無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

幻想的な肖像鏡 へクトール
「花影」S4 73mm f2.0

2015.02.01


 ベレクがトリプレットからすべてのガラスを貼り合わせ色消しにした「ヘクトール」は繰り返し特許が出願されています (独特許 DE526307 DE526308 DE585456 DE691946、米特許 US1899934 US1939098)。確認できたドイツ特許だけ見ても4つはあります。最後の1つは少々特殊ですのでこれを省いて3つ確認してみたいと思います。まず、DE526307を見てみます。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526307 ガラスデータ
ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526307 焦点距離確認
 焦点距離は100mm、口径はf2.5で指定されています。これはヘクトール50mmの原形或いは最終稿だった可能性があります。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526307 光学図
 画角がわからないので一応光線の画角は緑が12度、青は24度としておきました。非常に密集しています。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526307 縦収差図
 球面収差に変な乱れが確認できますが、許容範囲だったのかもしれません。


 これと同時に申請された別の特許で同じ3群6枚のものでデータが異なるもの、DE526308を確認します。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 ガラスデータ
ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 焦点距離確認
 これも100mmですが口径はf1.8と指定されています。ガラスの選定に特徴があり、すべて前クラウン後フリントの順に貼り合わせ、クラウンはいずれも同じSK15 (以下すべてショット社)です。フリントはF2,LF6,LLF2と順に屈折率、分散が低くなっています。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 光学図
f1.8であればかなりギリギリです。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 縦収差図
 収差も見ておきます。球面収差がかなり独特の形をしています。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 73mm変更後ガラスデータ
ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 73mm変更後焦点距離確認
 そこでこれをスケールダウンしてライカで実際に販売されていたヘクトール73mm f1.9の規格に合わせてみます。画角は33.6度とします。イメージサークルは44mm以上というところです。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 73mm変更後光学図
 これは画角をとにかく限界まで頑張って広げた感じがあります。それで73mmというあたりで手を打ったのかもしれません。73mmであれば距離計連動の観点から見ると、無限から1mまでが5.5mmなので作りやすかったというのはあったと思います。実際に現物を測りますと確かに距離計連動部が3mm縮んだら5.5mm伸びています。75mmを超えると6mm伸びますのでこちらでも良かったとは思いますが、最終的に73mmになった理由ははっきりわかりません。どっちでも良かったのだと思います。50mmと90mmの間を埋める意図があったと考えるのが自然なように思います。どうでも良いことですが興味深いのはヘクトール73mmの鏡胴先端部からフランジまでの長さを測るとちょうど73mmということです。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 73mm変更後縦収差図
 収差はこのようになります。これは実際に販売されていた73mm f1.9と同じものだと思います。色収差の出し方も意図的だと思います。なぜならこれと似たような収差をトリプレットの方にも加えているからです。しかし歪曲は逆に振っています。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE526308 73mm変更後横収差図
 吉田正太郎著「カメラマンのための写真レンズの科学」3章を見ますと、この特許を73mmに変更したものが決定稿だった前提で説明されており、収録されている収差図も本稿で確認した通りですが、1つ違うところは歪曲の説明です。このレンズは焦点距離が73mmですから半画角は16.8度です。普通はそこまでしか見ないと思うのですが、吉田教授はこう説明しています。おもに人像写真に使われたヘクトールF1.9では、半画角17° あたりで糸巻型歪曲がピークに達しますが、画面周辺ではまた歪曲が少なくなるように設計してあります。17度は画面の端だと思うのですが、イメージサークルがもっと大きいということで、さらに追跡したようです。そこでこれも確認しましたが、17度以上では潰れてしまいます。もはやこれで限界で、上の横収差図を見ますと16.8度で片方の線が切れていますが、ここからさらに広げていくと計測不能になっていくのです。しかしそこを強引にギリギリを攻めていくと確かに歪曲の曲線はゼロに戻る傾向があります。こういう設計は名レンズが多いので、それで指摘したものと思います。そのままどんどん離れていくのは魅力がないレンズが多いですね。カーブしているのが良いものが多いですね。それでずっと先まで辿って見ていくのだと思います。


 実際に販売に至ったこの2つの設計の後、DE585456を出願していますのでこれも確認します。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE585456 ガラスデータ
ベレク Berek ヘクトール Hektor DE585456 焦点距離確認
 これも100mmですが、口径はf2と指定されています。ガラスの選定は、外クラウン内フリントです。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE585456 光学図
 光線を見てみますと先程の73mm決定稿よりも優秀な感じがします。第3群が反転しています。

ベレク Berek ヘクトール Hektor DE585456 縦収差図
 新しい設計ということでこちらの方が優秀だと思います。しかしこれを完成させる前にすでに製造に着手してしまっていたのかもしれません。特許を取ったということは改良版として販売する意図があった可能性もあります。非点収差と色収差を改善しており、考えようによっては改悪ですが、かなりまともな方向であるのは確かです。球面収差のこの独特のカーブは修正していませんのでこれには拘っていた可能性が高いと思います。それでも販売本数を見ると、ヘクトール73mmは市場から評価されなかったようですので、改良版は製造中止になったと考えることもできます。現代でもヘクトール73mmを貴重なものと見なす人は少数なので、取り巻く状況は今も昔も同じなのかもしれません。

 光学機器は高価なので、汎用のレンズを選んでそれだけで何でも撮影するというのがどうしても一般的になりますから、肖像用の用途に限定されたレンズはとても贅沢です。ライカでもへクトール73mmやタンバール90mmはあまり売れなかったので、これ以降、肖像用に特化したようなレンズは作られなくなっていったように思います。癖玉は使い手を選ぶし、使えないレンズと思ったら有名な写真家がどんどん傑作を撮るということもありますけれど、そういうことが特殊なレンズという評価になってしまい、ネガティブな印象を持たれがちです。特殊というとマウントエルマー105mmもそうかもしれません。癖玉ではないですが用途は限定されていますし、これだったら90mmで問題ないと大概の人が考えますのでなかなか受け入れられません。そういう経緯があったからなのか、次に設計された中望遠はズマレックス85mmになりエルマーとの比較で口径を二段編成にして汎用だけのラインナップにする、その上で大口径は肖像用も兼ねるという方向になってしまったのかもしれません。そこで幻の第三のへクトールですが、これを販売することが市場から許されていたら、それでも二段編成の流れにはなっていたと思いますが、過渡期の作品として意義深いものがあったように思います。大口径という程ではないので取り回しも良いし大口径で得られるボケ味もありますから、この方が受け入れられやすかったような気がしないでもありません。

 そこでこの第三のへクトールを製造してみようと思います。

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