無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

対称型ダブレットの最終型
アンチプラネット「朦月」D3

2014.04.23

アンチプラネットはダゴールに至るヒントになったものかもしれない

 異種ガラスの貼り合わせで成るダブレットを2組向かい合わせる(アプラナット Aplanat)と各種の収差を良好に補正できることは写真レンズの初期の頃にすでにわかっていましたので多くの光学会社が長年に亘って採用していましたが、シュタインハイル Steinheilは、対称型を崩した方が良いのではないかと考えたようで、この方向で幾つかの試みを行いました。シュタインハイルはガラスを分厚くすることに拘りがあったのか、アプラナットにおいても風景用のもので厚みを増していましたが(エミール・トラオレ Emile Turriere著 Optique Industrielle No.88)、その発展型においてもその方針を捨てることはありませんでした。

 アプラナットはこの後、貼り合わせを3枚に増やしてダゴール Dagorへと発展し、コーティングの発展によってそこから分割され多くの傍流を生みましたが、それらが成功した設計だったので以前の古い設計に感心を示すのは意味がないように思えます。結局シュタインハイルも様々な方向性を試しながらダゴールを見てそれとあまり変わらないオルソチグマット Orthostigmatを完成させるに至りましたので、それ以前のものはシュタインハイル自身からも捨てられたことになります。アプラナットからオルソチグマットに至るまでの過程で知られているのは3種(それ以外に人物用アンチプラネット)あります。

1. グループ・アプラナット Group Aplanat
2. グループ・アンチプラネット Group Antiplanet
3. ラピッド・アンチプラネット Rapid Antiplanet

 問題はこれらがダゴールと比較して何が違っていたかということですが、おそらくそれは最初の2つは製造の難しさだったと思います。3番はダゴールよりも一枚少ないだけです。これらがどういうものだったのか一つ一つみていくことにします。

 まずグループ・アプラナッ (独特許 DE6189) から見ていきます。この特許データでは焦点距離174mmになっていますので、同じ設計が100mmに変えて記載されているロアー Rohr著 Theorie und Geschichte des Photographischen Objektivs 304頁のデータを参照することにします。

グループ・アプラナットの光学図
グループ・アプラナットのレンズ加工
 特許ではこのように円錐形に加工するよう指定があります。口径食を防ぐためです。

グループ・アプラナットの設計値
 焦点距離は約100mm(99.5mm)、口径はf6.2、画角は28.5°です。これだけ厚みも増して製造へのしわ寄せを容認しているのですからアプラナットよりどれだけ改善されているかということが重要になってくるのですが、そのことがロアーの本に指摘されています。コマが少なくなっているということです。

グループ・アプラナットの収差図
グループ・アプラナットの収差値
 それでは次にグループ・アンチプラネット (独特許 DE16354、米特許 US241437) をみていきます。この特許データでは焦点距離240mmになっていますので、同じ設計が100mmに変えて記載されているロアーの本 305頁のデータを参照することにします。特許のデータは口径がf6.5のようですが、トラオレの本 No.94ではまず240mmのデータを記載した後、100mmに変更し、そしてセカンド・バージョンとして微調整を加えられf6.2に変更されたデータを記載しており、3種のデータがありますが最後のものはロアーのデータと同じです。量産されたのは最後のものだろうと思います。

グループ・アンチプラネットの光学図
グループ・アンチプラネットのレンズ加工
 今度は円錐形の加工がありません。レンズの外径が約半分になっているからだと思います。明るさを維持して小型化したのだと思います。

グループ・アンチプラネットの設計値
 焦点距離は約100mm(99.875mm)、画角は31°です。これは前の設計と大差ありませんが、コマが悪くなっていることが指摘されており、レンズの中心部の光では負のコマ、周辺部の光では正のコマという相反する性質の2種のコマが現れるということですが、中央部は問題ないように見えます。

グループ・アンチプラネットの収差図
グループ・アンチプラネットの収差値
 それでは次にラピッド・アンチプラネット (独特許 DE76662) をみていきます。ロアーの本では306頁、トラオレの本ではNo.98に記載があります。トラオレには2つのタイプが載っています。1の前群と2の後群をそれぞれ取って組み合わせたものがロアーに記載してあります。大同小異ですが、ロアーのものが理に適っていると思われるのでこれを調べます。

ラピッド・アンチプラネットの光学図
ラピッド・アンチプラネットの設計値
 焦点距離は約100mm(100.28mm)、口径はf6.3、画角は30.5°です。これも前の設計とそんなに大差ありません。「ラピッド」ですがどういう訳か少し暗くなっています。非点収差は前の設計より少し減っていますがコマはより悪くなっています。基本的に変わるところがありません。

ラピッド・アンチプラネットの収差図
ラピッド・アンチプラネットの収差値
 見たところ、改良は進めてはいるものの収差の配置はほぼ決まっているようで、これを改善しようというものではないと思えます。性能が悪いまま、そのままでどんどん改良されていっていますが、これらのレンズは実際に販売されていましたので確認することが可能です。その結果は意外なほど優秀です。そして味がとてもあります。シュタインハイルにとってこの収差配置は最終結論だったのだろうと思います。本稿3番目の設計は息子によるものなので前の2つとは少し違いますが、それでも基本は大きく変わっていません。アプラナットの製造でいろいろなノウハウを蓄積し、その結果得られた中で不満点を修正していったらこのような変遷を経たのだと思います。その修正が、製造困難になろうとも厚みを極端に増していったことに繋がったのは興味深いと思います。コーティングがなかった時代に色彩感をいかに引き出すかは難しい問題だったと思いますが、その1つの方法がこれだったのだと思われます。これにさらにコーティングも加えれば相当艶麗な表現になるし、それに加えてシュタインハイルの芸術的な収差配置も楽しめるということで、復刻したいところです。

 しかし、曲率の問題、絞りの間隔が少な過ぎる問題、一部のガラスが薄いという各種の問題は、焦点距離を短くした時に深刻になります。高性能のガラスを使っても克服できる程度ではない、否、ガラスは変えてはいけませんので、これは諦めるしかありません。シュタインハイルのこれらの設計がアプラナットを土台としていたものであったのと同様、こういう蓄積がダゴールにも影響を与えたのは間違いありません。そうでなければダゴールのあのような味わいは創造し得なかっただろうと思います。

アンチプラネットの復刻が困難な理由

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