無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

ゴージャスなパノラマの世界
グランダゴン「朦月」D7 43mm f5.6固定

2014.10.10

艶やかでメルヘン調の
グランダゴン

 ローデンシュトックというメーカーは主に大判用のレンズを作っていたメーカーで、イマゴンというレンコン型フィルター搭載のソフトフォーカスレンズで有名でした。写真用のレンズよりも眼鏡の方が有名ですし、レンズも大判用、主にこれは建築などの商業用ですから、撮影レンズのメーカーとしては一般的には幾分マイナーな印象はあります。現代の撮影家の大多数にとってあまり馴染みのないメーカーです。しかしかつてライカ判で幾らかレンズを出していたこともありますし、それは素晴らしいものだったので、注視しないのは本当にもったいないと思わせるメーカーの1つです。ローデンシュトックがより力を得ることができなかったのは、安価な日本製が出てきたからだろうと思います。そういうこともあって、画質への拘りが強い大判の方へ向かったのかもしれません。

 ローデンシュトックの個性は大判でもライカ判でも変わらない共通したものがありました。さらに重要な点は難しい広角レンズの設計でもその個性を失わないことでした。広角レンズは性能を保つため、どうしても個性を失いがちになりますが、ローデンシュトックやシュナイダーはそういうことはありませんでした。この2つのメーカーは個性が違いますが、ローデンシュトックの艶やかなメルヘン調の表現はたいへん魅力があります。それが広角でも味わえるのは大判レンズの作例を見ると明らかです。オールドレンズはなかなか良い広角がありません。19世紀のレンズでは大判で良い広角はありましたが、明るさは相当犠牲になっていたし、それからしばらくはフィルムサイズが小さくなると難しくなりました。そこを打開したのがツァイスで、ゲルツが開発したトポゴン系に見切りをつけ、同じくゲルツが開発したダゴールの画角を増す改良を行ったトロニエの設計をさらに発展させました。ビオゴンです。これは広角レンズに対する決定的な回答の1つで、他のメーカーにも採用されていきました。グランダゴンはその1つです。

 このレンズをスケールダウンして作れないかと思った理由は2つあります。ダゴールの後継、そして肖像に使えることです。有力な広角はビオゴン系か或いはレトロフォーカスもあります。ダゴールからの発展型はとにかく暗いので、レトロフォーカスの方が優位と思えます。それにも関わらずダゴールの描写は捨てがたく、ローデンシュトックは頑なにビオゴン型に拘っています。ゲルツが暗いのもお構いなしにダゴール系に拘っていたことと同じです。ダゴールは焦点距離が長いのでこれを復刻するのは現実的ではありません。製造の方からガラスの厚み1mm以下、直径10mm以下はするべからずと言われています。今どき携帯のレンズのようなものもあるので現実的には製造可能でしょうが、本物の写真レンズではなくなってしまいます。デジタル処理を加味せねばならなくなります。少なくとも50年代ぐらいには1mmを下回るレンズも作られていたのですが、ガラスにそれだけ存在感を薄めると描写も同様の傾向になります。ライカの初期の広角は非常に小さかったですが味はあまりありませんでした。コストはかかるわ、味は薄いわでどうしようもありません。ですから小さ過ぎるものは事実上製造不能と看做すことになります。この結果、ダゴールは望遠になります。そこでダゴールの広角となるビオゴン型となったら、やっぱり魅力的なのはグランダゴンということになります。建物などかなり大きなものをシャープに撮るもので、晴天で撮るとそんなに特徴はわかりませんが、光が少なくなるとグランダゴンならではの美が現れます。そこでこれを利用する1つの方向として、大判は蛇腹ですから前に大きく突き出すことも可能で、この広角で肖像写真も撮れます。近いものを撮ると良さが際立ちます。普通、肖像というと、大口径の被写界深度が薄い、中望遠という認識ですが、そこへ非常に暗い広角ですからあまりにもかけ離れた用途に思えます。画角が広く、被写界深度も深くなって、たくさんの対象が写り込んでしまいます。難しくなりそうですが、室内であればむしろ中望遠の方が難しいかもしれません。写すのが上半身ぐらいに限定されてくる傾向です。しかし対象の人物を語るのに、全身であるとか、周辺の物に意味を持たせるということもあります。そうであれば広角の方が良いということになります。ところが広角は味が乏しい特徴があります。グランダゴンも基本無収差です。そうでないと、広く写すのに騒がしい画になります。それでも柔らかいトーン、色彩感、ダゴール系が持つふくよかさなど、他では得られない特徴があります。性能を追うのではなく味を追求するなら、その代わりに明るさを捨てても構わないということなのです。それでこれを肖像専用に使っている人もいます。ライティングを自然光であれ人工照明であっても、ある程度の明るさはある中で、それでも開放で使っていこうと思ったら、レンズの方が多少暗い方が良いという事情もあるようです。

 1976.08.06に設計されました独特許 DE2635415は17mm f6.8、画角は104度です。3つのデータがありますが、1つ目がここに掲載したものです。後の2つは本来の3枚貼り合わせをシンプルにできるという説明で、ほぼ同じものです。その代償として幾分か暗くなっています。



 大判のレンズを縮小するということなので、ガラスが薄くなり過ぎて17mmのような画角では製造できません。口径も必要です。このデータは貼り合わせが1箇所なのでガラス1枚毎の厚みが確保できます。それでも43mmでようやく現実的に製造可能です。その場合、イメージサークルは結構巨大なものになるのですが、実際には使う光線の通る分だけガラスの直径を決めるのでカメラ内部のボックスが照らされるわけではありません。それでも光学設計の観点では周辺を切り捨てることになります。建築撮影用で周辺まで収差があまりない設計だからできることです。縦収差図で中央の非点収差、右の湾曲は上の方が半分捨てられます。具体的には半画角で52度のうち、27度を使います。


 70年代ぐらいのものはパテントデータのガラスは設計値で実在しないものが多く、本設計のガラスもピッタリのものはありません。かなり近いものはあるのでそれを入れますと収差のカーブが少し左に倒れて、これは過去のグランダゴンの収差とも一致するのでこれでいいのではないかと思います。そのため口径はf5.6に増しました。他にガラスの直径を調整した以外は、デフォルトデータをスケールダウンしただけで何もしていません。最短撮影距離は0.8mぐらいが限界です。それ以上はボケます。絞りは、例えばf8とかf11は使うでしょうか。不要だと思います。それでf5.6固定にします。

 43mmでf5.6、聞いたことがありません。ズマロン 28mm f5.6などが思い出されますが、43mmですから「何で?」となります。ビオゴン型ではツァイスのものやソ連の名品などがあり、それなりに明るいので、何でわざわざ?ということになるわけです。画角も明るさも備えています。高屈折率の新種ガラスを使い、優れた描写性能です。レンズは徹底して練り上げると、撮影対象にツルッとした輝きをもたらすようで、ツァイスだけでなく英クックの玉にもこの傾向があります。優れたものです。なのに、なんとしてもグランダゴン、なぜ?となります。ローデンシュトックは技術が劣っていたのでしょうか。それはない、それどころか非常に優秀です。そこが暗い玉ばかりを作っています。なぜなのでしょう? 本43mm f5.6ですが、前玉と後玉のガラスは同じで、極めて古典的なものです。初期からあるものです。今どき、ほとんど使われていないものです。中の貼り合わせはどうでしょうか。貼り合わせは色収差対策のために異種ガラスを組み合わせます。クラウンガラスとフリントガラスです。しかし、ローデンシュトックはどちらもフリントです。これは彼らの発明ではなく、戦前から英クックが研究していました。これらのガラスも全て古典的なものです。これが明るさを稼げない理由でしょう。古典的ガラスとはどういうものでしょうか。ガラスを組成するとまずできるものです。基本的な成分なのです。そこをさらに攻めたものが新種ガラスです。ということは新種はいろいろ混ぜているのです。ローデンシュトックとしてはこれが気に入らないようです。フリントは分厚くなって計4枚重ねです。穏やかな階調表現が得られます。クラウンガラスは厚みが薄いのでプレゼンスを下げています。クラウンは味が硬くなりますからね。コテコテにフリント、幻想的な画が期待されます。意図的でしょうね。やりすぎでしょうか。美のためには明るさや性能、スペックはどうでも良いのです。それがわかるのはプロなので大判で出していたのです。ビオゴンとはビオ(生命)+ゴン(角度)という造語です。生命感を広く行き渡らせるものです。厚いガラスの力強い表現から来たものでしょう。それを偉大な(グランダ)領域に押し上げたものがグランダゴンです。ビオゴン? まだ作っているので、それで良いのであれば、そちらに行けばいいのではないでしょうか。

 本レンズは需要があまりなさそうなので、何かの記念制作で赤字にならない範囲で予定では20個あまりを製造して終了しようと思っています。ダゴールのインパクトに接したことがない、そして常識があれば、このような中途半端な暗いレンズには手を出さないでしょう。そう考えると、やはりダゴールは常識を超越しているのでしょう。




 グランダゴンは、おそらく最初にローデンシュトックの設計師 カール・ハインツ・ペニン Karl-Heinz Pennigによって設計され(独特許 DE1094012)、それを引き継いだ フランツ・シュレーゲル Franz Schlegelが数度特許を申請しています。1つ目は1965.08.19、米特許 US3447861(独特許 DE1472195)です。スケールダウンにてフルサイズに合わせると28mm f5.6になります。大判レンズでしかも広角ですので明るさは相当犠牲になっています。



 2つ目は1967.11.28、米特許 US3517986(独特許 DE1288334)です。同じく、21mm f5.6です。すべての収差が左から右巻きになっています。この特許ではその図もあります。



 3つ目は1971.10.07、独特許 DE2012489で、18mm f5.6です。右巻きはかろうじて維持されています。



 続いて1974.09.20、独特許 DE2444954には焦点距離を変えて4つ載っていますが、どれもあまり変わらないので1つ目だけ見ます。どれも35mm判に合わせると21mm f4.5です。少し明るくなっています。



 フランスのSOM ベルチオ Berthiotも広角設計が得意です。有名なところではアンギュロール 28mm f3.3があります。データが残っているのはオフトー Orthorです (仏特許 FR1124653)。




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