無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

彫刻のような造形を優しげな滲みで覆う
デルフト・ガウス「香箋」G6 50mm f1.3

2015.11.18

バロック風の描写が得られるデルフト

 市場ですごく見つかりにくいデルフトのレンズですが、標準画角帯で見つかるといずれもテッサーなのでどうしてもデルフトというとテッサーという感じがします。ガウスもありますが、これはすべてレントゲン用でバックフォーカスが1mm以下であったりします。ところがデルフトの設計師 ヨハネス・ベッカー Johannes Beckerが公開している特許はいずれもガウスに限られ、それにはもちろんレントゲン用のものもありますが、明らかにフォトグラフィー用のものも含まれています。標準と広角があります。これらが量産されなかったのは残念ですが、デルフトの考えではガウスは大口径であるべき、そうでなければテッサーで良しという規準があったように思えます。そうすると大口径ガウスは高価になりますから、供給するチャンスを得られなかったのかもしれません。デルフトの驚異的な技術力を以てすればテッサーなど楽勝で、これだと気安くあちこちに提供できたと考えれば、市場にあるデルフトがテッサーに限られている事実は理解できます。とりあえずまずはガウス標準レンズのデータを確認することに致します (米特許 US2985071)。

デルフト・ガウスの光学図
デルフト・ガウスの縦収差図
 デルフトの一般的収差配置は左巻き、左巻き、右巻きというもので、医療用を作らせてもここは長らく変えませんでした(収差が少ないのでわかりにくいですが)。だからレントゲン用レンズでもデルフトの個性は感じられる程です。球面収差を多めに、といってもズマリットの半分ぐらいですが、これは開放での撮影に配慮したものと思います。明るさも申し分ないし、これだけのレンズが製造されなかったのは残念です。これは現代でも問題なく作れると思います。かなりの傑作だと思います。




 画角を少し犠牲にして明るくしたデータが2種類ありますので両方確認します (米特許 US3357776)。

デルフト・ガウス 60mm f1.1 光学図
デルフト・ガウス 60mm f1.1 縦収差図
 1つ目はf1.1のデータです。画角が40度ですので焦点距離は60mmと致しました。

デルフト・ガウス 60mm f0.95 光学図
デルフト・ガウス 60mm f0.95 縦収差図
 2つ目はf0.95です。同じく60mmです。しかしこれは理論上f0.95で製造が可能だとは思われません。絞りを入れなければ作れるのかもしれません。そうしますとプロジェクター用なのでしょうか。特許には用途は書かれていません。しかしキャノンの伊藤宏さんの特許を参照したとあります (米特許 US2836102)。キャノンの特許の方にはリーやウォーミシャム、アンジェニューの大口径ガウスを参照したことが書かれています。もちろんプロジェクターに使っても問題はないでしょうけれども、主に撮影用途での想定だったように見えます。とりあえず、f1.0に下げてみます。

デルフト・ガウス f0.95→F1.0 光学図
デルフト・ガウス f0.95→f1.0 縦収差図
 これだと製造できそうですが、開放の収差配置が変わってきますのでこれではいけないでしょう。f1.3と若干暗くなっても50mmの方が良いでしょう。デルフトの結論では50mmはf1.3が限界のようです。



 ドイツの医療関係のレンズは確証はありませんが、戦前はアストロ・ベルリン、戦中以降はオランダのデルフトに引き継がれたように見えます。この系統以外にツァイスもあった筈です。アストロ・ベルリンと同様、デルフトも特許を公開しており、デルフトには医療用レンズのデータもあります。デルフトの設計はいずれもヨハネス・ベッカー Johannes Beckerによって公開されています (米特許 US2978957)。

医療用デルフト・ゾナーの光学図
医療用デルフト・ゾナーの縦収差図
 2種類のデータがあるのですが、1つ見るだけで十分でしょう。f値は0.7と凄いものですが、画角は15度しかなく、これは焦点距離50mmにしていますが、バックフォーカスは2.2mmしかありません。X線などの用途です。そこまでやっておいて色収差は残しています。残していると言うほど多くもないですが、決して少なくはないと思います。この種のレンズは淡いパステル調で写りますが、それはこの色収差によるものと思われます。レントゲン用は色収差で画を和らげる必要があるのかよくわかりませんが、アストロ・ベルリンから引き継いだと思われる伝統を堅持しているのは興味深いと思います。

 バックフォーカスによって用途が決まってくるので、それに応じて収差配置も違うことがわかります。似たような大口径ではありますが、医療用と写真用ではだいぶん考え方が違うということです。そこでこのデルフトの設計とアストロ・ベルリンのものを比較しますと(ゲルマンの巨砲 タホン「醉墨」E1 50mm f1.25参照)、大きな違いはやはり球面収差と色収差だと思います。お互いよく似た巨砲ですが、描写はたいぶん違ってくるのは間違いありません。デルフトと同時代のドイツメーカーは歪曲を逆に振っていることが多いので、そのあたりでドイツとオランダの個性の違いが出ているのかもしれませんが、それでも50,60年代欧州のスタンダードを踏襲したものであるとは言えると思います。アストロ・ベルリンは戦前の文化を反映したもので、20年代ベルリンの雰囲気を表すものだと思います。

 参考にデルフト後代の大口径も見ておきます。1974年に特許申請(米特許 US3802765)されたもので何に使うものなのかわからないので、この設計の参考にされた特許のリストを見てみます。特許に収差図が載っているので最初の1つだけ確認し、残りの2つは確認しません。

ビエユク・ガウスの光学図
ビエユク・ガウスの縦収差図
 f1.0(54度)、焦点距離は45mmです。他にはf0.87(45度)、f0.75(40度)があって収差配置まで図解してあります。しかし実際にグラフを出してみますと少し違います。そこで画角を60度に拡大してみます。

ビエユク・ガウスの縦収差図を60度に拡大
 つまりカーブがすべて右巻きということなのですが、単に大口径ということではなく、この収差配置を強調したかったようです。新しい感覚で設計されているということなのだと思います。アルバート・ブバース Albert Bouwersからベッカーと引き継がれてきたデルフトの伝統ですが、彼らがアストロ・ベルリンの収差配置を見直したのと同様、彼らの後継者もまた新しい領域に分け入ったということなのだと思います。3種のデータいずれも球面収差がマイナス方向であることは変わらず、非点収差は伝統的な映画用配置になっています。しかしその量は微小に留まっています。これが近代の高性能レンズの結論の一つだったのだろうと思います。

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