無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

対談

なぜ「無一居」なるものを作ったのだろうか? - 2012.01.25


 皆様は小店をご覧になられた時に「何を考えてこんなことやってるの?」と思われたかもしれません。だけど質問はなかなかできません。大人としての常識が介在してますのでね。だけど一定以上の知り合いになるとこの"常識"がどこかに行ってしまい、はっきり言いたいことを言ってしまいます。これが記念すべき?小店に対する第一回目の苦情となりました。(商品はまだありませんが、それでも苦情は来るようです。)さらに知り合いになると、もう何も言わず爆笑するだけで終わりますが、これではおもしろくありません。北京に住んでいる店主がSkypeにて苦情を承った一部始終を皆様にもご覧いただきたいと思います。うっかり録音を忘れましたので、独断にて一部無許可に改竄等も容赦なく断行し(というより整理と言った方がいいですが)おもしろく仕上げていこうと思っております。

 告訴人(以下「告」):聞こえますか?

店主(以下「主):はい、聞こえますよ。

 告:最近、レンズの販売を始められたということですが、どういうことでしょうか? つまり・・・どうしてまた、そういうことになっちゃってるのかということですが。

主:あぁぅ,,,,,10日前までは全く考えてなかったのですけどね。

 告:というと?

主:レンズの製作って、どう思いますか?
光学精密機器ですよね。
すごく専門的な仕事だと思うのです。
僕の仕事ではないですね。

 告:そうですね。

主:だけどプロデュースとなると別ですよね。

 告:そうなんですか。

主:だけど、それも普通考えないですよね。
だから他のレンズを販売しているところなどに企画を提案して
「こんなの作って下さい」とお願いしていたのです。

 告:コシナですか? 提案先というのは?

主:コシナはお問い合わせというところに企画提案のようなものは受け付けないと書いてあります。
返信もしないと断っています。
すでにいろいろわかっていらっしゃいますからね。

 告:そうでしょうね。

主:レンズを作って、うちに供給してください
とは言いましたけどね。

 告:は? 無理に決まっているでしょう?

主:はい、無理でした。
だけど返信はきましたよ。

 告:そうですか・・前途多難なようですが。

主:そんな風にいろんなところに作って欲しい物を頼んでいたのです。最初コシナあたりに連絡するよりも、もっと以前は自分は何もしないつもりだったので、それが雰囲気で感じられたのか、返信があったところはなかったです。そちらでこういうもの売ってください、という無責任な提案だったからです。反応がないことに、すごく不思議な感じはありました。

 告:どうしてですか? 当たり前だと思いますが。

主:メールで概要を説明していたのですが、どこも「こんなものは売れない」と思ったのだと思います。

 告:どんなレンズですか?
(注:この時はまだWebサイトがなかった)

主:今からメールで送っておきましょう。

 告:ではお待ちしています。

 ~ 数分後 ~

 告:ただあなたが個人的に欲しい物を言っているだけに見えますね。

主:事実、そうですからね。
それでやがてどこからも相手にされないことがわかってから、中国の工場に1本だけ発注して自分だけ使おうかと思ったのです。

 告:あなたはちょうど都合の良いところに住んでますからね。

主:そうなんですよ。

 告:それでどこに発注したのですか?

主:1つ目は江西省の鳳凰光学でした。

 告:ああ、LOMO作ってるところですね。

主:そうです。
この会社は元々上海にあって、かつてライカコピーの「上海」「紅旗」なども作っていました。最近、「上海」のレンズだけ
淘宝(注:中国のネットオークション)で買いました。

 告:また、おもしろいものを買いますね。

主:こいつは水彩画のような写り方をします。
古き佳きアジアのレンズですね。
ただ、あまりに曇っているので帰国時に
山崎光学写真研究所へ研磨に出しますよ。

 告:山崎さんはOKしましたか?

主:はい、エルマー(注:ライカを代表する傑作レンズ)
のコピーらしいと思ったのか、
とりあえず送って下さい、ということでした。
f値はと聞かれたので、3.5と言ったらOKでした。

 告:まだ送っていませんね。

主:そうですね。2月に送ると言いましたから。

 告:それで・・鳳凰光学ですが・・・

主:ええ、それでなかなか良い物を作っているということで
オファーしたのですが、その直前に心境の変化が生じ、
もう少したくさん作って貰おうかという気分になったのです。

 告:どうでしたか?

主:きちんと仕事をしそうな雰囲気ではなかったです。

 告:というと?

主:中国人は「できない」ということが言えません。
プライドに関わるようです。

 告:は? ちょっと意味がわかりませんが。

主:意味わからないこと、幾らでもあるんで、
それはやめておきましょう。とにかくやらないことを
やりそうな雰囲気で煙に巻きそうな時は
こちらが気がつかないといけないのです。
そうでないと、やるとは言われたけど、
やらずに無言で放置されるという状況になって困るのです。
中国では普通ですね。

 告:断られたということでしょうか?

主:まあ、そういうことでいいでしょう。
中国人は頑なに「断ってない」と言うでしょうけれど。
「やりますか?」と言ったら、沈黙が続くでしょう。
・・・中国とは思えない程の静けさすら生じるでしょう。

 告:はい、いずれにしても、このあたりで「無一居」を
始めようとしたと考えていいのでしょうか?
(注:この時「無一居」はなかったが、着想はしていた)

主:そうです。

 告:また、ちょっと変わった名前ですよね。

主:そうですね。

 告:しかも使用ドメインがphoto-china.netですが、
もっと他のものを取った方がいいんじゃないですか?

主:そうですね。たまたま持ってたので・・

 告:中国製というイメージになりますよね。

主:そうですね。良くないでしょうね。

 告:工場は日本で探しているということなので、
またこれもおかしな話ですよね。

主:そうですね。

 告:このあたりの事情も伺いたいのですが。

主:だからドメインがあったからね・・・使ったんですよ。

 告:ミスマッチですよね。思慮が浅いというか・・・

主:そうですね。
そこでウルトラCということで漢詩を使いました。

 告:なるほど。
レンズの方も中国文化を感じさせるものは出せるのでしょうか?

主:無理でしょうね。

 告:挑戦してもいいと思いますが。

主:ガラスが違うから無理でしょう。

 告:設計者次第という面もありますしね。

主:そうですね。

 告:それにしても、1本目がタンバールのコピーですか?

主:そうですね。
どうして誰も作らないのでしょうね。
あったらすぐ買うでしょう?
おたくは、買いそうもありませんが。

 告:ソフト・フォーカスを1本目に出すというのは、私の知る限りでは、あなたで3人目ですね。

主:そうですか。

 告:過去に出された方は2本目を販売していませんが、
あなたもそうなりませんか?
(注:当時「無一居」でも2本目の企画は出していなかった)

主:可能性はありますね。

 告:そういう前提があるのになぜまた同じことをやるのでしょうか?

主:以前に作った人たちは失敗していませんよね。
それどころか、評判が良かったものもあったのでは?

 告:単に2つ目は考えていなかっただけなのでしょうかね。

主:そうかもしれませんね。

 告:いずれにしても、必要性の観点からは?

主:以前に販売されていたものは、ベス単
(19世紀末のベスト・ポケット・コダックについていたレンズ)
のコピーとか、一般的なソフトですよね。
使い方が見つかりません。個人的にですが。
タンバールは別格と思っています。
品のあるものが欲しいのです。

 告:ベス単は、品がないのでしょうか?

主:品とはまた違うと思います。
日本には「でっちぐりん」なる言葉があります。
昔、中国から渡ってきた小さな急須で書道家が
水差しに使っていたものですが、
形が歪で出来の悪いものが良しとされていて、
こういうものを「わび、さび」と表現していました。
芸術は自然に近づくことが1つの到達目標なので、
その基準において、そしてさらにその延長線上にあるものとして
ベス単があると言えば言い過ぎかもしれませんが、
少なくとも日本人にのみ受け入れられてきたもの
であるのも事実です。
コダック社が供給した正規のものを改造して悪い部分を
意図的に出すのがいわゆる「ベス単の使い方」です。
そこに美しいものを見いだす日本の感性は良いと思いますし、
理解もできます。ただ、最初からソフトレンズとして
開発されたものとは違うと思います。
しかしベス単以降開発されたレンズもベス単の印象を
引きずっていると思います。
風景を撮るならいいですが、人は撮れますかね?
人間を撮れるソフト・フォーカスレンズがなくなったので
柔調撮影自体が廃れたのではないでしょうか?

 告:言いたいことはだいたいわかりました。
ところで、コダック社ですが、悲しいことになってますね。
(注:破産申請中)

主:そうですね。
エジソンのカメラにフィルムを提供してからですからね。
写真の歴史そのものと言ってもいいでしょうね。

 告:先のベスト・ポケット・コダックもコンパクトカメラの先駆けですし、世界で初めてデジカメを開発し販売したのもコダックですからね。

主:「写真をメール添付で送る機能」もコダックの特許らしいですね。そんなもの特許で取らないで欲しいですね。Appleとかが訴えられているらしいですが、びっくりしたんじゃないですか?

 告:何でも最先端だったら良いというわけではないと?

主:コダックは新しいものを想像し造り出す能力が企業のDNAの中にあるようですね。たいへん素晴らしい、感銘を受けるようなお話ではありますが・・・それを使って人々の生活に影響を与えたのは他人(他社)だと。

 告:だれでも得意不得意はありますからね。

主:コンピューターの世界には、オープンソースというものがあります。フリーのソフトウェアを開発して提供し、以降は有志で育てていくというものです。これらは経営の観点からは苦しいです。フリーですから当然です。それでマイクロソフトやGoogleが支援してます。どうして支援するのでしょうか? 目の上のタンコブのように見えますが。無料で出されると有料のものが売れませんでしょう?

 告:憐れみでしょうかね。

主:フリーで良い物が出てくると大企業が買収することがあります。企業は給料を貰っている人が仕事で働いていますが、フリーは趣味ですよね。出来てくるものが違うのです。土台が違うから。どちらも必要ということをITの巨人たちが知っているというのは驚くべきことかもしれません。頭が常人と違う感じですね。

 告:だとするとコダック的な文化は必要だし、オープンソース的に生き延びて欲しいということでしょうか?

主:そうですね。
写真界にそういうものがあってもいいと思います。

 告:ソフトウェアは時間を投資すればできますが、光学機器は予算が要りますからフリーでは無理でしょう? 全く違う形を模索する必要があるかもしれませんね。

主:そうですね。
難しいですが、コダック消滅はもったいないですね。

 告:ウルトラCはありますか?

主:今、ウルトラGまであるらしいな。

 告:それを中国人的回答とみなせば・・・

主:わからないというとプライドに関わるみたいな・・・

 告:そうですか。

主:中国人かも?

 告:そうですか。

主:アグファもなくなりましたよね。

 告:良い物作ってるところから無くなると言いたいのでは?

主:そうですね。
アグファのデジカメは持ってますよ。

 告:そんなのあるのですか?

主:クラシックカメラのような写りですよ。
普通に優秀ではありますが。

 告:また今度見せてください。

主:はい、どうぞ。

 告:それではもう4時(注:午前の)なので、この辺で。

主:はいはい、切りますよ。

 ということで、これで尋問?は終了しましたが、要点を掻摘んで見ると、自分自身の必要と欲求からレンズが欲しくなり、ないので人に頼んだが誰からも相手にされないので自分で何とかすることにしたということになります。最初は自分のものだけ作ることで検討していたので、中国の工場で特注しようと思っていました。ガタが来たらそれはそれでいいかなと言うことだったのです。しかし製品化するのであれば、そこはよく考えないといけないと思うようになりました。中国だから質が低いとは限らないと思います。だから完全に排除しませんが、日本の方が常識的対応が普通に期待できるので、良いと考えたのです。ちなみに、中国人の友人はたくさん居りますので、少々からかっただけです。考え方が違うだけでしょうね。

 これ以降、製造会社を探しましたが、日本は法外に高く、皆様がご存知の多くの市販品より高額の製造費がかかります。それでもまだ金額が出るだけましで、たいていは断ります。そこで中国・深圳に白羽の矢を立てました。ここはすでに世界の大工場になっていて、価格品質の両面でバランスがとれています。品質が優れているとされるAppleの製品がここで作られているのはよく知られています。この信頼される理由は、退職した有能な日本の技術者が数千人単位で住んでいるからです。彼らが深圳を中国の中でも特別な地域にしています。小店が探し当てたのは皆さんがよくご存知のN社のレンズを作っていたところです。彼らが手がけていたのは50mm単焦点だったようです。設計は大井で電子パーツも日本から供給、レンズ、胴、組立は深圳だということです。社長は日本にも何度も出張しており、よく日本を知っているということで、そして何より、今回の仕事を快く引き受けていただいたので決定いたしました。

 それでは以下、付録をお楽しみいただきます。

写真はインド・ガンジス河岸にあります超有名安宿・久美子ハウスにて投宿中の1シーンであります。確かライカM3にズミタール50mmに変なフードを付けていたような気がします。酒を飲みながらライカで写真を撮り合ったような記憶が御座います。「無一居」店主は左端です。10年ぐらい前の映像です。ライカとレンズは大阪・OSカメラサービスさんで購入し、M3はルミエール・ブラックペイント(今、すごく高いですね。以前は安かったのですけどね)でした。ブラックに塗装してわざと角の金属を露出させていたらインド人から「金がなくて新しいのが買えないのかい?」とよく言われました。「はい」と言いました。(当時新しいというとM6でしたが、最新のは天文学的な金額に感じられたものです)「日本人なのに日本製の方が良いのを知らないのかい?」というのもありました。やっぱりインドは哲学の国ですね。言われてみると一理あるんですよね。

 店主は北京に住んで居りまして可能な場合はお越しいただいても構いません。これまで中国のものを日本に販売していましたが、レンズでは日本から中国に送ることになりそうです。時々帰国もしています。お会いすることもあるかもしれませんので最近の写真も奢っておきましょう。さて、どちらでしょうか。はい、もうおわかりですね。二胡の老師は日本で言うところの"人間国宝"に相当するような方で若い時は有名だったようです。仕事をする必要がないのに、なぜか教えてくれます。携帯で老師の奥様がお撮りになられたものです。


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