無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

世界の旋盤事情

レンズの鏡胴を作る機械 - 2013.09.20


 旋盤という機械があります。円柱形の材料をチャックに固定して回転させながら削るという機械です。基本的に回転させるだけです。高速回転している材料へ刃を当てて削ります。

 旋盤は一般の人が買うことがあります。市場にないものを自分で作るために購入します。中国ではほとんどの人がレンズのマウント改造のために購入します。日本ではもっと趣味が多用なのでいろんな目的で使われますが、やはりレンズの改造をする人がいます。その場合は卓上旋盤という小型の機械を買います。工場では小屋のような、工作中に安全ドアを閉めて自動で削るタイプのかなり大きな旋盤が使われています。

 旋盤は現在、英国、ドイツ、スイス、中国、日本などで製造されていますが、おそらく世界で最も優れているのは日本です。私の日本の実家の近くにもサカイレースという会社の工場がありますが、レースとは英語で旋盤のことです。ここも小型旋盤を作っています。それよりも同社はトヨビューの製造会社としての方が知られています。

 ここを読まれている方のほとんどは日本在住なので日本の事情がわかれば十分と思いますし、日本製は安価なものでも優れているので、マウント改造に使う程度であれば特に考えることはないと思います。しかしそこを安価に済ませることはできないかと考えて中国製に強い魅力を感じるかもしれません。このあたりの日本の事情はわかりませんが、中国の情報でも参考になると思いますので、途中、日本の情報も加えつつ調査結果をここで報告したいと思います。

 旋盤はまず重要なのは精度です。チャックという3つ歯の固定具で材料を固定しますが、これが安定して回転し、ブレないというのは重要です。公式スペックは、中国製は誤差0.02mmです。ドイツ製は0.03mmというのがあります。日本製は記載がありません。ドイツ製は卓上旋盤として販売されている一般の方が買われるモデルの数値です。中国製は卓上から工場用に至るまであらゆる旋盤が0.02mmで公表されカタログにも載っています。日本は小型機械でも無記載です。

 中国の私の家の近くは旋盤販売屋が密集している地域のようで、見に行くとたくさん並んでいます。問屋もあって、そういうところは箱を山積みにしているだけなので、直に旋盤を見ることはできません。見本をたくさん並べているところもありますので、そこへ百分計を持ち込みました。1目盛りが0.001mmというものです。卓上旋盤と言っても結構大きな機械もあって会社が商品開発部門に置きます。まずそういうものから一台を選んで測定します。誤差は0.2mm以上と出ました。チャックの締めつけを何度もやり直して最高精度を出してこれぐらいです。ちょっと悪いと0.5mmを超えるのは普通で、非常にやっかいな代物です。そして中国製の安価品、ヤフオクで数万円で売っているような奴を発見し、これも測定いたします。かなり低スペックモデルなので相当悪くなると予想されましたが、精度は0.2mm、ほとんど同じでした。店のおばちゃんは「当たり前や。中国でチャック作ってる会社は1つしかないんや。全部一緒や」と言いました。私が「工場の巨大機械もか?」と言ったら「そうや」と言いました。「それやったら、ええもんは作られへんな」と言ったら「そうや」と平然と言いました。この2つの測定した旋盤はいずれも西马特製でした。チャックの精度が悪いと偏心しますので、まっすぐなものは作れず、カメラレンズであればこの問題は致命的です。

 次に韓国製をターゲットにします。これは上述したサカイレース製のモデル名などが書いてあるプレートを交換して電圧を変えただけの日本製です。全く同じなのでバレバレです。私は「日本で買った方が安いのやけど」と言ったら、おばちゃんは「知ってる」と言ってそれ以上は口を閉ざします。これは日本で最も安価な部類の旋盤です。それでも中国に売らない程であれば、高級品は輸出禁止になっているのでしょう。安価品は韓国になら売るようです。それを中国に流してやっているようです。そこで私は後で家に帰ってからサカイレースに連絡し、電圧を変えられるか、中国に送れるかと質問を投げました。やはりどちらも不可でした。この旋盤も測定しました。誤差はわかりませんでした。つまり、百分計の針が全く動かなかった、精度はゼロだったのです。完璧でした。それも調整などせず、おもむろにチャックに適当に付けた標準材料でこの精度です。

 次にドイツ・PROXXON製の旋盤に移ります。これは日本では販売を停止しているようです。おばちゃんは「もうやめとけ。これは韓国のと中身は一緒や」と言いました。「日本製か?」と聞いたら「そうや」と言いました。

 もし旋盤の購入動機がレンズのマウント改造であれば、もう1つ考えたいことがあります。それは、ヘリコイドを作れるかということです。ねじ切りのピッチが幾らまでいけるのか、ということです。焦点距離が50mmのレンズ、ライカであれば無限遠から1mまでの伸縮を3mmとしますが、これを200度ぐらいの回転で到達させようと思えば、ピッチがだいたい5mmのネジを切れれば良いということになります。しかしそんなネジを切ると金属が分厚くなるので5条ぐらいのネジを切ります。1mmのネジを5本作り、トータル5mmの伸縮を得ますが、旋盤は5mmのネジが切れるスペックが必要です。こんな卓上旋盤はほとんどありません。安価なモデルは1.25mmが最高で、普通は2~3mmです。3mmもあれば高級モデルです。どうしようもないので、ヘリコイドは既製品で間に合わせ、それ以外を旋盤で作って連結させるということになるだろうと思います。そこをどうしても自分で作りたければ、二重ヘリコイドにすれば良いと思います。それでも標準レンズより短いものでないと無理だと思います。そこで望遠側にも対応できるものを探すと、少ないですがないこともありません。日本で買えて中国で買えないのは、寿貿易のUSL6というモデルです。70~140万円という高級品です。これは7.5mmまで切れます。中国で購入できるのはドイツ・WABECO社の製品で安価モデルのD2000は6mmまで可能です。7mmであればD4000です。価格は2,347ユーロ以上です。寿貿易よりは安いですが、これは東欧や中国のパーツを使っているとされており、ドイツで精度を出して出荷しているようです。WABECOは精度が0.03~4mmと若干劣ります。購入について調査するとドイツ本社からドイツ語で返信があり、アジア代理店は蘇州のIPSとなっていて価格はドイツ価格より高くなりますが、ここからしか買えません。本社は「日本に確実に着く」と保証しています。そこでIPSに問い合わせると、税金分の上乗せを要求してきますが「こちらは法人ではない」と言って税の分は拒否する必要があります。D4000の場合であれば価格は31600元に送料ですので参考にしてください。日本からの支払い方法などはよくわかりません。社長の馬氏はかなり丁寧に対応してくれます。

IPS Asia Ltd.
Herr Jun Ma
Xiangyang Road 53#
Xinchuang Industry Park
CN-215000 Suzhou New District
China

Phone: 0086-512-68080730
E-Mail: info@ips-sz.com

 このD4000ですが、チャックの精度は0.04mm以下という基準で作っているようです。精度は工場出荷時に記録され手書きで記入したものが添付されてきます。私が購入した個体は0.03mmと記載されていましたが実際は0.04mmというところでした。うまく自分で調整すると上げられると思います。日本製よりはかなり劣りますが、材料をひっくり返すと誤差が2倍になってどうしようもない中国製とは違い安定しているので、全く問題なく作業はできます。価格のバランスなど考慮すると経済的に余裕があればUSL6の方が良いですし、これはギアがレバーで切り替えられますので作業が楽なのですが、いかんせん重量が凄いので人力での家屋内への持ち込みは困難と思います。個人用としてはあまりに大き過ぎるかも知れません。D4000はネジのピッチを変える時にギアを交換する必要があるなど面倒がありますが、精度を必要以上に追求し過ぎていないことで価格を抑えるとか、重量も70kgぐらいに収めていることなど、ツボを突いたバランスの良い設計です。D2000は少し安いですが、ギアセットが別売り、右旋左旋でそれぞれ買わないといけないので結局は安くはなく、その上6mmまでしか届かないのでレンズ関係の工作であれば躊躇い無くD4000にすべきでしょう。

 ということで、ヘリコイドを自作で作るという目的がなければ安価な日本製で十分ですし、ヘリコイドを作る場合であればUSL6かD4000になります。ヘリコイドさえ作らなければ旋盤は安価なモデルでも十分作れますが木工用は使えません。旋盤は本体だけ買えば良いわけではなく、他にも考えないといけないことはありますが、旋盤だけに目を向けるとこれだけ考えれば十分と思います。

 他に重要な点はおそらく掘削刃(中国で「刀」ダオと呼んでいます)についてだろうと思います。既製品でいろいろ売っていますし、刃先のチップを交換できるものもあるので、そういうものを買えば簡単です。鋭度は結構すぐにへたりますので、チップ交換式でなければ自分で研ぎます。丸い砥石が回転する機械を買います。これは極力小さいものを買います。砥石の径が50mmぐらいのものが良いと思います。(一般的には125mm)小さいのは高いし砥石の摩耗も速いので不経済ですが、安全面と使いやすさには替えられません。研ぐ精度も重要なので、ここで節約すると結局節約になりません。面倒ですので、可能な限りチップ交換式で全部済ませたいところですが、いろんな特殊な形の刀を削れるとできることも多くなりますので結局自分で刀を削る方向に向かうことになると思います。どんなものを作るかも関係ありますが、刀を研ぐ作業は、一日作業していれば3~5回ぐらいは研ぐことになると思いますので旋盤作業では欠かせない重要な部分です。見本となる刀を置いておいて、自分で使う分は角材から削って使います。角材は安いし両端が使えますので、よく使う刀はあらかじめたくさん削っておけば作業途中で研がずにどんどん進行できます。最初は制作するものに合わせて各種の刀を削るのに丸一日を要すると思います。

 旋盤を購入する時に注意が必要なのは、この刀を固定する部分で度数計のついた回転できるものが必要ということです。刀を工夫すれば要らないかもしれませんが、極力あった方が良いと思います。材料の角を丸めたりする作業は結構多いので、有れば相当有用です。

 今回の調査でもう1つわかったことは、中国の工業製品の質は中国旋盤の質が関係しているということで、諸外国が中国に優良旋盤を売らないから製品も人材も質が高まってこないという事情がありそうです。輸出制限は日本だけではなさそうです。おそらく軍事上の理由があるのだろうと推測されます。ニコンのある一眼レフも通関禁止品目に入っているというぐらい厳しいものがあります。内部のモーターが優れていて軍事用途に転用可能だかららしいです。とはいえ一眼レフに使うぐらいですから、すごく小さなものです。これぐらいの理由で禁止になるのであれば、旋盤は当然無理だろうと思います。驚くようなものが通関しないということは結構あるようです。

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