無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

天に最も近い所から生まれた
マクロスウィター1

ビビッドな発色と緻密な解像力 - 2012.07.21


 レンズが発売されるとメーカーからの紹介に続き、主なスペックのリストがあります。その後、性能を表すグラフとしてMTFというものが掲載されています。本当に"性能"を示すだけのグラフなのですが、どこのメーカーも掲載しているということは一定の重みを以て確認されていることを示しています。光学設計をコンピューターでやる時代に性能確認はほとんど不要になっている感がありますし、実際にMTF曲線を確認したい安価なレンズの場合はなかったりするので、実際には購入者の役に立っているかは疑問があります。高性能レンズを販売するメーカーにとっては企業秘密的な部分は公開するMTF図では出ないので、対外的に出すものとしては便利の良いものであるのは間違いありません。それゆえここには製作者と顧客の間で禅問答のようなものが存在するような気がします。メーカーはMTFを見せて「当社のレンズは素晴らしいです」と言い、顧客は「本当にそうですね」と言いますが、どちらも大事な部分は出してないことに内心気がついています。気がついているが誰も言わないという。ただメーカーのこういう対策は必要であって、オリジナリティが他のメーカーに使われていくようなトラブルを避ける為にある部分は明らかにしないということは必要なように思います。そういうことでメーカー独自の味付けまでも読み取れる素材は入手困難であるのはしょうがないことです。

 マクロスウィターのMTF曲線は見たことがありませんし、意義も感じませんが、かなりの高性能になると予想されます。もう相当に古いものですから、レンズを解析していろんなデータを発表しても特に問題はないようですが、これだけ優秀なレンズだとあらゆるグラフが真直ぐになりそうで(実際にはそんなことはないと思いますが)結果が明確と感じられるだけに見る気もおきません。いかにも精密機械の国・スイスで作られたレンズという感じのものなのです。

マクロスウィター Macro-Switar 50mm f1.8のレンズ構成図
 ところがやはり、国柄というものはどうしても出てしまうのか、"個性"なんてものは入り込む余地がなさそうでありながら、そこはしっかり出てしまっているのはおもしろいところです。民族の文化に対して最も大きな影響を与えたのは過去の天才たちだったかもしれませんが、彼らは自然界から影響を受けています。ヨーロッパで自然と言えばスイスです。アルプスです。大自然の中での作業は精密な仕事にも精が出るのでしょうか? 関係ないような気はしますが、デザインなどの方面では影響はあるだろうと思います。

 そこでレンズ デザインですが、ここでは外観ではなく光学設計の方ですが、スイスの大自然を想起させるレンズというと、スイス北部アーラウに本社を置くケルン Kern社のレンズを挙げないわけにはいきません。というより、スイスには当時、他に光学会社があったかどうかわからないので、事実上これしかありません。ケルンのレンズというとマクロスウィター Macro-Switarです。同社のスチール用単体レンズに限定すれば、これ以外ないと思いますので、これまた特に取り上げるものはありません。

 スイスの風景というのは独特のものがあります。行って確認しましたが、思うに光が違うような気がします。山に囲まれていていずれも万年雪を頂いています。雪がなくても山があれば光の反射はあります。当地には山の響きを使ったアルペンホルンという独特の楽器がありますが、そういうものが作られるぐらい山と撥ね返りの存在が大きいのです。富士山だけだったら、山に音をぶつけようという楽器まで出来ませんが、周囲山だらけだとできてしまうようです。ところがケーブルカーに乗って山頂に行くと、この独特感が薄れます。ケーブルを設置するぐらいなので、たいへん有名な山です。それで周囲にその山より高い山はありません。そうすると、そこの光は他国の人でも馴染みのある普通のものになります。

 この光は雪の影響を受けていますので、雪国の人には珍しいものではありません。雪があると一面真っ白ですから、遠くを見なければどこに行っても同じです。雪は国によって違うのでしょうか? 同じだと思います。違うという人もいます。天から降り注ぐ雪の結晶は1つ1つ違うのだよ、とか言う人がいます。これは意外と的外れではないようです。「雪は違うので、スキー場にはランクがある」という人もいます。マッターホルンと白川郷の雪が違ったら、住民に対する心理的、芸術的影響も違います。この違いはレンズの違いにそっくりです。マクロスウィターはスイスのあの光の許で、あの環境だから完成されたもののような気がします。

 雪は真っ白であるゆえ、撮影者にとってもレンズ設計者にとっても難しい対象です。全くどこの雪も同じに見えなくはありませんが、実際には違いがわかる人もいます。スイス国内の雪も環境によって反射が異なり、非常に多様な筈です。雪を撮るのでも簡単ではないのに、さらに違いまで写すとなるとこれを撮影するレンズを作るのはとても難しいに違いありません。ところがスイス人は回答を見いだし、解像力を異常に高めれば写る、精密な仕事も問題ない、という思考過程によって出来上がってきたのがマクロスウィターであるように思えます。雪を頂きに据えた大自然、そしてその雪が解けて消え去るまでも美しく記録に留める、その高い光学性能によってモンテ・ローザの峰々ように全欧州の頂にあるのがマクロスウィターなのです。否、マクロスウィターが頂にあるのではなく、最も天に近い場所を写すのがマクロスウィターなのです。

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