ソン・ベルチオ SOM Berthiotというと一般的にはフロール Florとかシノール Cinorと銘打たれた映画用レンズが多く、主にマウント改造か、改造せずにマイクロフォーサーズ機で使うわけですが、スチール用にも同名のものがあり古いものの中には外されてしまっていればどんなカメラに付けていたのか用途がはっきりしないものもあります。この類いで「アナスチグマット Anastigmat」というベルチオとしては珍しい一般的な?命名の謎めいたレンズを入手しましたのでこれをライカ用に改造し使用してみました。50mm f3.5のトリプレット型で珍しいと思います。コーティングはありません。戦前のもののようです。この頃のベルチオのガラスはツァイスの供給だったようですが、そういう雰囲気は全く感じられず完全にフランスのレンズになっています。フランスの光学ガラスメーカー、パラ・マントワ Parra-Mantois社製のものかもしれませんがこれは珍しくはなく、むしろツァイスのガラスの方が希少感がありますが、それぐらいの境目のものだろうと思います。すでにご覧いただきました2本のベルチオとは全く違う描写になり、これもまたベルチオの特徴の1つですので、3番目として取り上げたいと思います。霧膜型になります。近所の小西天あたりから北京師範大学方面まで撮ってみます。
まるで霧がかかったように写ります。像はきっちりしているのですが、白か無色の光に非常に過敏に反応し、その光そのものを写してしまうようなところがあります。とはいえ、焼きでモヤを消してしまうことは簡単にできます。消した例も載せていますが、もっとはっきりさせることも可能です。どちらがいいかは難しいところです。なぜなら、纏わりつくモヤそのものにフランス臭が感じられるからです。どんな作品にするかによってさじ加減が変わると思います。
上を見上げて撮りましたから太陽の影響を強く受けて白モヤが大量発生しましたので、パソコンのソフトウェアを使ってコントラストを高めてあります。古いレンズでコーティングなしということで元の性能と後の劣化も疑うことは可能ながら、後代のより新しいレンズの中にもこのような描写のベルチオがありますし、それにこの古いフランスのメーカーは19世紀からレンズを作っていますが、当時の風景用のレンズは現代に撮影しても非常にシャープです。むしろ白膜を出す方が難しいと思われるので、何らかの工夫によって加えている可能性の方が高いと考えられます。パリは結構天気の悪い曇った日が多いところなので強い太陽の影響を受けることなく撮影できますから、こういうレンズを作るとすごく良かったのかもしれません。そもそもこういう問題が出るのはデジタルで撮影するからでしょうし、アナログで撮ればしっかり写ると思います。以下はソフトを使って調整していない画像を掲載していきます。
画像が白んでますので天気が悪そうですがむしろ逆で、明るい日にこのレンズを使うとこうなります。3番目の写真はコオロギ売りで、夏の暑い日に売られるものです。(中国では冬を除けばたいていいつでも売っていますが夏場以外は露店の数が少なく、夏になると結構あちこち出てきます。中国では鈴虫ではなくコオロギです。)レンズが本来持つ表現と中国の雰囲気とはミスマッチの感があります。
カラオケ屋の駐車場に一定間隔で置いて有る標識です。夜は灯されます。普通、写真に白いモヤがかかるというとソフト描写とかフィルター使ってそういう効果を出したりということがありますが、ベルチオの"白"はいずれにも該当しません。シャープな写真の上にモヤを纏わせている感じではありますが、緻密な描写に影響を与えるには至っていません。不思議な効果です。
トレードマークの白モヤがほとんど出ていない画です。しかしよく注意深く観察しますと白い光源があればモヤを発生させています。
夜ですが白い光があるので強烈なモヤに襲われている図です。昼間のモヤは全体に均一で控えめですが、夜は光源が近く、小さいので強力に周囲を圧し、侵食していくような勢いです。こういう使い方は好ましくなさそうです。パリでは中国のような明確な自己主張を看板に持たせることはないと思うので、夜間の撮影においてもこういう環境は想定されていないのかもしれません。
ノンコートレンズですからやはり赤の扱いは特殊性を帯びています。いろんな色が混在していても赤に擦り寄っていくような雰囲気があります。一番大切にしたいのは赤という感じです。
この画をご覧になられて「ピンク色を発色する炭というものがあるらしい」と思われた方はもう少し冷静に考えていただきたいのです。仮にあったとしても中国のローカル店で出現する筈がないのは明白です。しかもこんな炭で焼かれてもおいしく感じられません。そうしたら真赤だったのかな?と思われるかもしれません。実は肉眼で確認した時は真っ黒でした。周囲が暗い環境なのに明るくなかったわけですから光を幾らかは帯びているとしても、そうとう弱いものだったということになります。肉眼で見えない程です。普通写真では弱い光は撮影しにくいものです。それにも関わらずこれだけはっきり写っています。本当は真っ暗なのに箱の中が明るいようにさえ見えます。特殊な波長を拾う特性がガラスにあるのかもしれません。熱を感知して写せるようです。ここにこのレンズの秘密があるのかもしれません。
この類いのレンズの考えられる使い方としては、撮影時にマイナスの露出補正を掛けるというものです。そうすると画像がしっかりしてきますし、後で調整する面倒がありません。しかしそれでも、適性露出で撮っておき、後でスライダーを操作して調整する方が奇麗なようです。撮影時の中途半端な補正ではあまり効果がありませんし、-1ぐらいまで補正すると暗くなってしまいます。
古典フランスレンズのトリプレット型は、多くは霧膜型のようです。こういう描写を狙うということと、テッサー型にせずに難しいトリプレット型(ガラスの黄金比とは則ち "4" なのだろうかを参照)をわざわざ選択するということは関連があるように思います。テッサーはどちらかというと明確で線の濃い表現なので方向性が違うのだろうと思います。トリプレットの開発者、英クックのデニス・テイラーはもしかするとこの構成のレンズをそこら辺に適当に放置してコーティングを発明したのかもしれません。というのは、テイラーは新品のレンズよりも表面に劣化が見られるレンズの方が透過率が上がるということを発見し、これを人工的に塗布すれば良いのではないかと思いつき、これが後のコーティング技術の発展に繋がったとされているからです。トリプレットであれば、コーティングの効果が明確になりやすいような気がします。
霧は確かに出ていて違和感はありますが、これはデジタルだからレンズがおかしいとわかる訳で、もしアナログだったら現像所に苦情に行きます。現像プロセスでは一般的には写真屋の大きな現像機が自動で調整しますので、こんな風にはなりません。もちろん手焼きでも同じことで、パソコンソフトで調整した画も最初に2点ご覧いただきましたが、普通はこのように持っていくと思います。その時の画というのは他では得られない独特のものがあります。