無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

ズミクロンはライカレンズの分水嶺6

ベレクの築いた伝統との関連性 - 2014.10.10


ライツ エルマー 65mm f3.5
Leitz Elmar 65mm f3.5

 

 ライカは一眼レフではありませんので、一眼レフ特有の利点はありません。マクロと望遠には弱くなります。ライカは用途によってはそのデメリットを覆って余りあるメリットがあるので現代でも使われますが、しかしそれでも不得意な部分を埋めたいという場合もあります。そのためにビゾフレックス Visofrexというものが別途用意されていました。これはライカの全面に一眼レフ機能を加えるというもので、戦前には望遠で使われていました。マクロについては戦後、ズミクロン Summicronで眼鏡を用意するなど特殊な方法で対応していましたが、やがてビゾ用のマクロレンズが発売されました。エルマー Elmar 65mm f3.5です。

 先月、3週間程北京を離れ旅行に行っていましたので、その時にこのレンズを持ち込みました。貴陽(微信の投稿では9/11)、昆明(9/12,13)、麗江(9/14,15)、大理(9/16)で撮影しましたので今から見ていきます。大理より先は「花影 S1 60mm f2.2」でご覧いただきます。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 貴陽旧市街の階段
 ライカレンズと一口に言ってもいろいろありますが、ベレクからマンドラーの時代に変わって違うものになってしまった印象があります。だけどマンドラーは師の仕事を忠実に引き継ぐ意思は強く持っていたと思います。ベレク晩年の描写は重量感がありましたが、マンドラーのそれは儚さがあります。違うものですが、ライカ独特のアイデンティティは失っていません。マンドラー時代の諸作はプレミアが付いているものもあって高嶺の花ですが、それは味わい深いベレク作品をより洗練したものだからこその評価で、ライカ芸術がもっと高いところにあった時代のその特質はエルマー 65mmからも伺えます。だけどやはりマクロ用というだけあって普通の撮影で距離を空けて撮るとそんなに良くないような気がします。モノクロだと味が出そうですが。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 薬罐と胡桃
 これぐらい迫ると魅力が出てきます。背景のボケ具合にしてもベレク時代からやり方が変わっていない感じがして古いレンズに慣れた向きには安心感があります。しかし背景のこうした描写の作り方は現代ニコンあたりにも採用されているような気がします。ズームではわかりにくいと思うので、大口径の単体で見れば明確だと思います。ニコンはもっと濃いのでまた少し違いますが。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 大甕
 この写真はまだ貴陽ですが、ここだけでなく中国南方では汤というスープを提供するところがたくさんあります。こういうところは基本的に食堂なのでスープだけを飲むわけではないのですが、店先に大甕を置いてこれを全面に出しています。何かは食べるのですが、それが何かに関わりなく市民は皆、必ずスープを飲みます。そしてどういうわけかどこも服務は女主人と決まっています。財布とスープの管理は、やり手おばちゃんです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 南方のスープ
 甕からこういう小さい壺を取り出すと、その中にスープが入っています。これを飲むとどうして皆、これを欠かさないのかわかります。北京にも無いのが残念です。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 南方の文字
 漢字、文字に対する愛情は中国北方より南方の方が強いと思います。芸術的感性も違うので一概に言えませんが、南方人は文字の美しさを楽しんでいるように思える時があります。こういう雰囲気のものは上海あたりまではありますが、それより北になるとちょっと違ってくるような気がします。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 すべり止めに配慮された枠
 従来の木枠を保護するために金属の覆いを被せていますが、景観を損なわない配慮が感じられます。すべり止めも配慮しているようですが、こういう細やかさは北方にはありません。何だか比較ばかりになってしまっていますが、それぐらい外国に来たような感じがあります。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 格子と背景1
 この時代のコーティングのレンズでは明暗の差が大きい構図は難しいですが、この程度であれば味わい深さが楽しめます。ガラスは奇麗に磨かれているわけではありませんが、それがかえって枯淡の描写をひき出しています。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 格子と背景2
 これはあまりに極端過ぎました。失敗例だと思います。こういう構図は避けた方が良さそうです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 翠微閣
 これも失敗例かもしれません。マクロのレンズでこういう風に限界を試すような使い方をするのはかわいそうです。しかし中央の額縁の周囲に纏うフレアは良い感じの雰囲気です。これは使いようによっては何か狙えそうです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 ネズミとハエ
 こういうものを見てマクロレンズを携帯している、やることは1つなのです。もっと迫った方が良かったですか。世間の皆さんに配慮する形でこれぐらいにさせてもらいました。奥の方にオレンジ色の部分があって、その右に赤と緑のものが見えます。ハエです。これは裏路地で乗り物が通れないようなところです。起伏が激しい街なので自転車は普及していませんから、そういう環境のところでどうして道の真ん中でこういうものが死んでいるのかよくわかりません。しかも一発でやられたような雰囲気です。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 龍のレリーフ
 これもかなり寄ったものを撮影したものです。これぐらいの角度であればボケも率直で問題ないと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 消火栓
 ライカのレンズとしては遠近感に乏しい感じがありますが、それはマクロレンズだからでしょう。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 小米辣
 昆明に移動しますと、現地の食べ物で米線というものがあります。これは中国全土にあるので珍しくはありません。鍋うどんみたいなものです。店名が椅子に書いてあるので撮影してみます。キルフィットのレンズでこれと似たようなスペックのがありますが、ぜんぜん違う描写です。エルマーは儚い写りです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 干した茶
 こういうものを撮るのにピントを合わせた位置はこれで間違っている訳ではありません。しかし、これでは手前のボケがうるさいです。つまりこういう構図は間違っているということです。ちょっと工夫を加えるべきだったでしょうか。もう少し上からの方が良かったと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 昆明骨董城
 昆明骨董城は建物がかなり古く、二階は相当起伏があります。建物自体が文化財という感じです。中庭から二階を撮っていますが少し暗いので明瞭に写っています。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 王運通十大老薬屋
 しかしこうして明るいところに出るとフレアがあります。レンズが少し曇っているか、埃の多いところを歩き回っているからかもしれませんが、マクロレンズに専門外のことを求めることになりますから論外なのかもしれません。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 麗江味道
 麗江というのは古い町並みを見るところですが、それだけだとさみしいものがあるので何か買うものが要りますが、田舎町なので特に何もないようで、こんなヨーグルトを作って売っていたりします。高いのですが観光地なので売れるようです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 水遊びする子供
 市内の川は一応奇麗なようで、こうして子供が遊んだりしていますが、食器を洗っている人も結構います。洗濯もしています。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 靠人炙
 本当に古いものというのは実際そんなに多い訳ではありません。修理を重ねて使われています。木材も腐敗してくると新しいものに入れ替えるしかありません。そういう状況の中でこの木製のベンチは珍しくなってしまったものの1つで、通りに展示物のように置いて有ります。座ってもいいのかもしれませんが、あまりに古いので誰も座りません。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 ドアの金具
 奥行きのない、平面に近い構図です。そして近い物ですが、ああまり特徴のない画になりました。マクロレンズであまり個性が出るのも良くないと思うので、こういうものなのだろうと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 炭
 背景の重い描写は映画用のレンズであれば良くあるような気がします。映画用とマクロはいずれも遠景を主に撮るものではないので似たような特徴が出やすいのかもしれません。引延レンズで撮影しても同じだと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 歓談
 これは撮影した時間帯が良くなったと思います。夕方であればもっと良かった筈です。人物が暗くなってしまいました。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 納西料理
 これも平面に近い画ですが、先ほどよりは少し距離をとっています。とかくアップ、マクロとなると精細感が重視されがちですし確かに必要ですが、このレンズではそれほど重視されていないような気がします。解像度ではなく、質感をリアルに捉えようとするところがあります。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 衆義堂菜館
 もうこれぐらいも離れたものを撮ると映画用レンズのようです。フランスレンズのような雰囲気でライカという感じではありません。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 古茶行
 遠近感を強調したものではないので、こうして撮影しても奥の棚が突き放された印象はなく、溶け込んでいます。古い日本のレンズでよくありそうな感じではあります。映画用というよりも引延レンズの方が個性が近いような気がします。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 激沙沙
 基本、太陽に弱いのか、日陰のものははっきり写ります。それを言うとたいていどのレンズも大なり小なり同じですが、フレアが出た感じも捨て難いものがあります。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 今日有空房
 古いキヤノンの、セレナーとかそれぐらいのレンズの描写のようです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 精品客房
 玉は鏡胴の奥の方にあるのでフードはなくてもそんなに問題なさそうですが、それでもかなり長いフード、フルサイズだったらけられそうなぐらいのものを付けています。フードの重要性は強調してもし過ぎることはありませんから。だから何でもたいていこれぐらいは撮れるはずと思っていたのですが、不思議とフレアの出る画が多かったのは意外でした。コーティングがモノだからだろうと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 假一賠十
 中国でよく見受けられる表示です。偽だったら10倍に保証します、という意味です。いやいや、偽だったら10要らない? それで100というのもあります。とりあえず万ぐらいまであります。本当に保証しますか? したのは聴いたことがありません。偽だったら警察は来ないのですか? 諸外国の警察を日本のそれと同じと思っている時点で皆さんの方がおかしい、呼んだ方が悪くなります。大事なことを忘れていました。これは本物なのでしょうか? そもそも信用というものに何の価値もありません。騙された方が悪いのです。不正な方が頭が良いという発想です。日本人? 彼らに言わせると、ほとんどアホなんでしょうね。ある意味、すごいところです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 小吃
 こういう小料理の多くは日本人には馴染みません。だけど味は意外と問題ありません。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 裸のマネキン
 暗くてブレたので本来はカットするのですが、これは見ておかないといけないという判断で強行掲載です。観光地ですから服務員がとても忙しいです。はい、そうです。お客さんはウィンドーに指さして商品を指定しますね? はい、その通りです。服務員は店内にいるから外からどう見えるか関係ありませんね? はい、その通りです。マネキンを裸にしておけば、お客さんが要求してこないので仕事は楽ですね。はい、そうです。それでも給料は同じですね。はい、そうです。おちょくっているわけではありません。質問すると平然とこう回答する筈です。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 赤い戸に金の装飾
 右下がぼけていますが、こうするのではなく、手前から奥に、つまりもっと焦点を引きつけて撮影するべきでした。そうするともっと良かったと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 捨てたミカンの皮
 これはエルマー50mmで撮ったのと描写があまり変わりません。65mmと50mmなのでそんなに違いがなくても驚きではありませんが、違った写りがすることもあるだけに、何かちょっとした違いが印象に差をもたらしているものと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 骨董文玩
 マネキンの次から大理古鎮に入っていますが、確かに古い街と言われると間違いはないものの、保存というのが徹底されておらず、ぜんぜん古くありません。もうこれは古鎮ではないですね。そして骨董屋が不自然に多く、偽のもので溢れています。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 烤乳扇
 学生の制服というものは中国では珍しいと思います。制服はなくて、体操服で外にも出歩くということが多いのです。ここは観光地なので気を遣っているのかもしれませんが、そうだとすると、気を遣うのはそこ?と思います。観光客がほとんど来なくなっていますが、これからもっと減ると思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 シルクハットの紳士
 物の質感を柔らかく捉えるので、こういう対象では持ち味がしっかり出ます。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 古い教会の壁
 大理古鎮で見ごたえがあるのはこれぐらいです。古いキリスト教会です。とても美しい建築です。しかしこれは見せ物ではなく、今でも礼拝に使われています。見せ物の方が破壊されてしまい、見せなくても良いものが本来の姿で保存されている、不思議な街です。ミステリアスです。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 大理好風光
 光が柔らかく廻ると、あまり特徴の無い安定した画に落ち着きます。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 鉄扉の錠
 扉はかんぬきなので、錠も特殊です。ここから手を入れてかんぬきを外します。肉眼で見ると汚い扉に過ぎませんが、こういうレンズで撮ると美しく表現されます。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 麻袋の茶
 茶が運ばれてきたままの状態で販売されています。このあたりは産地に近いので、こういうものがよくあります。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 正宗饼丝
 中国の伝統的な表示は、黒字に金、白地に赤といったものが代表的ですが、褪せた朱色に黒もよくあります。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 井戸
 こういう井戸は大都市の中でも平屋が立ち並んでいる界隈ではまだあります。だけど個人の敷地内にある場合が普通で、このように大通りの脇にあるのはなかなか見かけられません。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 正宗酸梅汤
 本来、観光客用だったと思われるこういう出店は地元の人が買うところになってしまっています。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 ヒトデ
 山奥の街なのに、ヒトデを売るなど場違いなものも見受けられます。こういうのを迷走というのでしょうか。大理がこういう状態になっていることは少し聞いていましたが、さすがにここまでとは残念です。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 短冊形メニュー
 これは何なのかよくわかりません。プリクラみたいなものかもしれません。記念写真だと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 手作りアクセサリー
 頑張っているのですが策がない、行き詰まった観光地を見るのはおもしろくないものです。シャングリラも大部分が火災で消失した現在、麗江がなければここを訪れる人はいないのではないかとさえ思いました。ともかく見に行ったので納得としたいと思います。

ライツ Leitz エルマー Elmar 65mm f3.5 禅
 最後にエルマー65mmの良さが出た画を掲載して終わります。

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