無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

筆のタッチを写真で表現する ダゴール

2014.04.05

20世紀初頭のアールヌーボーの影響が感じられる

 エミール・フォン・フーフ Emil von Horghによって発明され、後代に多大な影響を与えたダゴール Dagorの初期の設計を確認します(古典的ドイツ光学の源流地を辿る7も参照)。フーフは北欧人です。デンマーク人です。色彩感がパステルです。なぜなのでしょう。自然界からの影響でしょう。19世紀のレンズなので色消しが充分ではなく、初期のものはあまり発色がよくありません。現代ではデジタルなので補正できますから問題にはなりませんし、鮮やかな色彩を取り戻すことも容易です。しかしそれでも優しい色の出し方は変わりません。まるで絵画のように捉えていたように思えます。ダゴールと言えばまずは優秀性、非常に鮮明に写るというもので、後代に至るまでその特質は磨かれてきました。そのため市場では古いものより新しい方が高値取引です。業務用だからでしょう。特に新型のゴールデン・ダゴールは珍重されています。髪の毛まで鮮明に写るのに、どこか穏やかな画はヌード撮影などでも使われています。商業写真を通して一般に親しみのある画です。ただそれがダゴールだとは知らないだけで。しかし現代ダゴールに違和感を抱く人は、19世紀のコーティングがないダゴールに戻ります。フーフが設計したものです。そして20世紀に入って当時の欧州の芸術運動などに揉まれてその描写を完成させてゆきました。

ダゴールでの肖像写真

 ダゴールはコーティングのない時代の設計なので貼り合わせが多くなっていますが、後に貼り合わせを剥がしていくようになり、オルソメター、ダイアーリト、ガウス、プラズマートなど多様で有力な傍流を生み出しました。今では優秀なコーティングがあるのですからダゴールはすでに過去の設計の筈ですが、ゲルツではこれが今でも製造されています(シュナイダー傘下のゲルツ・アメリカによって)。しかし大判用のものが主でもっと小さいフォーマットではないので、なかなか一般的にこのレンズを楽しむというわけにはいきません。大判を使うぐらいのユーザーは相当なマニアかプロで、そういう人たちが求め続けるレンズということですからどれぐらいのものなのか想像できますが、それが手軽に使えないのは残念です。ゲルツにもセロールやドグマーなど貼り合わせを解消したものがありますが、ここでは3枚貼り合わせ対になったもののみ見ることにします。すべて焦点距離50mmに換算、画角は60度です。

 1つ目はフーフが最初にゲルツに持ち込んだと思われる原典版で、特許が申請されていますのでそこから数値を確認できます (独特許 DE74437)。f8です。原典版というメモリアルなものなのでトラオレの本にも所収されています。これは実際にはf7.7で生産されたようです。
ダゴール原典版の光学図
ダゴール原典版の縦収差図

 1895年の広告です。この最初のf7.7はシリアルナンバーでちょうど2万ぐらいのものが見つかっています。f6.8が出てからも継続されていました。もっと古いものもありそうです。ゲルツはダゴールを作るまで小さい会社でしたので数はそれほど作っていなかった筈です。そこから急伸しました。f7.7は小型カメラ用にも焦点距離で3種用意しています。わかりにくいので緑でmm単位を書き込んでいます。ナンバーだけではなく、コードネームも付けていたようです。これが後に変わってきて「ダゴール ・・mm」といったような表記になってゆきました。
ダゴール f7.7 広告

 改良型がトラオレの本のNo.121にあります。f6.8ですのでこれが一般的なダゴールの最初のものかもしれません。或いは次のNo.122が標準となったものかもしれません。
トラオレ121の光学図
トラオレ121の縦収差図

 トラオレNo.122にさらなる改良が載せられていて、これもf6.8です。この計3つがおそらく1892年以降の最初期の設計です。
トラオレ122の光学図
トラオレ122の縦収差値

 これも同じ1895年のカタログに載っていたものです。ですからf7.7が1892年前後に出て1895年までの間でf6.8も出たことになります。新型f6.8に関しては40mmから用意されています。
ダゴール f6.8 広告

 1894年に色消アポクロマート仕様とも言える改良を申請しています (米特許 US528155)。f8.5です。フーフは1904年に退職しました。
色消ダゴールの光学図
色消ダゴールの縦収差図

 1908年の改良で、これはワルター・ショッケ Walter Zschokkeによるものです (英特許 GB13902)。2つあり、まず広角の70度、f6.8です。
ダゴール1908広角の光学図
ダゴール1908広角の縦収差図

 もう一つは55度、f5.6です。この2つの設計は両方共パテントに58mmで記載されています。ですから小型で作るのが前提になっているようです。図は50mmに変えていますが、58mmぐらいでもガラスの直径は1cm程です。vademecumによると、12.5mm f6.8という映画用のものも見つかっているとあります。

ダゴール1908標準の光学図
ダゴール1908標準の縦収差図

 1927年にフランツ・アーバン Franz Urbanによって画角が70度に広げられた改良でf9です (米特許 US1641402)。
ダゴール1927の光学図
ダゴール1927の縦収差図

 設計者が変わっても基本は変わっていませんがしかし、フーフ時代とそれ以降では違うと見た方が良さそうです。ダゴールは非常に高性能なレンズとして設計されていますが、20世紀に入ってからさらに1段上がったような感があります。フーフ時代のものは非常に個体差があったようですが、それ以降ではどれも安定した品質になっています。

 ダゴールが成功したためか、他社も同型で出すようになり早くも翌年1893年にはシュタインハイルがオルソチグマットを設計しています。同年、ツァイスもプロターを設計し非常に鋭利で性能に勝っていたので、その圧力が強かったのではないかと思います。1895年にはフォクトレンダーも参加し、ツァイスは4枚貼り合わせとしました。しかしガンドラックは同時期に5枚でした。ツァイスがガウスを設計した影響か、ゲルツは貼り合わせを僅かに剥がして薄い隙間を空ける設計を1899年に出しています。しかしほぼ同時期にエルンスト・ライツも同じ試みで設計しています。ライカを作るだいぶん前です。最後まで残ったのはダゴールでした。

ダゴールでの晩餐会の撮影

 1893年、シュタインハイル Steinheilのオルソチグマット Orthostigmatがf4.0に達しています (米特許 GB12949)。画角は一応60度で出していますがそんなにありません。55度ぐらいではないでしょうか。これは鮮鋭で硬質に写りそうです。ゲルツとは考え方が違うようです。おそらく当時の天体に使うようなガラスを使用しています。
オルソチグマットの光学図
オルソチグマットの縦収差図

 トラオレのNo.180にありますツァイス Zeissのパウル・ルドルフ Paul Rudolphが設計したプロター Protarで、f6.8です。ガラスの使い方もゲルツを踏襲していますので明るさも同じぐらいですが、収差の取り方が違うことで描写が変わってきたのではないかと思います。
プロターの光学図
プロターの縦収差図

 1899年にライツ Leitzが設計した空気間隔があるガウスのような設計です (米特許 DE118433)。アッベ数の高いガラスばかりを使っている以外、ゲルツとの違いはわからず、このことがどういう効果をもたらすかも未知数です。f7で出しています。
ライツダゴールの光学図
ライツダゴールの縦収差図

 フランスでは、ソン・ベルチオ SOM Berthiotがペリグラフ Perigraphieという広角風景用を製造していましたが、その構成はダゴール型でした。

ペリグラフ
ペリグラフ

 エルマジ Hermagisもアプラナスチグマット Aplanastigmatを製造していましたが、ダゴールのフランス版という感じのもので明るさもダゴールと同じぐらいでした。ペリグラフもf6.8で製造されていたのですが、最終モデルはアナスチグマットとなり、かなり小さいガラスでf14となりました。これはそれなりの考えがないとできることではありません。ガラスを小さくするといわゆる味が薄くなります。しかしダゴールが3枚重ねにしているのはそれとは逆の意図です。ですからダゴール本来の特徴は出ません。だけど構わなかったのでしょう。ペリグラフf14で撮影された大判の風景画は実に素晴らしいもので、繊細さの極地です。これがデジタルで出ないのでこのレンズの価格は低迷していますが、本来は非常に素晴らしいものです。薄味になることを逆手にとって繊細さの中に不思議な柔らかさを得ています。

ベルチオの貼り合わせ
 ベルチオは貼り合わせをかなり研究していたようで、重厚感のある表現はそこから得たものでしょう。5枚貼り合わせのものしかありませんが、ダゴール型の設計があります (仏特許 FR374045)。実際に製造したのかわかりません。おそらく肖像用のユリグラフ Eurygrapheだったものと思われます。

ユリグラフの光学図
ユリグラフの縦収差図

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