無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

天下の宝玉 キノ・プラズマット
「院落」P3 50mm f1.9

2013.08.10

キノ・プラズマットは映像に品格をもたらす

 ドイツにツァイス Zeissという大光学会社があります。同社が長年に亘って成功を収めた要因は幾つもありますが、その重要な理由の一つは優秀な人材を抱えていたということでした。エルンスト・アッベ Ernst Abbe(今日「アッベ」はガラスの色分散を評価する単位)を後継したパウル・ルドルフ Paul Rudolphは現代に至るまで影響を及ぼした多くの研究を行い、世界の光学の質を向上させました。

 彼はテッサー Tessar (独特許 DE142294)という名玉を開発し、それはその優秀性から「鷹の目」の異名を持っていました。このレンズはf6.3でしたが、ツァイス社内でさらに明るく改良すべきという意見がありルドルフは反対していましたが、この案は実行されf4.5,f3.5と向上していきました。ルドルフはどうして反対したのでしょうか。おそらく口径を増すと、テッサー持ち前の優秀性が失われると思ったからだと思われます。事実、鋭い描写を持つ高性能というイメージは失われていきましたが、そのことによって味わい深いレンズが多数作られるようになり、土台となる基本設計が優秀ということもあって傑作の宝庫となりました。しかしこれは結果論ですし、そのこととテッサーがどうあるべきかということとはまた違うので、その観点から見るとルドルフだけがテッサーに対するコンセプトを理解して擁護しようとしていたことは注目に値します。もちろんテッサーを明るくすることができるのはわかっていたでしょうし商業的理由でも必要性があったと思われますので、これは企業としては確かに考えなくてはならないことだったかもしれませんが、ルドルフはそれよりももっと重要な概念とか理念のようなものを大切にしていたような気がします。それでもテッサーは明るくすべきでしたが。

 ルドルフは、20世紀の初頭にはすでにある程度の年齢だったこともあるし、財産もあるので退職し引退生活を送っていましたが、第一次世界大戦(1914~18年)によるハイパー・インフレの影響で、彼の財産は紙くず同然となり、再び働かなければならなくなりました。まもなくツァイスに復職し、キノ・プラズマット Kino Plasmatというレンズを開発しました。これがツァイスから発売されることがなかった理由は諸説ありますが、ともかくルドルフはツァイスを出、ドレスデンのフーゴ・メイヤー Hügo Meyerという光学会社と契約し、そこから販売されました。

 このレンズはたいへんなボケ玉として知られていて、かつてテッサーのような優秀なレンズを作っていた人が設計したものとは信じ難いですが、彼がそれぞれの光学設計に対してコンセプトを重視するということを考えれば、キノ・プラズマットに対して明確な考えがあって、それは他の設計とは切り離して考えられていたとしても不思議はありません。そもそもこれはドイツ語で「キノ」映画用ですから映画に使えばボケ玉ではありません。それをスチールに使うから盛大な収差が現われるのですが、当時の広告を見ると「ライカにも使える」とあります。事実、ライカマウントでも販売されていました。

 そもそも「ボケ玉」という定義は曖昧だし明確にしなければならない理由もありませんが、このレンズを使う場合は欠点が出ないように使う工夫が求められますから、使い手によってはボケ玉ではありません。収差は得られる表現のために必要なものなので加えられていますから、単に絞って使えば良いというものでもないので難しいところです。そういう風に見ると、何とも扱いにくい玉だなと思いますし確かにそうなのですが、それにも関わらず同玉が多くの人に愛されているのは「品格」だろうと思います。まったりした品があります。だから扱いにくくても許されるし、使われるのだと思います。それゆえ、キノ・プラズマットの表現を参考にして開発されたレンズは多いでしょうけれど、なぜかこれそのものを採用したレンズは非常に少ないようです。遠慮があるのでしょうか (発見されているのはダルメイヤー Dallmeyerが作っていたもののみです)。テッサーは幾らでも作られているのにキノ・プラズマットが作られないのは不思議な気がします。

 そこでこれを復刻するのですが、すでにデータがあります (独特許 DE401630)。f値は2と指定されていますが、いささか余裕があるので不自然です。f1.9で様子を見るとぴったりです。そこで設計を全く変えずにf値は1.9とします。キノ・プラズマットは当初f2で販売されていましたが、やがてf1.9が少し出た後、f1.5へと移行しました。ということはf2は実際にはf1.9だったのではないかと思えます。これをf2で撮れば僅かな絞りの違いにも関わらず球面収差がかなり少なくなってしまい、f2と制限して製造した上で絞り開放で撮れば、一般にキノ・プラズマットとして多く公開されている作例のようには写りません。それで初めから実際にはf1.9で製造されていたのだろうと思います。この変更はコーティング技術の進歩と関係があるかもしれません。コーティングを入れなければf1.9のところが少し暗くなってf2ぐらいに落ち着いていたのかもしれません。

キノ・プラズマットの光学図
キノ・プラズマットの縦収差図
キノ・プラズマットの収差値
  球面収差は+1.0ぐらいです。湾曲もかなりあります。歪曲は+1.6%です。確かに収差は多いと感じられます。

キノ・プラズマットの横収差図
キノ・プラズマットのスポットダイアグラム
 横収差図とスポットダイアグラムも見ておきます。ダイアグラムを見ると画像中央はある程度鮮明ですが、周辺に行くに従って乱れが出ることが分かります。

 コンピューターによるスケールダウンですが、キノ・プラズマットに関しては実際に販売されていたものが人力でそのように計算されていたようです。そのようにしてスケールダウンしますと、特許記載データは画角が40度ですから焦点距離60mmが限界です。そこで60mmで完成するという結論が考えられます。そこを50mmに対応すると画角を広げるので収差が増します。ライカの50mmは対焦距離が無限から1mまでレンズ群を3mm前進させると決まっています。それで50mmちょうどではなく実際には少し長くなります。このような収差の多いレンズはどうなるかわかりませんので、実際に確認すると焦点距離53.8mm、画角は43度ぐらいでした。実際に販売されていたキノ・プラズマット50mmも少し収差が多いようなので、こういうものが販売されていたと考えられます。40度と43度であれば、写真の角の方1.5度ぐらいが増える程度なのでほとんど影響はない筈ですが、じっくり比較するとわかるかわからないかぐらいの差はあるようです。

キノ・プラズマットを
模倣する上で重要な点



 映画用のレンズは今も昔も製造が少数です。キノ・プラズマットも製造数が少なく、そのためデータも少ないのですが、わかる範囲でリストしておきます。

Lunar Camera f2.0 20-120mm
映画用 f2.0 0.875-5.0"
ライカ f1.9 3"(75mm)
ライカ f1.5 40 50 75mm
f1.5 0.375 0.75 0.875 1.0 1.375 1.625 2.0 3.0 3.5"
8mm映画用 f1.5 12.5 15 20 25 35 42 50mm
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