無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

的確に広域を見渡す オルソメター「院落」P4

2015.11.15

歪みなく広い画角が取れるオルソメター

 今でもそうですが、昔から広い画角を得るというのは困難で、よく知られているのはライツ Leitzが広角レンズの設計に苦労していたということです。また、アンジェニュー Angenieuxがレトロフォーカス Retrofocus型を採用して一眼レフ用レンズの広角に一定の結論を与えたこともよく知られています。戦前には、ハイパーゴン Hypergon、トポゴン Topogonがあり、このあたりのレンズ構成を見ると広角レンズの設計と製造がいかに難しかったかわかります。ハイパーゴンはいろいろ問題があったので、これに代わるものとしてトポゴンが出るまで採用されていたのが、「オイリプラン Euryplan」というレンズで、ダゴールに空気間隔を入れたものでした。1903年にポツダムのシュルツ&ビラーベック Schultz und Billerbeck社のエルンスト・アーバイト Ernst Arbeitによって発明され、特許 (独特許 DE135742)も取得されていますので確認してみます。

オイリプランの光学図
オイリプランの縦収差図
 画角は60度(38mm)あります。光線を見るとこれだけでかなり優秀なレンズということがわかります。口径はf7.5です。一応統一するために焦点距離は50mmにしてあります。軍事・航空用に使われる類いのレンズだったということですので味がないレンズであることが収差配置を見てわかります。

  このレンズが作られて10年ぐらい後に第一次世界大戦があり、その頃すでにツァイスを退職していたパウル・ルドルフ Paul Rudolphが戦後にツァイスに復職します。在籍期間はだいたい3年ぐらいと思われ、その後フーゴ・メイヤーに移籍します。理由は様々言われていますが、キノ・プラズマットが生産可能な会社を見いだすためだったなどとも言われています。ツァイスという会社はレンズの設計に対して収差を残すという考えは基本的に一切ないことで知られています(特に昔は)。厳密にはそうではありませんが、収差は打ち消すために足したり引いたりすることがあるので、結局は無収差になるということです。こういった考えで収差を扱う会社がキノ・プラズマットを生産できたとは考えにくいものがあります。キノ・プラズマットは収差の打ち消しではなく、別のものを打ち消すために収差を使っているので、こういう考えが容認されたかどうか微妙なところです。またツァイス内にこういったレンズを作るようになった人の居場所は(特に昔は)ないと思います。このことを念頭に置きながら、キノ・プラズマットの直前にはどういうレンズを作っていたのか、以下に確認します。

ザッツ・プラズマット1の光学図
ザッツ・プラズマット1の縦収差図
 オイリプランと同じ構成です。これも画角は60度です。ルドルフの特許 (仏特許 FR506486)には2種のデータが載っていますので両方確認しますが、これは1つ目です。レンズの外径は12mmです。口径は改良されており、f4.5になっています。

 ルドルフのこの設計はツァイス時代のものですが、このレンズがツァイスで製造されたものかどうかはわかりません。新しい勤務先のメイヤーではすでにオイリプランが販売されていて、その設計はシュルツ&ビラーベック社からの提供だったかもしれません。オイリプランは販売不振に苦しんでいたと言われ、そのためルドルフが「ザッツ・プラズマット Satz Plasmat」銘に変更して成功させたと言われています。おそらく変えたのは名前だけではなく、ネット上の作例など参考にすれば設計も変えていると思われます。それはFR506486で公開されているものだと考えられます。

 今度はザッツ・プラズマットの2つ目です。

ザッツ・プラズマット2の光学図
ザッツ・プラズマット2の縦収差図
 ガラスの硝材が入れ替えられており、焦点距離が長くなっているのでレンズの外径が倍ぐらいになっています。f値は4.5のまま、同じ条件です。

 このレンズ構成は英国ロス Ross社でもエクスプレス Xpres銘で製造されました。ロスを代表するジョン・ウィリアム・ハッセルカス John William Hasselkusによる設計 (米特許 US1777262)です。エクスプレスも色んな構成がありますが、このタイプは広角エクスプレスと呼ばれています。第二次大戦の偵察用として使用されたことで有名です。ルドルフの設計では歪曲が足されていましたが、この英国物では無収差に戻されています。それは用途を考えてのことだったと思われます。

広角Xpresの光学図
広角Xpresの縦収差図
 画角は70度に広げられているだけでなく、口径もf4まで上がってきています。当時では相当凄いものだった筈です。歪曲はほとんどゼロです。

 ルドルフがf6.3のテッサー Tessarを開発した時に、それをf4.5、f3.5と改良を重ねていったのは、ツァイスのエルンスト・ワンデルスレブ Ernst Wanderslebとウィリー・メルテ Willy Merteの二人でした。メルテがこの設計の改良に着手し、画角を65度まで高めましたが口径はf4.5のままで英国に後塵を拝しています (米特許 US1792917)。メルテの方が10ヶ月早く特許を申請していますが、どういうわけかハッセルカスの方が早く審査が下りています。メルテのこの設計は「オルソメター Orthometar」として販売され、以降この設計はこの名称が使われています。現在でも大判の広角では主要な構成です。

オルソメターの光学図
オルソメターの縦収差図
 オルソメターはツァイスの歴代のレンズの中でも特に傑作と言われています。カーブがどの設計もほとんど同じですので、これはオルソメター型の特徴だと考えて良いと思います。

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