無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

"3枚玉" は何の為にあるのだろうか

トリプレットに見られる独自性 - 2013.02.20


 レンズはとりあえず1枚あれば写真は撮れます。こういうものを「単玉」と言います。有名な単玉としては日本人が考えたもので「写ルンです」という使い捨てカメラがあります。1枚では収差が補正できず像面湾曲が激しいので、フィルムの方を曲げて仮想的に平面を得るというアイデアが画期的で傑作とされていました。(注:しかし像面を曲げて収差を補正する方法はもっと以前からあり、1948年ロチェスター大学で開発されたもの以外にも複数あります。1860年サットンのパノラミックレンズが最も古いようですが、いずれも産業用と思われます。天体用では1932年にエストニアのベルンハルト・シュミット Bernhard Schmidtによって開発された有名なシュミット・カメラがありますが、これには早くも非球面レンズが使われていました。)単玉は写真の最初期にカメラ・オプスキュラ Camera Obscuraに搭載され、英国のウォラストン W.H.Wollaston(1766-1828)によって改良されました。

 これを改良して2枚貼り合わせにしたのがフランスのシャルル・シュバリエ Charles Chevalierで、ダゲレオタイプの時代には2枚を貼り合わせるダブレットを使った風景レンズが多数作られました。「色消しレンズ」(アクロマティック、アポクロマート Apochromat)と言っていました。昔はカラー写真がなかったのですが、それでもレンズを通す光にはすべて色があります。光は色によって波長が違います。そのまま素通しすると収差となるので、最終面ではあらゆる色を一点に一致させる努力が必要です。そういう理由でモノクロでも色の補正を考える必要がありました。これは基本的に光の三原色で考えます。赤青緑が一致すると白になり色がなくなります。そのような補正が可能なレンズを ”色消し” と呼んでいました。これが可能なのは凹凸で成る最低2枚の材料が異なるガラスの貼り合わせでした。

 しかし2枚では様々な収差を補正するには限界があったので、収差の影響を逃れることができるぐらいまでf値を暗くしたものしか作れませんでした。そこで英国で新規設計された3枚玉のレンズはより踏み込んだ補正ができたので画期的な発明でした。当時はこれを以て、あらゆる収差が補正できるようになったとさえ言われていました。これがトリプレット Triplet型です。(英特許 GB189322607、米特許 US568052)

トリプレット型
トリプレット型レンズ構成図

 しかしこれも十分ではないので、やがてすぐに4枚構成へと移行し、優れたものはいずれも4の比率を土台としているということはすでに別稿ガラスの黄金比とは則ち "4" なのだろうかにて触れました。それでもトリプレットはあまり精度を求めなければ安価に作れるので、いつまでも消滅することはありませんでした。それはただ安価だったからだけでしょうか。初期のもの以外のトリプレットのほとんどはコスト面の理由で採用されていたのは間違いありません。それだけではない別の可能性があったとしても、高級写真レンズにはより多くの枚数のエレメントが使われるようになっていたので、それと比較するとトリプレットに対してユーザーの視点からネガティブな印象が発生しやすくなり、販促の観点から採用するのは躊躇われることがあり得ます。それでもデメリットを省みず高級レンズにトリプレットを投入したメーカーが幾つかあります。おそらくその中で最もよく知られているのはライツ Leitzが発表した通称トリプレット・エルマー Triplet Elmar 90mm f4です。

 エルマー Elmar 90mm f4のレンズは戦前からテッサー型が採用されており、長期に亘って大きな変更なく製造され続けていました。とても優秀なのであまり変更の必要がなかったからでした。もし仮にライカがエルマーか、或いはエルマーの次世代のレンズにエルノスター Ernostar型や見た目で進歩が明らかな他のレンズ構成を採用したのであれば誰の目にも理解しやすかったと思います。しかもベレクは晩年にエルノスター型を研究して特許を幾つも取得しているので(独特許 DE889077 DE936774、米特許 US2164028 US2297452)こういうものを製造して販売すればインパクトはあったかもしれません。ところがライツが製造した "新型" はレンズを1枚減らしたトリプレット型でした。これはユーザーの理解が得られず、たったの543本しか製造されませんでした。ライツ社は使う枚数を節約したかったのでしょうか。少なくともユーザーからはそう見えたかもしれません。売れない可能性も販売開始以前に明らかだったと思います。それでも作ったということは、余程の理由があったのだと思います。しかも鏡胴は4枚テッサー型よりも大きくなっており、エレメントを1枚減らしたことがコストダウンに繋がったとは思えません。それどころか、大幅にコストアップしたのではないかと思えます。なぜなら1枚減ったことで光学補正が難しくシビアになり収差が出やすくなる筈ですが、それにも関わらずトリプレット・エルマーは非常にシャープで「剃刀」の異名を持っていた程だったからです。ガラス自体はそんなに大きくなっていませんが、それでも鏡胴がファットになったということは組立が難しくなったことを意味しているように思えます。組立が複雑であれば人件費も上がってきます。大きくなっても明るくなったわけではありませんでした。悪いことだらけなのに作ったのです。ライツはそれまでトリプレットを作ったことがありませんでしたが、それでも作りたかった理由があったのです。考えられる理由としては、ライカの場合、サードパーティのメーカーによるレンズの製造を許していましたが、これらのメーカーがライカマウントのためにトリプレットを供給することが割りと多かったということがあったと思います。それも様々なメーカーが製造しており、一定の成功を収めていたと思われます。それはライカオリジナルカタログの隙を突くようなものであって、必要とされる需要はあったのに本家からは無かったという状態が長らく続いていました。そのため、ライツは史上最高のトリプレットを製造し、満を持して発表したものと思われます。それはとても魅惑的なレンズとなりました。

 トリプレット・エルマー Triplet Elmar 90mm f4というレンズに魅了された人は少数ですが、製作した人々だけではなく、ユーザーの中にもいます。このレンズの作例だけを集めた特設ページをFlickrの中に作った人がいます。それがこれです。Leitz Elmar 90mm 1:4/90 (Triplet)。たくさんの作品が投稿されています。すでにこのレンズについては「剃刀」の異名を持つとお話しましたが、しかしライツが単にシャープなレンズを作りたかっただけだったら、性能が稼ぎにくいトリプレットをわざわざ採用する意味がわかりませんし、そもそも元のエルマーのままで十分です。むりやりトリプレットを持ってきてシャープにしているのですが、その狙いこそがこのレンズの本質であって「剃刀」というのは表面的な評価に過ぎません。もしライツが「研ぎ澄ましたもっと先にある甘さ」を求めていたとすれば、おそらくそれはトリプレット以外に選択肢がなかっただろうと思います。それでコスト高になってもこれを作りたかったのだと思います。テッサーとかエルノスターのようなもっと優秀なレンズであれば出ない味です。これらの構成は製作者が優秀な特性を求めて追求するとその期待に十分応えるかもしれません。でもトリプレットには無理です。どんなにがんばってもトリプレット特有の癖は拭いきれません。しかしその癖が欲しくて、どんなに特性を追い求めても消え去ることがないのであれば、相思相愛となります。もちろんそういうものは他のレンズ構成でもあります。しかしトリプレットのそれはポートレートを撮影した時に魅力が滲み出すのです。喧騒から逃れて静かな中庭に入った時にほっとするような、そういう味があるからです。

 そもそもここまで拘っていたのであれば、どうしてこのレンズにも「エルマー」という名称を採用したのか疑問です。もっともここに書いてあることは仮説に過ぎませんが、それでもこういうタイプのレンズを世間に問うということは、それなりの理由があった筈ですし、トリプレットを中望遠で作るというのは明らかにポートレート使用を想定しています。当時ライカにはレンズの明るさで名称を割り振る方針があったと思われるので、このレンズも単にエルマーとしたのは、その方向性と合致していますが、これが結局わかりにくかったのではないかと思います。ベレク生存中には考えられない頭の固さです。ドイツ人の悪いところが出た例だと思います。このレンズは名称を新規に割り振るのが良かったと思いますが、単に「タンバール」にしても良かったかもしれません。これは30年代のソフトフォーカスレンズに使われた名称ですが、設計の考え方が通じるものがあると思いますし、貼り合わせの分減っているとはいえ、どちらもトリプレットだからです。反発は出るかもしれませんが、こうすればライツの意図はストレートに伝わったと思います。

 トリプレットが人物撮影に使われる用途が多いことから、優れたトリプレットレンズは標準から中望遠に多いように思います。コンパクトカメラのような安価なカメラに採用された標準レンズの中にも非常に味があるものがあります。中望遠の中でトリプレットを探しますとライツ以外では、ツァイス Zeiss トリオター Triotarが幾つかの焦点距離であります。他に有名なものではニッコール Nikkor-T 10.5cm f4があり、これより明るいf2.5 ゾナー型よりも高値で推移しています。f4は元々安価なレンズとして開発されたようですが、この玉が醸し出す雰囲気は他では得難いので貴重なものとして市場で取引されています。このことはしっかり作られたトリプレット人物鏡が少ないことを示唆しているのかもしれません。しかしニッコールのゾナー型が劣るわけではなく、Nikkor-S 8.5cm f1.5は木村伊兵衛、土門拳ら巨匠たちによって人物撮影され、すでに偉大な歴史の一部になっています。ドイツ・ドレスデンにかつてあった無名のメーカー フェインメス Feinmessがただ唯一、1本だけ作っていたのも中望遠の人物用トリプレットで、ボノター Bonotar 105mm f4.5という玉ですが、これは隠れた名玉です。

 トリプレットの発明は1893年で、特許の記述によると「高速肖像用レンズ Series I」とありますので、このレンズ構成から得られる味わいは設計当初から把握されていて、クック社のカタログの中でも最高級アナスチグマットという扱いだったようです。この頃には肖像用としてはペッツバール型がすでにありましたが、それとはまた違った味わいを持つものとして戦前の肖像レンズの勢力図を2分していたようです。そのことを考えると、今や主にプロジェクター用レンズに成り下がっているこの2種は大戦前後で全く違う扱いだったと言えます。(確かにこの「大戦前後」という表現は間違いではありませんが、ライカレンズの設計師マックス・ベレクは1930年の著作でペッツバールレンズは主にプロジェクター用に使われていると記述しています。)その中でライツやニコンの設計師が再度トリプレットに真面目に取り組んだことは勇気のあることだったような気がします。19世紀の真鍮入りのレンズにはペッツバール型の構成が入れられ、後に映像撮影用にはトリプレットが有力視されたようです。後にペッツバール型とトリプレットは共にソフト・フォーカスとしても利用されるようになっていきました。代表的なものとしては幾何学計算に基づいた世界初のレンズ3から次の4までを参照して下さい。

 トリプレットはとりわけ戦前の映画用レンズとして積極的に使われていました。映画の主役はほとんど常に人物であったことを考えると当然の帰結だったように思います。スピードが稼げないという弱点があったので、ダブルガウス型やプラズマットも作られましたが、だからといってトリプレットが備える美の価値が否定されることはありませんでした。ドレスデンの有名な光学会社メイヤー Meyerが製造した一連のトリプレットシリーズ、トリオプランもその1つです。古典的ドイツ光学の源流地を辿る3を参照して下さい。この玉、Trioplan 50mm f2.8については補足説明する意味で、もう数枚ご覧いただこうと思います。

メイヤー Meyer トリオプラン Trioplan 50mm f2.8 横断
 ほとんど車が通らない田舎道で左右を確認されるご老人です。過去に特別な体験をされたのかもしれません。田舎に行くと空気がクリーンなのか、日差しがきついように思えます。ノンコートのレンズでこの環境はきついのですが、これはまずまず良かった方の1枚です。映画用の表現と言われると確かにそういう感じはします。

メイヤー Meyer トリオプラン Trioplan 50mm f2.8 足
 左奥から日が差している環境です。合焦点の細いものは、うまく浮かび上がっていますが、かなり拡大して見ると輪郭に騒がしさが少しあるように思います。これと同じ現象は、同じドレスデンのメーカーだったルートヴィッヒ Ludwig メリター Meritar 50mm f2.9でも見られました。ドレスデン族特有の収差の混じり合いがギリギリのところで表出したものと思います。戦前のメイヤーは冷、ルートヴィッヒは温と個性は異なりますが、トリプレット型を使った時の人物の引き立たせ方に対する1つの方法論だろうと思います。

メイヤー Meyer トリオプラン Trioplan 50mm f2.8 池
 少し距離を空けてもしっかり対象を浮かび上がらせるのはさすがです。しかしこの個性ゆえにスナップではたいへん使い難いレンズです。戦前トリオプランはメーカーの説明では映画かもしくはポートレート専用ということなので、それは間違いないと思えます。凛とした表現が欲しい時に使えるレンズです。

 戦前のトリオプランとか、戦後でも60,70年代ぐらいになってくると技術的な安定が見られ、製品のばらつきもそんなにありませんが、戦後50年代ぐらいまでは不安定なものもあったようです。特に有名なのは戦後メイヤーのドミプラン Domiplanで、1個1個がどれも違うし酷いボケ玉ということで、メイヤーの製品全体の評価を落とすことに繋がりました。レンズにとってシャープさというのは、重要ではあっても表現に到達するための一つの要素に過ぎませんが、しかし皆さんもご存知の通り、世間一般の人はそう考えていません。彼らにとって、シャープさは絶対的な評価の対象です。この基準であれば、トリプレットはどれも使えない玉ということになってきますし、個体差のあるドミプランは問題外ということになるのだろうと思います。しかしこの玉は当時はかなり売れたようで、そのせいもあって安価なのですが、そうであれば評価されていた時期もあったのかもしれません。今でも評価に値する玉なのは間違いありません。

 ドミプランは個体差があるので、たくさん買うとどれも僅かに違うレンズを入手することになります。そんな風に別のメーカーのものも含めて、いろんな収差状況のレンズを見ていくと、絶対的な結論に到達できそうな気がします。実際、開発とはそういう風に行われるものと思います。トリプレットのようなボケ玉にそこまで労力をかける価値がありますか。実際にかなり力を入れて開発したと思えるレンズというのも存在し、すでにライカのトリプレットエルマーの例は考えましたが、ここでは標準レンズで見ていくとローデンシュトック Rodenstock トリナー Trinar 75mm f2.9シュナイダー Schneider ラディオナー Radionar 50mm f2.9などがあります。ドイツの標準トリプレットの最高に練り上げられた姿という感じがします。対象はしっかり捉えるのですが、どことなく夢に包まれたような表現が魅力になっています。

 フランスのトリプレットでは、本コラムではソン・ベルチオ SOM Berthiotの戦前の玉アンジェニュー Angenieuxの玉をご覧いただきました。これらは白濁がすごく出るという特徴があって、デジタルで撮るからそうなるのだろうと思いますが、うまく調整すると品のある描写が楽しめます。もちろん他のフランスレンズも十分に品があるのですが、トリプレットならではの表現があるので、価値のある遺産となっています。

 さらにイタリア・ガリレオのレンズも検証しています。当時のイタリアレンズはガラスをソン・ベルチオの供給に頼っていたので、そのためかどうかわかりませんが、これも多少白濁があります。描写の傾向も似ていますが、どうして国が変わると描写がこうも変わるのかと思わせられるものがあります。どことなく、日本のレンズの描写に近いものがありますが、それでもやはりイタリア独特のものであって、これでベネチアを撮ると美しさも際立つのではないかと思えます。そこへ、絵画的な描写が欲しい場合にはトリプレットという選択は魅力的です。

 現在一般に入手できるトリプレットというと大抵はコストダウンしたレンズなのは確かです。しかし製造側の思いとしては安かろう悪かろうではいけないというのはあります。制約がある中でトリプレットの持つ最大限の魅力を引き出そうとした時に、かつて戦前にポートレート用として本格的にトリプレットが使われていた時代の、このレンズ構成だけが持つ魅力を明らかにすることになったのは結果論かもしれませんが、そのことによって今でも中古市場で、かつて作られていた魅力的な標準レンズが入手できるというのは喜ばしいことです。人物撮影をする場合、また真実を写す写真の枠を超えた表現が欲しい時にトリプレットを選択するのは有意義です。

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