無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

球体で広角を捉える トポゴン「古柳」R4

2014.03.27

古典的超広角レンズ・トポゴン

 レンズを作るのに広い画角を得るのはとてもたいへんですから綿密な計算は必要不可欠ですが、最初にこのように計算されて作られたレンズに有名なペッツバール Petzvalがあります。ペッツバールというと肖像用レンズですが、この時にこの肖像用とは別にもう一つ風景用の広角も設計していました。これは現代の基準では広角ではありません。フルサイズに換算すると55mmぐらいになります。それぐらい広い画角を得るのは大変でした。

 ペッツバール以降、多くの設計師によって様々な努力が払われましたが、その中で最も画期的なものだった1つは、ゲルツ Goerz(ベルリン)のロバート・リヒター Robert Richterによって開発されたハイパーゴン Hypergonでした。

ハイパーゴンの光学図
ハイパーゴンの光学図

 1900年に申請された特許 (米特許 US706650)にこのような図が描かれており、レンズの固定方法を示しているようにみえます。そうでなければ、光学図だけでは本当に固定できるのか、疑わしかったと思います。現代ではおそらくこのようなレンズを製造してくれるところはないと思います。そもそも盛大にコストをかけてこのようなものを作らなくても、もっと良いレンズは他にありますので、製造する意義も失われていると思います。このレンズは実に140°もの画角を持っていますが、それを実現するために球体に近くなっています。そして周辺光量を大きく失います。

ハイパーゴンの構造
ハイパーゴンの構造

 そのため中央に歯車が被せられるようになっており、これを被せて脇からチューブを差し込み(写真左端)、空気を送り込んで歯車を回転させ、適度に中央の露出を落として周辺光量の減少を相対的に補っていました。歯車の使用は露出時間の5/6で、これを外してさらに1/6露光しシャッターを閉めていました。とても面倒ですが、これだけコンパクトだと悪くなかったと思います。大きな画角を得る場合は現代でもかなり大きなレンズになりますので、結局どちらが良いのか難しいところです。

 ハイパーゴンはこれだけの画角を持っていながら歪みがなく、所謂魚眼レンズではなかった点が特徴でした。これ以降、100°を超える画角のものはたいてい魚眼レンズだったので、ハイパーゴンがいかに特殊なものだったのか容易に見て取れます。魚眼レンズで最も初期のものはケンブリッジのロビン・ヒル Robin Hillが1924年に設計したもので (英特許 GB225398)、続いて総合家電メーカーのAEG(アーエーゲー)が1935年に発表したもの (独特許 DE620538)などがあります。これらは主に天体で全天を撮影するために使われたものだったので、大きな歪曲があっても問題ありませんでした。AEGはベルリンの会社ですが、ベルリンには天体好きが多かったようで、当地の天体サークルからアストロ・ベルリン Astro Berlinが創業(1922年)されたことと関連して見ると興味深いものがあります。また、魚眼レンズとは違う考えで製造されたハイパーゴンもベルリンで作られましたので、ベルリン人には広角好きが多かったのかもしれません。

 ハイパーゴンの開発者リヒターは1926年に所属していたゲルツの合併消滅に直面し、それ以降ツァイス・イコン Zeiss Ikonの社員になりました。伝えられている話ではゲルツの設計師でツァイスに移籍できたのはリヒターだけだったと言われています。彼はツァイスに移籍してからもハイパーゴンの改良の余地を探っていたようで、ついに1933年にトポゴン Topogon (米特許 US2031792)の開発に至ります。これまで2枚だったメニスカスをさらに2枚増やして二重に強化しましたが、画角は犠牲になり100°ぐらいしかありませんでした。それでも新しいレンズは歯車が不要でした。口径もはるかに明るくなりました。

 リヒターはこの後、写真部長を経てさらに昇進し、在職中に亡くなりました。トポゴンは製造の難しいレンズですが、それでも歪曲が少なくコンパクトなレンズなので、他社でも製造されました。1つは日本のニコン Nikonで製造されたもので、ニッコール Nikkor 25mm f4、もう一つはロシアのオリオン Orion-15 28mm f6というレンズでした。ニッコールのデータは入手できませんでしたが、ツァイスは特許がありますし、ロシアのものはネット上でデータを公開していましたので、以下にこの2つを確認していきます。

トポゴンの光学図
 まずこれがツァイスの特許 (米特許 US2031792)の光学図です。特許ですから焦点距離は100mmに合わせられており、口径はf6.3、画角は100°です。向かい合う中央の2枚が非常に薄く製造しにくいレンズだということが目視ですぐにわかります。

トポゴンのデータ
 これが設計データです。中央のガラスには屈折率の高いものを使っていますが、それでも曲率がすごく大きくなっていることがわかります。そして、厚みも0.7571mmしかありません。もしこれを焦点距離25mmに変えると0.1893mmとなって全く製造不可能ということがわかります。

トポゴンの縦収差図
 収差は多いように感じられますが、時代や画角の大きさ、コンパクトさを考えると十分優秀だと思えます。

トポゴンの収差データ
  収差図ではだいたいしかわからないので数値でも見てみます。球面収差はプラス1ぐらいです。これは意図的に加えたのか、消せなかったのかはわかりません。歪曲もプラス2.5と結構あります。

オリオン15の光学図
 次にこちらはオリオン15の光学図です。28mm f6ということでスペックを欲張っていない分、穏やかです。

オリオン15のデータ
 中央のメニスカスの厚みは、0.5mmと0.6mmです。これもかなり製造は難しいですが、今でも作られているようです。コンタクトレンズ程ではないですが、相当な薄さです。これは日本でも今はもう作れなくなっているので、ロシアではプラスチックを使って作っているかもしれません。

オリオン15の縦収差図
 収差はほとんどありません。実際、このレンズは非常に硬い写りなので収差図を見て納得です。

オリオン15の収差データ
 ほぼ無収差のデータを見るのは意義を感じませんが、とりあえず一通り眺めておきます。

 ということで、トポゴン復刻の意味としては、ツァイスとニコンが品薄、加えてオリオンの味気ない収差配置(否、ほとんど配置されていない)を避けて、ツァイスの収差を復活させるといったことが想定されますが、相当作りやすく改造されているオリオン15、これよりもさらに穏やかにしてできる限り頑張っても製造はかなり困難です。そこでトポゴン復刻は一旦諦めるということにしたいと思います。

 もしトポゴンを大胆に改造して問題のメニスカスをより分厚く、曲率も改善したらどうでしょうか。そうすると画角は失うでしょうし、これはもはやトポゴンとは言わずガウスになってしまうと思います。ガウスは元々4枚構成でしたのでトポゴンを改善し過ぎるとまさにガウスになるのです。ガウスの広角はトポゴンという見方もできます。トポゴンの外側のメニスカスを貼り合せにして強化すると、オルソメター Orthometar型になります。オルソメターであれば画角はかなり維持できますが、やはりトポゴンではありません。トポゴンとしての特徴を維持しながらの製造は難しいようです。

 ついでなので1937年頃に申請されたトポゴン系の設計で英ダルメイヤー Dallmeyer カメラ・オプスキュラ Camera Obscura用のレンズ (英特許 GB487453)も見てみたいと思います。特許を取得しているのはスーパー・シックス Super Sixで有名なバートラム・ラングトン Bertram Langtonです。

トポゴンの光学図
トポゴンの縦収差図
 こういったレンズは性能が第一ですから、スーパー・シックスのようなレンズを作る人でも、こういうものを手がけると描写がカチカチのレンズになるようです。それでもこの中ではこれが一番味があると思います。

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