無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

英国調の滲みが美しい スーパー・シックス
「香箋」G5 35mm f1.9

2013.10.20

ガウス型をより洗練して行き着いたスーパー・シックス

 レンズの設計というのは、天才の出現によるところが大きく、19世紀中葉、ほとんど光学技術が進歩しなかったのは人材の輩出がなかったためだろうと思います。歴史上の偉大な前進はすべて天才の出現と関係があり、ごく少数の人々によって新境地が開拓されてきました。計算方法など誰でも学べるし、紙に書いて計算すれば誰でも手がけられるので、もっと裾野が広くても不思議はないのですが、製造するとなるとたいへんなコストがかかりますので誰でもやるわけにはいきません。天才の出現は伝説に彩られていますが、ある会社は創業者が設計師でそのまま大きくなって個性を確立したという単純な例も多数あります。

 英国の場合は、19世紀よりロス Rossという長老格の会社があり、そこで学んだ設計師が独立して別の光学会社が設立されるという流れが一般的でした。英国の光学会社はチャンス・ブラザーズ社のガラスを使うなど共通点があり、個性の点を注視すると、それほどバリエーション豊かということはありません。全盛期が19世紀末でまだ光学黎明期だったということも関係があるかもしれません (チャンスのガラスを使った飲み物用のグラスは人気があるとNHK「美の壺」でやっていました)。ロスの社員だったジョン・ヘンリー・ダルメイヤー John Henry Dallmeyerはロス一族と婚姻によって親戚関係にあったので、ロス死去後、その息子と会社の経営を引き継ぎましたが、まもなく関係が悪化し袂を分かちました。これがダルメイヤー社の設立の経緯で、その後、英国の光学界が衰退するまで新設計を発表するなど中心的な役割を果たしていました。

 その中でダルメイヤーのバートラム・ラントン Bertram Langtonが発表したオーソドックスなガウス型レンズで比較的明るいスーパー・シックス Super-Six (英特許 GB746201) は独特の品格を漂わせることで人気があります。一歩引いた落ち着きのある上品な作画を出してきます。ダルメイヤー社はこのレンズに自信があったようで、それはこのレンズの命名からもわかります。Super-Six、即ち「究極の六枚」。このレンズを以てガウス型の究極の姿を明らかにしようという意図が看て取れます。この自信の根拠は何なのでしょうか。ダルメイヤーが考えるガウス型を推測して描写をみるに、ダゴールの貼り合わせ3枚を1つ剥がしたものではないかと思います。ガウスではなくダゴールの最終形ということです。そこでガラスをみますと、ダゴールの場合は同じクラウンガラス(K)でフリントガラス(F)を挟んでいます。K+F+Kです。繰り返しますがKは同じガラスです。この向い合せで間に絞りを入れて計6枚です。K+F+K 絞り K+F+Kです。同じKを4枚使っています。F2枚も同じです。スーパー・シックスも同じK4枚、F2枚で、K K+F 絞り F+K Kです。1つ剥がして並びが少し変わっただけです。いろんなガラスが自由に使えた方が設計の幅が広がるのでガラスの種類は増やされてきました。しかし同じガラスを使う古典手法を頑なに維持しています。なぜダゴールがそんなに権威があったのでしょうか。生産していたゲルツすらもその魅力から離れられなかったドイツの宝玉であったし、その描写はフランスやオランダにまで影響を与えています。これこそが究極との感慨を抱くのは文化や国境を超えていました。そういう伝統があったので躊躇いなく「究極の六枚」と遠慮なく言えたのでしょう。またレンズ構成の観点からガウスは究極とも言えますので、f1.9も含めてあらゆる要素で最終形だとの確たるものがあったのだと思います。

 素晴らしい究極のレンズとされる本作ですが、数も究極に少ないことについては極めて遺憾と言わざるを得ません。当初はウィットネス Witness (「証人」「目撃者」という意味ですからジャーナリスト用?) のカメラへハイグレードのレンズとして供給されましたが、真実を写し取る証言者たらんとする写真家から評価されないという悲しい運命を辿り、カメラ自体の製造数が低迷して、理想のみで不発となりました。そこでスーパー・シックスはライカマウントへも供給されて活路を求めましたが、こちらは製造がもっと少ないという惨状で、何が究極かよくわからない大衆によって葬られました。静かに見守っておればよいでしょうか。静かに復活させたいものです。その静けさの漂う描写と共に・・。

 製造個数は少なくとも1920年代から最後は80年代に特注で1本作るまで、かなり長期に製造していました。改良もされていたようで、それはラレアク Rareacという改良型もあったことが示しています。しかしダルメイヤーによるガウス型の特許は上述の1つしかありません。50年代の広角35mmです。

スーパー・シックス35mmの光学図
スーパー・シックス35mmの縦収差図
 画角は63°との指定ですからスケールダウンで焦点距離は35mm、本来は64°ぐらい必要で少し足らないのですが収差が多いので画角が僅かに広がって間に合います。それで63°なのだと思います。マイナス収差の設計はあまり多くない気がしますので、珍しい部類になると思います。僅かなアンダーのソフトフォーカスですから、開放で靄がかかったようになるのはこのためでしょう。

 しかし35mmはガラスの厚みが少々薄すぎます。ですからこれは中判用でしょう。スーパー・シックスは6x9があるようなのでそれに合わせますと焦点距離は82mmでした。それでも薄いところで1.67mmです。ここを製造可能なギリギリ1mmを探すと50mmに落ち着きます。そうしますとイメージサークルが63mmとなり、ライカ判の43mmより20mmも大きいということになります。半径で1cmカットされるということです。面積で半分は失うでしょう。こうでないとそのままでは製造はできません。中判6x9の102mmを使ってライカ判で撮影したトビー・マーシャル先生によるご説明と作例を見ますと、この例では面積にして1/5と、ほぼ真ん中だけで撮影しており、先生のおっしゃるように十分だと感じられますが、円形に回るような荒れた収差は出ません。そこで本物を参照すると、広角はグルグル出たりしますが、中望遠ぐらいになるとあまり出ません。設計も焦点距離に応じて変えているのでしょうけれども、基本的にはスケールアップダウンでいくのでしょう。映画用は複数の焦点距離で揃えないといけないですが、広角の収差をそのまま狭い画角に収めるわけには行かず、そうするとかなり違和感がある筈です。スケールを変える方が自然です。本物も50mmでそれぐらいでカットしている感があります。VadeMecumの記述ではいずれのレンズも画角が約50~60度と書かれています。50mmは45度ぐらいなのでこの記述が正しいのであれば本物も外周を切っていることになります。50mmで35mmの収差が出るとうるさいのではないかと思います。50mmは画角がカットされる一方、ガラスの大きさと収差は1.4倍ほどに拡大されます。ですから50mmの方が味が強い傾向になります。

 もう一つの方法は、足りない厚みを足してずれた分を曲率の微調整で戻し、収差配置は一切変えないというものです。僅かなことなのでこれも可能です。そうしますと、全画角63°でスーパー・シックスを体験できます。35mmだとレンズの前玉まで2cmぐらいしか出ません。いわゆる「パンケーキ」タイプになります。35mm以上であればこの設計のままで製造可能ということになります。

スーパー・シックスの基本図
 スーパー・シックスは基本的にこのようなレンズ構成だとVadeMecumに書いてあります。焦点距離の長い玉はこういう構成のようです。前の貼り合わせがマイナスになっているところが違います。しかし広角では難しいでしょうね。この基本構成で広角というのはf1.9を容易に取れそうにありません。広角はガラスが薄くなってくるからです。ですからVadeMecumにも、普通のガウスはあったかもしれないと注記があります。そういうことであれば、この設計を望遠では使いたくありません。広角で設計されているものは広角で見たいところです。そこでまずは35mmで製造できればと考えています。50mmもあると思いますが、50mmの設計は多いので折角ですから35mm一杯でいきたいところです。気に入れば50mmも追加生産できると思います。



 ダルメイヤー Dallmeyerの設計師 バートラム・ラントン Bertram Langtonという人は人種も含めて全く背景がわかりませんが、スーパー・シックス Super-Six以外には、以下参考のために確認いたしますセプタック Septac (英特許 GB553844)というボケ玉2砲、さらにカメラ・オプスキュラ Camera Obscura用のトポゴン型レンズ (英特許 GB487453) といった奇玉を放ったことだけは知られています。英国は技術偏重で、しかも島国、とにかく和するのが重要で飛び抜けるのはご法度、閉鎖的であるのは間違いないものの、ある面では意外とそうでもない、といった屈折した精神性を持ち合わせていますので、そういった中でラントンのような人がダルメイヤーで職を得て、それなりに製品を産み出せたのは幸福であったと言えるかもしれません。英国でこういう玉を作らせて貰えたというのがかなりの驚きです。長期に生産しているので一部に根強い支持もあった筈です。

 スーパー・シックスは球面収差がマイナスでしたが、セプタックはプラスなのでユーザーに2つの違った選択肢を用意しようということだったのだと思います。スーパー・シックスは汎用的なもので、f2.0に近い落ち着いた玉ですが、セプタックはf1.5でプラスなので肖像用に使っていける傾向の玉です。ズマリットと同じようなものだろうと思います。プラスはそれほど珍しくはありません。この辺りもスーパー・シックスが珍重される理由ではないかと思います。

セプタック f1.5の光学図
セプタック f1.5の縦収差図
  開放f1.5です。背景にかなり特徴が出そうです。

セプタック f2.0の光学図
セプタック f2.0の縦収差図
 f2.0に下げて出図してみました。これぐらいだと割と普通のレンズになってきます。そうするとf2.0~f1.5の間でどんな風に作画するのかということになってくると思います。

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