入れば普通店員と話すのですが、しかしそんなことを忘れてこの時は限定モデルの説明に見入ってしまいました。それはライカのウェブサイトにも紹介されていて、こういうのはすぐにリンク切れになりますので、スクリーンショットを撮影させていただきました。
ウェブサイトにはかなり説明がありますが、店頭ではもう少し短くされており、そこにはこういう解説がありました。
2つのシネルックモデルは、ライカの画質を担当するスペシャリストと世界的な影響力を持つ映画製作者やASCのメンバーが協力して開発しました。「ASC Cine Classic」モードでは35mm映画用フィルムの質感を、「ASC Contemporary」モードでは現代映画の最先端のデジタル的な質感を表現することができます。
また、「ライカM10-P “ASC 100 Edition”」がプロフェッショナルな映画製作者にとって完璧なアイテムとなるよう、映画撮影に用いられるさまざまなアスペクト比をユーザーが自由に選択できるようになっており、その選択を有効にすると、選択したアスペクト比がブライトフレームとして表示されます。
これを読んだ後、どういうことなのかを店員さんが説明してくれます。曰く、映画関係者が現場の試し撮りに使う、一般の用途ではないと、ニッチな用途だと、このように言われていました。つまり、ロケ地の視察において、会議とか監督個人が最終決定するにしても、スチールで撮っておいて後で考えます。その画がスチールとキノでかけ離れていたらイメージが乖離します。そこでキノの枠、キノのフィルムの質感をデジタルで再現し、違和感のない画で撮影イメージが適切にできるようにするということなのです。そこで肝心なのはここなのですが、質感が2種あると、1つは「映画用フィルム」・・? 単に「フィルム」ならわかるのですが、キノ用というのがあるんですね。無いかもしれません。ただ長巻というだけかもしれません。しかしともかくフィルムに合わせると、そうあります。キノ用フィルムも当然、現像にはノウハウがあったわけで、そこも映画製作者の技術でした。このようなことを考え合わせると現代の我々の所有しているデジタルアルゴリズムでは、多少なりとも本来の方向ではない表現になっているのではないかということが考えられます。特別なフィルム用のレンズとしては計算されていないからです。ただこれだけなのですが、何か啓示を受けたようで、何も見えてこない感じで帰宅しました。そして改めて考えました。まず1つ目の画ですが、
上がそのまま出しただけ、下は彩度を大幅に下げています。下の方が映画で普遍的に見られる色調です(少し下げ過ぎでしょうけれども)。これぐらいの方が疲れないからかもしれません。彩度はもう少し戻して、中間調の方が現実感があるかもしれません。いずれにしても、このレンズはスチールではありますが、ベルチオなのでやはりキノが意識され、こういう風に写るようにしてあるのではないかと考えられます。彩度を下げても魅力的に写るということです。彩度を下げるのはおそらく現像液の節約の意味もあったと思います。薄めて現像できるからです。しかし夜は彩度を上げた方が良いようです。