無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

無一居がレンズを製造するまで辿った経過

レンズの製造地を探すまでの経緯 - 2014.03.15

 レンズの製造は非常に難しいので、途中でやめてしまわないように先に本Webページを作成しました。世間に宣言してしまうとやめられなくなるからです。自分の逃げ道を塞いでおかなければならないと思った時点で多難であることは予想できていたのかもしれませんが、当時はそこまで深く考えていませんでした。それは2012年1月末でした。当初の見通しでは例え多くのトラブルに見舞われても半年ぐらいで出来るだろうと思っていました。もしこれが一眼のレンズであれば3ヶ月でできるだろうとも思いましたが、一眼はフランジバックの制約があるので諦めていました。それで無理気味なのを承知でライカマウントにしました。予定の半年は結構な長さです。それで進捗状況を説明するページを特設していました。製造に関する一切が決まるまでに結局2年を要しましたので、その間の右往左往が記録されることになりました。トラブルの話ですから消してしまいたいところですが、せっかくなので再整理したいと思います。特設ページはただ単に現況報告だけのものですから業務連絡的な内容で、その背景まで説明していないことがしばしばです。それでわかりやすい説明を追記して進めていきます。後で追加した説明は小黒文字です。

12/01/31 設計の方は、交渉中にて募集を一時停止いたしました。この当時は幾つかのところが設計できるということで話し合っていました。すべて日本の光学会社で中国で生産することは考えていませんでした。この2年後に最終決定した会社ともこの時話し合っていました。2ヶ月後にはすべて破談しました。価格がどうしても合いませんでした。

12/02/01 まず最初に100本ぐらい生産しようと思っています。この方針は最後まで変更がありませんでした。販売できる数はどれぐらいなのかわからなかったので、数十個しか売れなければ100作ればしばらく在庫を持てるので良いだろうという基準でした。欲しい人に行き渡れば良いという考えでした。

12/03/17 「花影」を50mmから60mmに変更いたしました。当時使えるカメラでフルサイズはライカM9しかなかったので、90mmは諦め50mmで考えていました。50mmであれば距離計連動が容易ということもありました。しかし契約した工場が50mmだったら作れるけれどそれ以外は作れないでは困るので、焦点距離を少し伸ばすことにしました。

12/03/22 ついに日本での生産は諦めました。責任上、ここで理由を説明しておきます。数多くの企業に問い合わせましたが条件を提示しても相手側からは質問しか来ず結局「わからない」とか「このやり方しかない」と言われ選択肢がないか、全く何も決まっていないのに金額と最低製造本数の連絡が来るといったような有り様で致し方なく諦めました。きちんとしたところが見つかりません。やはり仕事である以上、収益が先にたってしまうのかもしれません。それはわかりますが、それより重要なことがあると思うのです。ついにやむなく中国で捜索を開始し、やはり予想通りいい加減なので提携不可もありましたが、基本的に海外からの受注で仕事に慣れているということで、こちらの要望に合ったものを誠実に作ろうと努力してくれるところもあります。日本のようにやり方を無条件で乱暴に押し付けて来ることがなく、もっと良い代換案などの提示も受けられます。民族がどうというよりも個人に寄ると考えた方がいいようです。中国は自国の特徴を知っているので、場合によっては台湾を使うとかの方法も含め、きちんとやっているところは真面目に取り組んでいます。何より社長がこのプロジェクトにどれだけ興味があるかがすごく重要で、そういうところと製品を練り上げたいと思います。場合によっては私も工場に入って開発しないといけないかもしれないので、すぐには製品化できないかもしれません。少し進んでいますが、しかしながら誠実に取り組んでいただけるところからのご連絡は常にお待ちしています。ここでかなり苦言を並べていますが、ましなところもあり、後に中国生産を諦めた時にすぐにまたその会社に連絡しました。否、問題ありなのはそれらの会社ではなく、こちらだったのです。ライカの復刻とかそういうものを作る体制になっていないところに依頼したので混乱があったのです。産業用以外のレンズは基本、作れないようです。ニコンやキヤノンは極めて極めて特殊ということで、同じ光学会社でも全く別物ということです。それと古いレンズの愛好家は光学界からかなり軽蔑されているらしいということもはっきり知りました。私がやっていることも間抜け扱いされ、確かに100しか作らなければ商業的に成り立たないので間違いではなく、正しいので反論はしませんでしたが、これでは難しいと思ったものです。中国については「何でもできる。対応できる」と大きく出るので話だけはスムーズなのです。この危険性は感じられたのでまだ他からの連絡を待つなどはっきりしない対応が続いていました。

12/03/23 製作していただける方(光学会社)ですが決定しました。発案から2ヶ月もかかってしまいました。だけどまだ開発があります。たいへんですが、おつき合い下さることになりました。これは深圳の会社ですが、まだ一部作って貰っています。安価でマニアックで人気がまるでない特殊なものは日本で作れないのでここを使います。対応する思いはあるのですが、いろんなものが付いてきていなくて作れないことがしばしばなのです。しょうがないと思います。

12/03/24 作っていただける方は、かなり気さくにいろいろ応じていただける方ですが、実は皆様もよくご存知のメーカーのラインナップの中で特に評判が高い単焦点レンズを作っておられる方であることが後で判明しました。楽しみになってきました。これはニコンです。社長はサラリーマン時代にニコンの各工場に何度も出張していた経験があって日本人に慣れているようでした。50mmの安価なモデルを作らせて貰っていたようです。

12/04/06 ここに来てまだはっきり決まっておらず、しかも日本のメーカーに変更する可能性も出てきました。もう少し話を聞いてから決定したいと思います。結局この時の社長の助言は正しく中国では相当に難しいものだったということが段々わかっていきました。彼の意見では日本でないと難しいだろうということだったと思います。

12/04/12 製造は深圳方面(3/23の工場)で確定的です。ここは日本を除けば最高水準の技術があり、すでに品質は十分なので問題が見当たりません。一方で設計の方は別問題であり、この人選が決まれば製造開始できる状態です。そこに製造ラインもあればそのまま使うことが考えられるので日本製に変更される可能性もあります。この会社はガラスは問題ありませんでした。ただ胴体が問題で、そもそもこれまで作っていませんでした。作れる人がいるので呼ぶということでした。これが誤算だったのですが、この時はまだわからず、その一方、やっぱり日本に未練があるという状態でした。

12/04/26 設計はだいぶん出来てきました。当初の予定より若干の仕様変更があるので、その辺の説明、設計の根拠などは試作OKの段階でご説明することにし、その後このページは不要なので消滅いたします。皆様もすでにご存知のように、ベレクは設計や材料の選択でギリギリの選択をしており、使用硝子は今日の基準でも高スペックです。製造方面への要求もかなり手間がかかる、コストがかかることも要求しており、見た目の設計の単純さからは窺えない苦労があります。今回は基本的に復刻ですが、焦点距離を変えた時点で同じものではありません。その中でオリジナリティを維持しつつ、時には枠を超えるかどうかというせめぎ合いが生じてきて、それでもベレクの仕事にまだ改善の余地があるなら、枠を超えなくても十分に可能なのですが、コンピューターで計算しても際どいところを突いていることが判明したので、時に選択が強いられ、それらはなるべくベレクの思想を反映する方向で決定しました。そのあたりの概略、特に枠越えするかしないかの部分は興味深いところなので、一通り説明することになると思います。製造方面での決定についてもご説明します。設計師は上海人を見いだし、これで前進しましたが、そううまくはいきませんでした。彼の鏡胴はあらゆる製造会社から「問題が多過ぎて製造不能」と言われました。結局、全く使えませんでした。光学設計についてはこの段階では右往左往があって60mmに縮小するのが難しかったのですが、後に最適解を見いだすに至り、口径を維持することに成功しました。それで無理なく結論に達することが出来、特別説明することは結局なくなってしまいました。

12/05/08 現在の製造ロードマップによれば、試作の完成は5/31~6/1ぐらいというところです。販売は6月中か7月だろうと思います。他所から臨時で獲得した技術者が責任感のない人物で、社長がなんとか働かせていましたが、後に力尽きます。社長は彼を成功させようと援助していましたが、私が反論し「あなたがそうするから彼は駄目人間になっている」と言いました。「彼は仕事を仕上げていないのに、あなたは金を払いましたね」とも言いました。そして「やらなくてもくれてやるんなら仕事はどんどんしなくなるよ」と言いました。「あなたのせいで彼は社会で生きていけなくなるよ」とも言いました。ちょっと言い過ぎたかもしれませんが、私は彼の作ったものは販売できないと思いましたのではっきり言いました。

12/05/29 恐縮ながら開発は7月までずれ込みそうです。量産の完成と販売開始までは8月後半というところです。コーティング有り無しの2種になりそうです。心配なのは価格もあると思いますが、皆さんが考えているよりは安くはなりそうです。まだはっきりしていません。ずれ込みと迷走はこの後も続きます。そもそもライカのレンズが難し過ぎたのが最大の理由でした。

12/06/15 花影のf値を2に変更しました。光学設計はまだこの時は結論に至っておらず、迷走中でした。

12/07/10 さらに予定よりもう少し遅くなる可能性があります。社長が呼んだ工人に問題がある匂いを感じたのはこの頃です。

12/08/08 まだまだ遅くなります。ここ2日は私も工場に行って開発に参加していましたが、光学部分と機械部分をまだ詰める必要があります。試作のテスト段階からまだ進んでいません。これは開発のために深圳に行ったというよりも、私が到着した時点で試作品ができている約束でした。その上で検討するということでしたが、検討すらできませんでした。これとは別の問題として光学設計も問題がありました。

12/09/01 65mmに変更されました。これはもういいでしょう。

12/11/19 60mm f2.2に変更されました。まだ時間かかります。(予告を省いて突然販売開始もあり得ます。だいぶん佳境に入ってきているところです。)光学設計で最終回答を得たのはこの頃です。収差配置について私が一番わかっているのですから、私がやるとオリジナル通りに収まります。これは他人に任せないことにしました。

13/05/02 これだけ長期間完成しないということで苦情もいただいていますので、真面目に進めているということをご理解いただこうということで写真を公開です。試作品なので真っ黒ですが、製品は真っ赤になる予定です。苦情というより、私が力尽きていないかを問い合わせるメールが多かったので追加しました。何だか進捗状況が中途半端なので何と言おうかと思いましたが写真を載せることにしました。この写真は皆さんが受け取るものとは違うのでもう見なくてもいいでしょう。この鏡胴は別の会社が作ったものですが、これも結局は駄目でした。

13/06/17 外観は赤ですが(簡単に言うと)かなりおかしくなってしまうということで結局「烤漆」となり、これで赤にするのは行けそうです。良い物にはなりましたが、コスト高の要因は他にもあるから烤漆をやめたぐらいで焼け石に水であるし、かくして当初の目標の販売価格3万は全く無理になってしまいました。刻印もライカと同じ彫込填塗料烤焼です。私の考え(皆さんもだいたい同じように考えられると思いますが)一般の人に普通に使って貰う最大限度額はおそらく3万円です。これを越えると買えない人が増えると思います。しかし全然無理でした。本当に必要としている方にしか販売できないのは最初の考えとは違うので遺憾ですが、とにかく今回はこのようにさせて下さい。もちろん日本製造も3万円で考えていたわけではありません。5万円が目標でした。無理だったので中国に移動し価格を3万円目標としました。しかしこれも無理でした。

13/07/27 「花影S1」はまだ完成できず、先に「湖楼X1」の方から完成させた方が良いという考えになってきています。しかしS1も進めていきます。S1をM39とし、これにニコン、キャノンEOS、L39のマウントを付け替えられる3マウントセットを検討しています。進展しましたら追記します。この頃に鏡胴は駄目だったことに気がつきました。湖楼は鏡胴がより簡単なのでこれから作ろうという考えになってきました。L39マウントを後で考えることにして一眼で先に販売する見切り発車を考えていました。

13/08/19 無一居開店から一年半以上経過し、予約もいただいているのに、まだ商品はできず、それでも小店は「できる」と言います。しかし皆さんに考えていただきたいのは「おおかみ少年でも3回目は本当だった」という点なのです。その"3回目"はいつなのでしょうか。それは置いておいて本題に入りますが、皆さんはこの下の新作レンズの写真を見てどう思われますか。黒いのでわかりにくいですが、現代レンズでもないし、かといってどうということもありません。戦前の感じが欲しいので止めます。S1はやり直します。一つ一つの段取りに時間はかかるので、無駄のないよう同時に2つ進めますが、そうするとX1の方が速そうです。S1はキャノンはミラーに当たりそうなギリギリのところなので今回は一眼は諦めるし、X1はライカでも内部に潜り込むパンケーキ型なので一眼は絶対に無理です。試作の最終OKは、それと同時に金額が出るので、次回はその頃に追加できればと思います。この頃、製造を他人に任せては製品はできないと考えるようになり、旋盤工を北京で見いだして彼に製造させることにしました。それで何でも自分の思う通りのものが挑戦できるようになりました。

13/09/29 「湖楼 X1」は中国市場向けにゴールドを用意という最近流行り?のモデルを作りたいと思います。とはいえ材料は銅なので剥き出しのままでOKです。他には総ブラックは必要と思いますし、それ以外にも2モデル用意します。1つは女性向けでピーチです。もう1つは基調モデルなのでもう少し練り上げます。材料はいずれも人工漆です。予約は必ず色をご指定下さい。しかし現段階では変更の可能性があることもご了承下さい。限定等の世故い商法は小店の考えに合わず、欲しい方にはもれなく配布する方法を極力堅持しますが、人気がないが作ってみたいモデルがあったら数を制限して出すということはあるかもしれません。特注などのご要求はしばらく落ち着くまで勘弁して下さい。何しろ、小店はいまだに1つの商品もないのです。湖楼はまだ中国でやろうとしているので、これは変更ないですが、果たしてカラーバージョンに対応できるかわかりません。受注生産なら可能かもしれません。これは数を制限しないと難しいと思っています。

13/10/05 「花影 S1」は60mm f2.4に最終決定となりそうです。焦点距離は実際には60mmを若干越えます。距離計連動との関連でこうなります。尚、S1はニコンとキャノン、M42についても供給できそうですが、先にライカを作ります。ライカは融通が利かないため、先に確定させてから、それを一眼に適用することになります。P1も光学設計のみほぼ完成で、50mm f1.9となります。P1はライカのみです。P1以降は商品が完成してから発表することにします。様々なレンズ構成を楽しむ場合、一眼というのは不自由です。中望遠より長いものでないと使えません。P1は発表してしまいました。

13/11/28 驚かれるかもわかりませんが、ついにS1は日本製となりそうです。しかも高額にならずに妥当なところで収められそうです。実現すればこれまでの長期の努力が報われます。しかし鏡胴は依然中国製です。店主も製造に関わっているので完全に中国製というとどうかと思いますし、工作機械はドイツと日本のものですから、中国製というと違和感がありますが、製造地は中国です。鏡胴を中国で作るのは結局無理になりますが、そもそもCNCを使っていない時点でたいへん過ぎました。最終的に完全日本製に移行します。

13/12/10 S1は日本製となることで決定です。X1は中国製です。そしてS1は一眼用への供給を諦めました。ライカは予約があるのですが、一眼は全くないということと、一眼用のフランジバックを確保する無理をしなければ、口径をf2.2まで上げることができたからです。徐々に迫って、オリジナルに相当近いものになっています。中国は仕事が日本の10倍かかりますので、X1はいつできるかわからないというこれまでの説明をここでも繰り返すしかありません。S1は日本ですので、先に仕上がると思われます。関わっている中国人はついに1名、旋盤工のみとなりました。彼が陥落したら、全部日本製になると思います。一眼はフランジバックが足りないので難しいものがあります。無理して合わせて光学設計にしわ寄せが出るのは好ましくないので一眼は諦めました。ニコンは無理ですがキヤノンは作れると思います。しかし要望がほとんどなく製造は困難と思います。キヤノンマウントを買いたい人は私を支援したい友人らぐらいですが、彼らはレンズがどんなものかに関わりなく何でも買いますので、事実上要望ではないのです。予約も一切しておらず、余ったら買うぐらいの感じなので、要望という観点からは計算に入らないのです。彼らはレンズではなく、私が作ったものが気になるだけなのです。レンズは結局高くなってしまったので、私は販売を断ろうかと思っていますが、彼らにとっては高くないだろうと思います。中国は貧富の差が激しいのでこういう感じなのです。

13/12/17 量産の組立に関する問題で生産地表記に影響が出ています。詳しくは「作っていただいている工場」のところで説明しています。組立ていただける予定だった日本の会社が仕様を見て断るなど、あちこちから嫌われている現状のため、表記に影響のあるこの工程の顛末を説明しています。日本でも難しいのに中国で作れるでしょうか。自分のやってきたことに呆れました。この「作っていただいている工場」のページはなくなりましたが、内容はこの下に残してあります。東京の製造会社は都合でWebに記載できないので詳細を載せられません。

13/12/19 最低限、年内に予約いただいている分は一回目の入荷でお届けできるようにいたします。この時、本当に100個作れるか不安になり、とりあえず予約分は用意しないといけないと思って無理のない個数しか受けていなかったこの頃に断わりを入れることにしました。しかしこの後、1月の帰国時に東京へ行き、その時に全面的に東京で作ることに決まりました。

14/02/18 これまで迷走を続けてきたレンズ製造ですが、特に中国人顧客から中国で製造することに対する反発が強く「日本製を買いたい」という苦情が多いとか、それ以前に中国での製造でいろいろ難しい問題も出てきたので、結局東京に発注する方向で進めています。ここは試作専門の会社なので量産は行いませんし量産を作る人員もいませんが、少量生産ということで無理をお願いし研究員の方が製品も製造することになります。パーツの海外発注などはなく、すべて完全に日本製となります。ただ外面処理と文字打ちは外注で、現在関東が大雪なのでこのあたりの見積もりが遅れています。もしこれで確定できるなら商品は立派なものができますが、小店が求めていた手工生産的なものはできません。これは諦めるということをすでに東京の光学会社に言ってあります。しかし実際にはほとんど手工生産なのです。このような経緯から、もしこれで確定させるなら価格は安いと感じられるものにはなりそうもありません。一方で一般の販売ルートを使わず、小店が自前で販売するのでそんなにも高くはなりません。中途半端なところで落ち着くと思います。手工生産は諦めるということですが、ぜんぜん問題ないような気もします。漢字の文字打ちは毛筆などを採用すると不鮮明で良くないということだったので私が自分で書き、それをフォントファイルに落とし込んで提出したらOKでした。西洋のものとは違うものができると思います。

 ここまでで、これまでの流れを説明しましたが、作っていただく光学会社について少し説明しておきます。ここはWebに記載できませんが、東京都内にあります。試作専門なので一般の人には有名ではありません。試作を中国で作るのは困難で、この分野は中国からさえ日本に発注があるほどなので、この会社だけではなく、日本の多くの光学会社が試作を手がけています。私はあちこちから馬鹿にされた対応を受けていた件については上述していますが、この東京の会社はそうではなく、しかも何でもよく知っています。プロだから当たり前では?と思うかもしれませんがそうではなく、結構どこも外注分担に頼っていて総合的に理解しているところはありません。だから私は馬鹿にされているのではなく、彼らは自己防衛のためにそう振る舞っているのだろうと思っていました。突っ込んだ質問をして確認するとおかしくなるからです。東京のこの会社はそうではなく何でもわかります。奇妙な会社だと思って、他社より高いですがお願いすることにしました。そして話を聞いていると、旧富岡光学(後の京セラ)出身者による設立ということで、なるほどそれは何でも知っているはと合点がいきました。コンタックスの鏡胴を設計しておられた方まで在籍しています。コダックのデジカメを製造していたのも富岡光学なので、当時日本で最高の技術をもったOEM会社でした。我々オールドレンズ愛好家の間では富岡というとすでに伝説ですが、その伝統がまだ残っていたことに驚きました。日本の佳きものの内、無くなったものの1つと思っていましたが、そうでもなかったようです。そういう凄いところにレンズを作っていただくのは恐縮ですが、日本の伝統を維持する観点からも提携できたのは良かったと思っています。中国で駄目になったのも良かったかもしれないとさえ思っています。私自身も富岡の偉い人と話しをさせていただくとは思ってなかったので度肝を抜かれました。全体的にそういった面子で作っていますので楽しみにしていただけたらと思います。さらに続いて以下は旧富岡さんで作っていただくと決まる前の段階の時期に策定していた方針です。そのまま残しておきます。東京というのは旧富岡です。某有名光学会社は鳳凰光学です。

 設計や製造は様々な段階がありますので、どこが担当したのかを下のリストで明確にしておきます。「無一居」と表記されているのはつまりこういうボケ玉中心の製作では私が口で概念を言うだけでは専門家は誰もわからないことから私が大きく関わる必要があり、ほとんど私が自分で作っていると言ってもいいぐらいですが、しばしば硝子製造会社の設計師と話し合って最終決定しています。そういうものを「無一居」と表記しておきます。さらに「北京」とあるものは私が作った工場が北京にあるということです。鏡胴はおそらくガラスよりも難しく、しかも私がレンズという精密機器に対して手工感を求めているので、どこも呆れて作ってくれず、その一方、私のやりたいことを理解した職人を見つけたので自前生産となったものです。「某有名」と「東京」については言ってもいいのかわからないので一応伏せておきます。可能であれば明記します。「深圳」表記は以下の写真で紹介している工場です。日本製か中国製かの区別はフランジに打ち込んである英語表記でわかります。

  1. 光学設計:無一居
  2. 鏡胴設計:無一居
  3. 鏡胴製造:北京・中国
  4. 鏡胴打標外面処理:北京・中国
  5. 絞り製造:某有名光学会社のストック
  6. ガラス原器製造:東京・日本
  7. ガラス製造:深圳か東京
  8. コーティング:深圳か東京
  9. 組立:無一居


 組立は「無一居」となっています。これがまた難関で(というより全工程が難関ですが)レンズの組立というと反光処理をして鏡胴にガラスを放り込んでいく工程を「組立」と言っています。この段階で調整などする組立会社はほとんどないらしいです。組立調整をやっているのは、大きな光学会社の中だけのようです。しかしそれでは困る場合があります。というのは、無一居では幾つかの企画をすでに公開していて、まだ他にもありますが、これらの多くは結局、コストを度外視して生産できた時代のもので、それもある程度の規模の会社が作っていたものですが、それらは調整せずに済ませられるものが少ないからです。実際には現状の取り巻く環境を見ると製造困難に変わってしまっているものがあるようです。組立関係の問題がその大きな1つになっています。だからこれらに近いレンズは新規に販売されず、そのため皆さんはこういったレンズを高額の出費を伴っても古いものを買わなければならなくなっているのだろうと思います。ライカはレンズ内部に調整機構を加え、専門の作業員が調整して出荷しています。簡単そうですがそうではありません。無収差のレンズならともかく、微妙な位置に収めるものを作るのにどのように作業員を育成するのでしょうか。ライカが今主にどこで組み立てているかわかりませんが、少なくともこういった作業は発展途上国の教育レベルでは無理です。だから高いのだと思います。そう考えるとコシナあたりがやっていることと彼らの価格設定は驚異的なのです。おそらく日本人以外には無理でしょう。無一居のレンズは調整せずに済ませられるならこの問題を躱せますが、それでは絶対に無理な難物が結構あります。どうしたらいいのでしょうか。自前でやる以外、方法がなくなってしまいました。ここで言ってもいいのかわかりませんが、内容的に問題ないと思うので書いてしまいますが、以前に鏡胴の件で壁に当っていた時にMS OPTICAL R&Dの宮崎社長に電話したことがあります。社長の説明では、サラリーマン時代に設計部門にいたから鏡胴が設計できるし旋盤も使える、そうでなければ無理、というようなお話でした。その宮崎さんが組立調整をご自分でやって出荷されているということはおそらく、ご自分でやるしかなかったからだと思われます。よく見ると無一居も宮崎OPTICAL R&Dと似たような生産分担の流れになってしまっています。このことは皆さんの中にも同じようなことをやりたいと思っておられる方はおられた場合、参考にしていただける点です。無一居が、つまり私が組立する場合、無一居のレンズの生産地表記はどうなるのでしょうか。最終組立地がMade in ....となる表記は法的に必要なのです。私が日本で組むと、すでに用意している印が「Japan Made」というのものがあるのでこれを使うことになり、その一方は「China Made」です。イメージが違い過ぎますが中身は同じなのです。日本販売分は「Japan Made」印を打てるようにします。同じものに違う印を使うのは何となくアンフェアな感じがしますが、どうしようもないので先にここで事情を話しておきます。

 そして「印」というものについても説明しなければなりません。金属に文字を打つ専用機械があります。或いはNCフライス盤を使って文字を削ります。こういったもので制作した文字を、手工に拘る無一居が受け入れられるでしょうか。でも使わないわけにはいかないので人の手で書かれた文字を画像として、それを打ち込むことにします。しかし画像が小さ過ぎて結果が良くありません。困りました。ある日、北京市バスに乗りました。車内には手すりが張り巡らせてあります。その手すりに打ち込んである刻印を見て「これは使えるのでは?」と思いました。それはハンマーで叩いて型押しするものでした。指輪などの内側に打ち込む刻印と同じ方法のものです。そこで宝石商関連のところに連絡し、文字を画像に変えたもので鋼印を作れるか聞きますと「可能」ということでした。これを作って貰い、早速ハンマーで金属に叩き打ち、そこに塗料を埋め込みますと奇麗に文字が現れました。焼鏝みたいでアジアの雰囲気がプンプンします。ますます"精密機械"という従来のイメージから逸れますが、構わずこれを採用することにいたしました。一般に販売されているレンズで漢字表記のものはほとんどないと思います。古い日本中国製であればありますが、見られたことのある方は格好が悪いというイメージがあると思います。そういう理由で現代では漢字表記を作っていないのだと思います。コンピューターを使ってもアルファベットであれば様になるのですが、漢字は駄目なのです。そこをどうしても漢字で解決したいと思ったら鋼印打ちしかないかもしれません。漢字は東アジア人だけではなく、世界中の人が好きということや、むしろ外人の方がアジア人にはアジア固有の文化を感じさせるものを作って欲しいと思っているので、漢字を表現するためにアジア人なりの回答を見せて欲しいと望んでいます。鋼印なんかで打てば、文字は完璧に整列しないので21世紀のものとは思えませんが、拘りがあって良いと思います。もし「アラビア人の最終回答」といったような自信満々のキャッチフレーズで、手彫りのアラビア文字が刻まれたレンズが出てきたら、皆さんはとりあえず輸入商社に電話して話を聞かなければならない焦りに駆り立てられると思います。一週間後ぐらいには自ら撮影した傑作をブログにアップして、冷静さを装いつつクールにうんちくを垂れていると想像されます。こういうエンターテイメントもまあ良いのではないかと思うのです。(注:勘違いのないように釘を刺しておきますと、アラブ圏でレンズは生産していないと思います。)そこで、ある会社が助太刀したのがこの図です。アラブではなくイスラム圏ですが、しっかり彼ら好みのゴールドに仕上げています。そしてまもなくここも追従しますが、やはりこれもゴールドです。確かローライを作っていた筈のこちらも後を追います。さらに大きな所も追随し、おそらくこれで終止符が打たれています。

 話を戻しますと、レンズを生産するというのはすごく難しく、そのためこのように自前で作らなければならない部分が出てきたりしています。世界のレンズの生産は東アジアに集中しており、超精密なものから安価なものまで作れないものは無いほどです。それなのに自前生産に追い込まれるのは不思議ですが、結果的にそうなりました。無一居は生産数が少ないので大きな会社は相手にしてくれません。追い出され続けた結果、中小企業と話し合うようになります。彼らはできることとできないことがあり、できることは専門的に特化していることがほとんどです。彼ら曰く「クライアント(つまり有名光学会社)はごく一部の仕事しか依頼しない。コピーや技術の流出を恐れて、何の部品かも言わないことさえある」というようなことを言います。そして「あなたの仕事は何をやるのか全体がわかりやすく図面もきちんとくれるのでやりがいがあっておもしろいが残念ながらこれら一括でやらせて貰ったことが今まで全くない」とも言います。これは日本も中国もほとんど同じ状況です。私は中国人に「あなた方は儲かると思ったら横流しするやろ」と言ったら「他社は絶対やる」と自信をもって言います。私は「実際、信用があったら幾らでも仕事来るのと違うか。富士康(注:日本では鴻海 ホンハイと言う)見たらわかるやろ」と言ったら「あなたは弊社を信用できないのですか。弊社の必死の努力が・・」などと言って怒ります。それで私が「努力したらだいたい何やっても許されるという考えはあるやろ」と言ったら小さな声で「有」という人は結構います。だから製品とかサービスに問題があるんじゃないかと思います。私は努力ではなく、結果がすべてということを理解して貰うように話しますが、かなり難しく、そのため関わる人は少数になりました。生産数は落ちますがしょうがないと思います。一方で日本では特注のレンズを請け負う会社があり、官公庁や企業から特殊なレンズを依頼されて製造しますので一括してすべて手がけられるという所が幾つもあります。こういうところに相談すると恐らくですが、だいたいのものは作れると思います。この場合、今のところ5社にS1の見積を依頼しましたが、金額は全部同じで10万円 x 100個でした。これは作るだけでこの価格なので、ここからもっと金額がかさんできます。そうするとライカキノプティックの価格設定が理解できるような気がします。問題なのは、無一居のレンズがすべてこのような要求水準にないということです。どうしてもコストがかかるものとそうでないものが混在しているのです。その幅も小さくはないので一社ですべてを請け負えるところはないということになります。こういった難しい問題が基本的に自前生産、ある時には外注といった使い分けに繋がっています。しかしこの問題は鏡胴関係についての話で光学ガラスは関係ありません。レンズは意外と簡単に精度の高いものが発注できます。

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