無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

ベレク設計による幻のトリプレット
「鼓灯」C2 50mm f4.0

2015.02.01


 ライカレンズの設計師マックス・ベレクが著書 (Grundlagen der praktischen Optik Analyse und Synthese optischer Systeme 邦訳:レンズ設計の原理) の中で説明しているトリプレットの設計があります。これがかなり興味深いので、製造してみようということになりました。これは後代に「トリプレット・エルマー」として出たものとは違います。

 ベレクによると、トリプレットは極めて多様な構成のつきることのない泉をなしている。値の自由度と拡張性に優れているということを言っています。さらに、2人の互いに独立な人間がたとえ同じ種類のガラスを選んだとしても、実際上全く等しい光学系を設計するということはほとんど考えられない。何となれば、既に示したようにガラスの種類は出発時の要素の指定に対しては取るに足らないことだからである。設計に取り組むにあたって、まず最初にガラスの設定など前提条件を決めていきます。もちろん設計を進める途中で変更はできますが、拘束条件になるのは確かです。それでもトリプレットは自由度が大きいので、たとえ選定したガラスが同じものであっても結果は設計師によって必ず違ったものになるということです。そうであれば、ベレクがトリプレットを設計した時の結論がどうなるのか興味がそそられるところです。それゆえ、著書の中で明らかになっているデータは貴重なものです。ベレクは最終的に貼り合わせを使いましたが、それは彼の説明を見た印象ではトリプレットでは結論を出すことができず、貼り合わせて補強する必要を感じたということのような気がします。そのようにしてエルマーとかへクトールに到達したのだと思いますが、それでも著書のデータは十分に完成したトリプレットには達していますので発売されなかったのは残念です。

ベレク Berek トリプレット Triplet ガラスデータ
 口径はf4です。ベレクは一枚目の分散を50ではなく60とした上で9種のバリエーションも記載しています。表として載せていますが、その後に最終稿の設計の際に上記記載の50に変更して最終確定させています。理由は書かれておらず、たとえば初期値としてと前置きして50とし、そのまま完成させてしまっているのです。60でいろいろ試したけれど何かが気に入らず、値を下げる必要を感じ取ったようです。この流れで行くと50のバリエーションもだいぶん確認した筈ですので、この設計例は単に例題として適当に提示した以上の価値があると考えられます。ベレク自身が、何となれば、既に示したようにガラスの種類は出発時の要素の指定に対しては取るに足らないことだからである。と言っていますが、しかし設計の「出発時」に対しては「取るに足りない」と言っているのであって、この流れを見ると最終結論に導く過程では重要なものと見なしていたのは間違いありません。

ベレクトリプレット 90mm 光学図
ベレクトリプレット 90mm 縦収差図
 ライカのこの種のレンズは90mmですので、焦点距離は100mmから90mmに変えて図を出しています。実際に製造するとかなり魅力的なレンズになりそうな予感があります。ベレクは最後に、この系は球面収差が小さいだけでなく十分よいアイソプラナチックな補正 (注:非対称収差が補正されているレンズのこと) を有している。として十分に満足できるものであることを指摘した上で、それでも尚、補正が必要な場合のためにその方法を示しています。そして続いて、しかしこの収差の微少変化はもはや像には全然表れて来ないのである。と言っています。それでも調整法を示しているということは彼自身はその匙加減に気を配っていたのは間違いないと思います。おそらく最終稿は適当なところで中止したものではなく、彼の結論だったような感じがします。

ベレクトリプレット 50mm 光学図
ベレクトリプレット 50mm 縦収差図
 中央のガラスが薄いので100mmより下げられないのと、ガラスが設計値なので合うものがないということでガラス特注で100mmでなければ、本設計そのままには作れません。しかし近いガラスを当てはめて薄い第二ガラスを1mmにすると焦点距離50mmにすることができます。まず50mmにスケールダウンした上で設計通りの収差の数値を採り、ガラスを適用して最低1mmの厚みをもたせてから曲率の調整で全く同じ収差に合わせます。そうしますとガラスの直径が12mm、フランジから前玉まで3cmもないという非常にコンパクトなレンズになります。

 90mmであればかなり優秀なレンズになり、画角は27°です。50mmは46°です。実際のところ、30°ぐらいが限界なのだと思われます。厳しく見るともっと狭いです。50mmの縦収差図で半画角15°ぐらい、中央より少し上ぐらいの高さになりますが、本当の意味で品質が保てる限界がそこまでという設計だったのではないかと思います。ですから50mmにするとボケ玉になります。さらに画角を増して、TとSが交わるところで限界とする設計もあるので、いわゆる優秀なレンズという考えを見直せばこれは50mmでもまだまだいける、むしろこれぐらいの方が味が良いとなります。この設計は肖像を念頭においている筈で、30°のような画角で"普通"に美しく写せる筈です。もしかするとニコン 105mm f4はこれをコピーしたのかもしれません。コピーと言ってもガラスの特注はやっていない筈で、ニコンの考えるガラスの選択とそれに基づいた曲率の修正があったのではないかと思います。それぐらい105mm f4はニコンのレンズという感じがしません。優秀なレンズにするのであれば105mmぐらいで切っておかねばなりません。現代の肖像写真は概念が変わってきているので、中望遠は使いにくいという撮影家が多そうです。せめて65mmぐらいまで短くないと撮影しにくいのではないかと思います。レンズの長さがない方が被写体に圧力を掛けない、画角も広いということで50mmを肖像に使ってもいいのではないかと思います。むしろ50mmにしてしまったことで肖像専用という感じになってしまったのではないかと思います。といっても普通よりクセがある程度ですが。そこで横収差図も出します。まあ、良いのではないでしょうか。優秀ではないなという程度です。

ベレクトリプレット 50mm 横収差図

 産業用とかメーカーではない、我々が考えるいわゆる"優秀"な図というと、例えばグランダゴンの場合であれば下図になります。性能的に信頼性のおける、かといって味が欠けるわけではない、そういう感じのものです。
グランダゴン 横収差図

 比較のためにペッツバールも見ておいて下さい。縮尺も倍になっております。ペッツバールは中央は「変に」というと表現は悪いですが、律儀に写ります。お固く写られます。それぞれ図の一番下がレンズの中央で、一番上が端です。下の図を見ると無収差に近い感じがわかります。端に行くに従って急激に乱れています。こうして比較すると、グランダゴンのような玉で肖像を撮る人がいるというのもわかる気がします。しかし本来的にはトリプレットなのであろうというのもわかります。
ペッツバール 横収差図

 ライカAGが公開している動画をマックス・ベレク設計のレンズを整理するで紹介していますが、この中に出てくるベレク直筆のノートにトリプレットが2種確認できます。その内の1つが本稿のレンズであるのは間違いなさそうです。

ベレク Berekの直筆ノートに記載があるトリプレット Triplet 1
ベレク Berekの直筆ノートに記載があるトリプレット Triplet 2

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