無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

レンズの収差についての論考

収差は消すものか足すものか? - 2012.11.20


 物体の表面は光を反射していますので、人間は目でその光を捉える事によって知覚できます。レンズも同様で光を集めます。しかし球面のガラスを使って平面(フィルム面或いはセンサー面)に平らに結像させるのは簡単ではありません。現在はこの難しい幾何学計算をコンピューターで行いますので、数学の専門家である必要はなくなってきているかもしれませんが、かつてはたいへんな作業でした。それでもf値を暗くすれば、現代同様の水準で収差を克服するのはすでに19世紀から可能だったようで、優秀なレンズも残っています。それでも収差が残されたままのレンズもたくさんあります。この「収差がある」という表現も捉え方が難しいもので、収差がないレンズはないと思いますし、同じ収差でも許容範囲によって収差無しにも有りにもなってきます。

 現代のCCTV(防犯カメラ)レンズ、その中でも500万画素の高級品を作っているメーカーが発表している収差図の一部をご覧いただきます。

CCTVレンズの収差図
 左の収差は非点収差を示す図とあり、右は歪曲収差を示すものです。下の目盛りを見ると非常に小さい値なので、ほとんどゼロに近い優秀なものと見なせます。こういうものが質の良い高価な部類のものでも1,000円に満たない価格で販売されています。これだけ優秀なものであれば、写真撮影用のレンズにも転用したらどうでしょうか。しかしそういう使い方はされていません。なぜなら20世紀始めぐらいまでのレンズは無収差を目指して作られていて、その教訓から収差ゼロのレンズは平たい、味気ない描写になってしまうことを学んだからだろうと思います。この時に検討を経て加えられることもある収差というのは、どういうものがあるのでしょうか。基本的な方向性はだいたい決まっています。

シネレンズの収差図
 上記の収差図は、先ほどの図から球面収差図を左に追加したもので、3部編成で示されています。割とありがちな映画用レンズの収差具合だと思います。下の目盛りの大きさで度合いを量ることができます。球面収差は左にカーブした後、右に振れていてプラスに過剰補正されています。このように補正されたレンズはたくさんあります。これは理想形とされています。大量にプラスかマイナスに振るとソフトフォーカスになります。これをどの程度、加えるか減らすかで味が変わる重要な調整点です。だいたいプラスマイナス0.3ぐらいで収めます。大口径のボケ玉は1ぐらいかそれを越える例もあります。この場合プラスが多いです。マイナスであれば1は多過ぎます。このグラフの線はまっすぐに立つこともあります。それは一般的には味わいを失って良くないとされていて、図のような曲線を描くようにするのが良いとされています。

 真ん中の非点収差図ですが、マイナス1ぐらい(像面湾曲)になっています。点線も引かれているのがわかりますが、それはプラスの方に逸れています。捻じれたようなボケ(非点収差)になりますが、これも多用される傾向があるようです。オールド・ライカは線が重なってマイナスに倒されます。ベレクの本にはそうするのが良いと書いてあります。せいぜいマイナス1ぐらいです。プラスは珍しいです。これもカーブして中央に戻すのが理想的です。

 歪曲収差もマイナスになっていますが、これはプラスも結構あります。いずれにしても中央に戻すのが良いとされています。60年代のドイツはすべて左巻というのが多いです。

 他には色収差の使い方やガラスの選定も関係があります。色収差があると色彩が変な方向にズレてしまい、好ましくありません。それにも関わらず欧州のレンズは現代でもこれを足していく傾向があります。色収差を足すとパースペクティブが増すからと説明されることがありますが、それだけではなく、瑞々しい描写を得る事もできます。色収差には2種類が指摘されていて像面に対して縦にずれるか横にずれるかということですが、これを組み合わせて狙い通りの色彩感を獲得します。白い紙に黒いインクで文字が書かれたものを斜めから撮影すると中央は黒ですが、手前は紫、奥は緑に変色します。基本的には好ましくはありませんが、この匙加減で美しい色彩感を演出することが可能なので積極利用されることがあります。せいぜい0.2とか0.3ぐらいです。日本のレンズはこの収差を完全に消す方向で設計する傾向がありますので、欧州のものとは考え方が異なると言われています。

 色は光の三原色で補正しますが、仏キノプティックは五色補正を掛けて製造まで緻密に組むので、一回分解すると性能を失うとさえ言われるほど繊細に作られています。しかしそれは収差をゼロにするということではありません。彼らが設計した匙加減は、僅かなズレも容認しない程バランスが繊細なので、望む収差状況にするために緻密に合わせ込むということです。

 基本的な方向性としてはこのようなもので、匙加減を変えてコンビネーションをどうするかがノウハウのほとんどだと言っても良いと思います。収差の加える方法自体は事実上、すでに語り尽くされていると言って良いと思います。細かな点については多くは企業秘密として扱われています。収差を加えると言ってもカーブを戻すのであれば無収差と考えることもできます。この特性は整ったレンズを作るのに必要なようです。画角を広げて見ていって、線が軸に戻っていれば、実際の使用画角で戻っていなくても良しとされます。真っすぐは良くないことが多いです。収差を加えると言っても0.3ぐらいであれば無収差という言い方もできるし、厳しく見ればCCTV高級品でも収差有りになるしというそういう感じになります。動画用の場合はしっかり収差を足していきますが、静止画用レンズの場合は収差が多過ぎると問題があるのでもっとゼロに近くなります。

 結構収差を足してある映画用のレンズがスチール撮影に適さないわけではありません。キノ・プラズマットはその名の通りキノ Kino(独語。英語なら、シネ Cine:シネマ Cinema)ですから、完全な動画用であって盛大な収差が特徴ですが、当時の広告を見ると「ライカにも使える」という記述が見られます。シネレンズの黎明期から静止画撮影転用でも良いという認識があったのは驚きです。本コラムには幾つかのシネレンズが掲載してあります。キノプティック以外にもアストロ・ベルリンやソン・ベルチオがあります。映画用は収差が大きく振られるので、加減の幅も大きく、そのためにいろんな個性のものが出てきたのかもしれません。それでも、そのいずれもが優れた特性が売りの防犯カメラのレンズよりもはるかに魅力的であることは間違いありません。

 写真、動画用レンズにおける "完全な収差補正" とアナウンスするメーカーの説明は、ゼロに持っていくということを意味していると言っても間違いではありませんが、実際はゼロに近い、研究されたある箇所へ狙い打ちされた補正を掛けるということを意味しています。だから現代のメーカーは「良好に補正」と言ったような言葉を使って説明することを好みます。これは意味深長な表現です。そしてその補正の基本的な方向性は時代によって練り上げられてきたものであること、後は匙加減とガラスの選定等々であるということになります。さらに付け加えると、鏡胴の内部構造も関係があります。このあたりはもう製造分野では極め尽くされていると思います。


大メーカーが向う収差の方向性 - 2013.12.07


 追記として、最近こういう記事を見つけたので以下に貼り付けて拡大もできるようにしておきます。

ニコン、レンズの「味」数値で評価
 これは驚きました。ごく秘密裏にやっていると思っていました。そういう機械はあると思っていたので作っているメーカーを探していて見つからなかったりしていたぐらいです。なかったから見つからなかったんですね。そして驚いた理由として第二に、こういう機械を作ったということを発表したということです。多くのユーザーは現代レンズは収差のない優秀なレンズと思っているので、味の話をしてもいいのかなと思ったわけです。そこら辺は大丈夫だから言ったのでしょうね。だけど、ニコン固有の味は守って欲しい気はします。その機械を使ってニコンの過去の名レンズを復刻してもらえるとうれしいですね。値段が高騰して困っているのもありますからね。しかしライカレンズの部門は経営面で難しいでしょうね。それだったら無一居を外局にしてやらせて欲しいのですが (ニコンに知り合いがいれば、もう交渉していると思いますが、残念ながら何もないので)。思うに、一眼レフというのはフランジバックが長いから難しいように思います。使えるレンズ構成が少なくなりがちだと思います。それで最近のミラーレスが増えてきた現象は、レンズという観点から見たらとても良い方向性だと思います。しかし名レンズはクセもあるので万人受けは難しかったりするし、なんぼ人気があるといってもすごく狭いニッチな範囲での話なので、無一居の場合は100ですが、それでも販売は難しかったりします。だからニコンがそういう範囲を研究というのは意外な感じがします。何か変わってくるのかなというイメージはありますね。大メーカーの場合は常に究極的なものを求められるから、何でもできそうでできない不自由はあると思います。やっぱりニコンだったらニコンの味は守って欲しいというのはあるし、だけどそれは一方で閉塞感も伴うことだったりします。これは難しい問題で、キノプティックは本当に究極のものを出したので、新製品が出せなくなって経営が傾きました。だから年に一回ぐらいはいわゆる究極のものを出したい訳です。だけどそれも限界があります。消費者も意外とわかっていたりしますしね。かといって味があるというのも、個性が強いのは販売が伸びないのは戦前からですからね。難し過ぎてちょっとわからないですね。ニコンの今回の機械の開発は、そういう困難がある故のような気がします。ニッチな感じが売れないかと思えば、色収差の多いカシオの自撮りがベストセラーになったりとかするし、カシオの目の付け所も凄いですが、消費者動向というのが難しいんですね。あれは他のメーカーは出せないのでしょうかね? 作れるけれど、同じものは具合が悪いのでしょうね。あれはペルシャイド的な奴なので、基本技術は古いですね。カシオがそれを研究していたらしいというのも驚きですが、ニコンはもっと驚いたでしょうね。しかもそれで売れたというのがね。だから今回の機械の開発に繋がったのかなと思いました。ここに来られる方は古いレンズの愛好家だと思うので、その時点で世間から距離がありますよね。我々にはカシオのような思いつきは無理なのでしょうか。思いつきがことごとく世間から冷笑されそうな感じはしますよね。カシオを持っている大陸女性を見るとたまにそういうことを考えたりもします。

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