アルパ ALPAが初期のボディーの標準レンズ50mmに3家のメーカーを採用していて、アンジェニューは2種のレンズを供給していました。もう2家はドイツのシュナイダー、オランダのデルフトでしたが、思うに本来の選定では、ドイツ、フランス以外に英国を入れる予定だったのではないかと思います。この3カ国は光学分野では黎明期から関わっており欧州を代表するものだったからです。しかしアルパの開発陣はデルフトをかなり気に入ったようです。デルフトが製造を打ち切っても、オランダからガラス材をスイスに持ち込んで延命を図ったぐらいの惚れ込みようだったからです。英国鏡はアルパ好みではなかった可能性もあります。"大陸"に拘ったのでしょうか。かくして、アンジェニューからはトリプレット3枚玉とダブルガウス型の二種、デルフトからはテッサー型、シュナイダーからはダブルガウス型という構成となりました。こういうことであればトリプレットを発明元のクックに作らせれば良かったような気がしますが、英国は結構描写の鋭いレンズを作りたがるので嫌ったのかもしれません。
アンジェニュー AngénieuxのダブルガウスはタイプS、トリプレットはタイプZであり、アルパ用にはアリター Alitar S1、アレパー Alepar 50mm f2.9 Type Z2が供給されました。そしてアルパ4型以降は標準レンズのラインナップからアンジェニューが外され、変わりにスイス製のスウィターが入りました。S1は有名な爆濃型で他のマウントでも製造していましたので、比較的よく知られています。一方でトリプレットZ2は珍しいと思います。アルパがこのレンズを含めたのは不思議な気がします。同種のレンズとしてはデルフトのテッサー型のもので十分ですし、しかもアンジェニューはS1も作るのです。アルパ4型以降は、テッサー1種、ガウス2種になったわけですから結局は外している訳で、必ずしも必要ではないという認識は当初からあったと思えます。それでも敢て含めた最も可能性が高い理由として考えられるのは、アルパ開発陣が単にアンジェニューのタイプZを評価していたことを示しているに過ぎないということです。ロンドンのものではなく、パリ製のこれでなければならなかった深い訳があったような気がします。しかもフランス製のトリプレットは霧膜型です。霧膜型は古典的な風格を備えており、新時代の感性を重視していたアルパの雰囲気とは違う気がします。(トリプレットが霧の出やすいレンズというわけではなく、屈折率アッベ数共に高いガラスを使うと霧が出やすくなるようで、トリプレットを明るくしようと思えばこういう高価なガラスを贅沢に投入せざるを得ないので、結果的に霧が出るということのようです。アッベ数が高いと赤外線や紫外線を通すのだろうと思います。ガラスを納入しているメーカーにもよるし一概には言えないので、難しいところです。とはいえ、最近のガラスはどこのものであれ、改善傾向だろうと思います。)4枚玉張り合わせ無しであれば、霧は薄まるのでまだ理解できるのですが、3枚というのはどうなのでしょうか。たいへん製造個数が少なく探すのはたいへんですが、マウントが特殊なので見つかれば割と安価です。それで偶然入手に成功し、状態も良かったので、これを早速自分でマウント改造し、撮影に及びましたものを今からご覧いただこうと思います。
このレンズ、アンジェニュー Angénieux アレパー Alepar 50mm f2.9にはバリエーションがあり、おそらく最初期のロットかプロトタイプにはTYPE Z2と記載があって、以降アルパー Alparと表記されたものもあります。後期はアレパー Aleparになったようです。抜けた"e" を後で足した形になっていますが、この違いはコーティングの有無のようです。透かしてみた感じではレンズ構成は全く同じようですが、後期のAleparはパープル1面、ブルー3面、コート無し2面という構成になっています。ここで撮影するのは後期版です。市場で見受けられるアンジェニュー タイプZは、このZ2以外にもZ3,Z5もあります。Z1,Z4は未確認です。さらに引き延ばしレンズでZ7もあるようです。Z3はf3.5と違うレンズで、これはアルパのカタログの中ではアルセター Alsetar 75mm f3.5にあたります。アンジェニュー社の特許にZ3と思われるf3.5トリプレットの特許データがあり(仏特許 FR1025522)、それによると特重クラウンSSK2、フリントF2、ランタンクラウンLaK11と贅沢です。f3.5ですでにこういう材の投入の仕方をしており、Z2の50mm f2.9もほぼ同じ傾向と思います。Z2,Z5はハウジングがほとんど同じです。全く同じではないかと疑われる程で、アルパにはZ2,ライカにはZ5を供給しています。しかしその一方、ダブルガウスはアルパ、ライカ共に同じS1を使用しています。Z2,Z5はガラスの組み合わせを変えたものかもしれません。Z2,Z3の設計完了後、何らかの理由でZ4を経由して最終的にZ5に行き着いたと考えられます。そうであればZ5はZ2の改良版ということになります。アルパは、もしZ2に僅かでも不満があればリストに加えなかったと思うので十分満足していた筈です。しかしアンジェニューがZ5に変更した時にそれが気に入らなかったのでリストから外れたのかもしれません。或いはZ3は採用し続けているので、それで十分と見なしたのかもしれません。しかし75mmがあるから他は要らないという発想はアルパにはないので、Z5も評価していれば絶対に外していなかった筈です。エルノスター型のYは1,12と同じ90mm f2.5で二種入っていますので75mmについてもZ5 f2.8がありますから、Z3 f3.5と並存させるか、明るいのでZ5に変えても良かったと思いますが、これは承認していません。アンジェニューにとって、S1とZ5はライカマウントも販売する自信作でしたし、見たところZ5はトリプレットの決定稿だったようなので、これらがアルパのリストから外れたことは両社の考えに少し隔たりがあったことを意味しているのかもしれません。このことがケルン・アーラウへのオファーに繋がった可能性もあります。S1の代わりにマクロスウィターを求めましたが、Z2の代わりにはZ5も含め、その他のものを採用することはありませんでした。アルパが求める水準のトリプレットはZ2,Z3が唯一だったのだろうと思います。彼らが求める標準テッサーもデルフト以外なかったようですし、この拘りの異常さには呆れるしかありません。
尚、この経緯でアルパへZ2と同時にZ5も提出された可能性も否定できません。アルパが販売開始された1944年は大戦末期です。フランスではノルマンディー上陸作戦が決行され、全土は戦乱のただ中にありました。こういう社会状況であれば貧富の差は激しいのでスイスのアルパが趣味の高額カメラを作るのは理解できます。パリの光学会社も同じような考えだったのか、1944年に幾つものモデルが販売開始されています。ナチス・ドイツからの開放という盛り上がりの中で商機を掴もうという考えだったと思います。これらの中にアンジェニューZ Typeのレンズが付けられているものが複数あり、製造個数が少ない模様でデータ不足ですが、確認できた幾つかはZ5が付けられていました。ということはアルパの製造時にZ5は商品化されていたか、少なくともすぐに供給可能だったということになります。それにも関わらずアルパにはZ2が選択されています。同じ時期では、イタリア製で1947年にプロトタイプが作られ短期間少量生産されたレクタフレックス Rectaflexという一眼レフ、そして1948年ウィーンで製造されたウィカ2型 Wica IIというバルナック型カメラにもZ2が付けられていました。一方、地元パリとライカ向けへはZ5が付けられていたので、フランス人の好みはZ5だった可能性があります。外国の高級メーカーに選択させるとZ2を選ぶのだと思います。ライツは口を出してこないのでZ5を使ったのだろうと思います。ガウス型の方は、S1は率直にそのまま採用、S2広角、S3望遠は却下か検討せずとなっています。広角は後にR11,R61を採用し、望遠は暗くなるにも関わらずY Typeを採っています。市場の動向に注意を払うより、自分たちの納得するものを選んだ感じがあります。それはアルパを製造していたピニオン社の本業が別にあって安定していたこと、ロレックスやオメガの歯車を製造して世界最高の技術を有しているという誇りがあったことなどいろんな取り巻く環境があったためと思います。この"道楽"を社内で共有してもいました。
Type Zは、7番まで見つかっています。そうであれば、1,4,6番は空番ということになります。これらはおそらくすべて実際には実在すると思います。Z1は検討される前にすでにテッサー型のX1があり、予定外に貼り合わせを無くすことになって違いを明確にするためにZ2へ繋げたとすれば、Z2は本来X2の予定だったのかもしれません。なぜならアンジェニューはテッサーを35,40,75,100,105mmと作りましたが、同一設計の筈がないのに、なぜかそのすべてをX1としていますのでZ2を事実上のX2と見なしていたのであればこれは理解できなくはありません。X2を使いたくなかったように見えます。X1は35mmが「Alcorar」という名称でアルパに採用される寸前まで行った模様で結局デルフトが採用されて幻となったようです。Z4は安価なトリプレットだったかもしれません。つまりコダック Kodak レチネッテ Retinetteに付けられていたアナスチグマット Anastigmat各種がそれだったのではないかと思います。トリプレットなのですが、レチナ用のレンズに型号を割り振るのをためらっているように見えます。安価版であるのを悟られないようにしているのではないかと思えます。当初の計画ではアナスチグマットとせず「Alcor」とするつもりだったようで、実際にレチナ I型で初期のものにこのように刻印されています。アルパに採用が検討されたX1はAlcorarでした。Alcorが影のZ4であれば流れとして辻褄が合うように思います。Z6は50年代初めにやはりこれもコダックに中判6x9の規格のために100mmレンズを各種提供していますが空番なのでこれが該当するような気がします。
このレンズについては総評を先にしたいと思います。やはりこれは予想通り、霧膜型でした。このタイプのレンズの適切な使い方としては黒を締めるさじ加減が必要です。昔の古い映画でこのタイプのレンズを使っているものは白けたままで使っているようですが、ビビッドな特徴のレンズが多いアルパの中ではいささか不自然な感じはあるかもしれませんし、ここでの用途はスチール撮影です。そこで撮ったものを締めてみましたが、これはなるほど、アルパになぜ採用されたのか、わかるような気がしてきました。そこでまずは、すでにご覧いただいたベルチオの霧膜型も再度使って比較してみることにいたします。
すでに前の稿でご覧いただきました白みがかなり強いこの3点ですが、ブラックポイントのみを上げます。
割と普通の写真になりました。きっちり効果を掛けてありますのではっきりしていますが、使い方によっては微妙に白膜を残留させる方が良いこともあると思います。
加工例はApple社のApertureでやりました。露出の項目に「ブラックポイント」というのがありますが、これを上げます。初期設定はゼロで左端付近にあります。-5 ~ +50という調整幅です。これを右に動かしてプラスに振ります。
Adobe社のLightroomでは「黒レベル」というのを使います。初期設定は中央でそこから左に寄せることで効果を出します。
アンジェニュー アレパー 50mm f2.9で同じように調整すると、このようになります。ベルチオと比較すると味が違いますので、どちらが良いかは好み次第だろうと思います。やはりベルチオは太陽、アンジェニューは月の下で持ち味を最大限に発揮しそうです。
今度は二ケタまで思いっきり絞って撮影し、さらにブラックポイント加工を加えた画です。アンジェニューは青っぽい特徴がありますから、加工後のものが本来であって、アナログ時代の現像ではこういう風に持っていくのだろうと思います。絞りは関係なしに青みがかかりますが、加工後の調整幅の自由度は開放撮影の方が大きいようです。気になるのは、白膜画像ではニュートラルな暖かい発色ですが、締めると青みが増してくることです。これをさらに他のスライダーを弄って青を消しにかかるのは可能と思います。しかしこの青がアンジェニューの持ち味であって、この理由はおそらく人工光の下で女性を美しく撮るためだろうと思います。京都の四条河原町に、ある喫茶店があって3回ぐらいしか行ったことがありませんが、そこは昔有名な画家が青い光を使って女性を描いていた場所ということで有名なので、今でも店内は青い光で統一していますが、これと同じ感覚だろうと思われます。アンジェニューが夜向きなのはこれも一つ理由としてありそうです。アンジェニューを使うということは、アンジェニュー・ブルーを愛でるということであるとも言えます。しかしこれも露骨なのは良くないので暖色系と青寄りとの間で妥当なところを決定する選択が必要になってきます。青がまるで出ないこともありますし、夜間は赤が強烈に出ることもあります。赤が出るとおそらく基本的には失敗と見なされるものだろうと思います。赤信号よろしく全面赤に染まってしまいます。これはベルチオの霧膜型も同じです。しかしブラック締めでこれはこれで結構良い画が得られます。このあたりで加工等々に関する話は止めにして、早速本題に移りたいと思います。以下はすべてブラックポイントのさじ加減を調整したものを並べていきます。民国期の軍閥関係の政府庁舎だった段祺瑞执政府旧址で撮影します。
氷と一口に言ってもいろいろありますが、透き通った氷がイメージするものはブルーです。それに雪も含めた冷たいもの、これらは温かいイメージもあります。白くまとか、集落とかそういう素材が画に混じると柔らかさというイメージも追加されます。そういうものを連想させる描写の感じがいたします。
右側に少しフレアが出ていて青っぽくなっていますけれど、古い建築を撮影するとマッチングとしてはちょうど良いようです。歴史の重みを感じさせるようで良いと思います。
陽の当り具合ではあまりブルーは出ませんが、物の肌合いの捉え方は独特のものがあります。それに立体感もありますので、非常に重厚な表現を備えながらも柔らかい感じもあるという不思議な描写です。
高い柱廊のあるところで、外から光が射している様子ですが、この光の写り方というのはドイツ物、例えば光を写しやすいライツあたりとは違うような気がします。物を写すと階調が細やかな描写ですが、光に対してはそういう捉え方をしないようです。これも1つの個性だろうと思います。
ボケがとても美しいということで、本来ピントを合わせる街灯も外してみました。幻想的な感じを狙っていますが、やはり夜の方がすごく良かったような気がします。
おそらく、このレンズの柔らかみというのは、後ボケが備えている特徴かもしれません。縁取りが消え入るようで品があります。
昼間の撮影も意外と良かったですが、何を撮るかにもよると思います。それでもやはりアンジェニューは夜も撮影しなければなりません。アンジェニューの夜の赤の美しさは有名なので多くを語る必要はなさそうです。
現実には見えない「ブルー」がここにも写り込んでいます。しかしこれがないと独特の格調と品格が出てきません。不思議なものです。
本来であれば、もっと強い黄色でとばされそうですが、そういう傾向はなく落ち着きがあります。これも青を混ぜた効果でしょう。
肉眼では少し黄色の光ですが、黄色はキャンセルされる傾向があるので、奇麗な白になりました。
手前は真っ暗で肉眼では人物は確認困難でした。写真では顔も見えますが撮影時には見えませんでした。背景の明るいライトが逆光だったからだと思います。この光が強かったためですが、そこを柔らかく捉えたことで人物の表情も見えるようになっています。
「東岸」は相変わらずかなりの暗さですが、ぼんやり見えている BlueNote レーベルのジャケットは記録可能か挑戦してみました。少しぶれていますが、及第点でしょう。黄色は潰されますが、赤系は変質はするもののしっかり出てきます。
明暗の対称がはっきりし過ぎた画ですが、上下に遠く離れた対象はしっかり写し込めました。ピントは手前にずれていますが、これに関しては結果オーライだったと思います。彼が動きますので、なかなか合わせにくかったです。
焦点が合っているのはマイクです。それでそこだけ異様な感じです。これももっと手前に引いた方が良かったかもしれません。それかマイクと楽器の間に入れた方が良かったかもしれません。しかし前後のボケを混在させる画を成立させるのは結構難しいものです。
これは28mmの方でも撮りましたので、比較のために一枚押さえておきました。傾向としては同じだと思います。
ピントを前後に動かして数枚撮っておきましたが、これはそのうちの一番手前のものでビールに焦点が合っています。とても暗いのでテーブルの上には蝋燭も置かれています。もう少し右の女性がはっきり写ると良かったと思います。
これは別の時にレストランに行った時のものですが、黄色がしっかり写っています。しかしこれはライトに黄色の紙を被せて演出していますので、純粋な光の黄色ではありません。しかし率直ではなく、まるでガス灯(見たことはないので想像ですが)のようだと思います。これもアンジェニューの美意識の表れなのだろうと思います。
ガラスから背景の室内はわりと距離がありますので、ボケも強くなっていますが、それでも何が写っているのか不明瞭になることはありません。この辺のパースペクティブの取り方は映画用レンズで培ったものだろうと思います。
フランス物はベルチオもそうでしたが、例えばこの造花のようにライツあたりで撮影すれば潰されてしまうようなものでも、はっきり写せます。夜の暗い環境でもしっかり暗部まで描写できます。映画は人工光を多用しますので、こういう配慮は必要なのかもしれません。