無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

欧米ライカマウント・ノンライツレンズリスト

ライツ製以外の39mmスクリューマウントレンズ - 2012.06.03


 ライカだけでなく、ライカコピーのボディに着けるために製造されたもの、39mmマウントのものも含めます。参考価格も掲載している場合がありますが、個体数が少ないものは必ずしも平均的かどうか疑わしいものもあります。尚、掲載価格はライカマウントのものであって、其他のものであれば価格は急激に下がります。見つかった個体や資料がありましたらリストに加えていきます。ロシア物はリストに含めていません。残りは中国と日本だけですが、中国は少ないので最後にリストを加えておきます。

ドイツ

Emil Busch エミール・ブッシュ

 18世紀末創業のドイツ・ラテノウ Rathenowの光学会社です。戦前に有名なソフト・フォーカスレンズ、ニコラ・ペルシャイド Nicola Perscheidを生産していたことで知られています。後に社名がROJA(Rathenower Optische Institute)となり、そしてエミール・ブッシュ株式会社と変更され、現在は眼科用機器を製造しています。

Glyptar 35/3.5 テッサー型
Glaukar 75/2 トリプレット型
80/2 距離計に連動するものとしないものがある


Goerz ゲルツ

 エミール・ブッシュでの見習い期間と独立後の別業種の経営を経てレンズ製造に取り掛かり、カール・モーザー Carl Moserを設計主任としてラピッド・レクチリニア Rapid Rectilinear、パントスコープ Pantoskop、リンカイオスコープ Lynkeioskopを製造していました。モーザー(1858-92,享年34歳)が亡くなった頃、27歳のエミール・フォン・フーフ Emil von Horgh(1865-1915)が新設計を携えてツァイス Zeissの門を叩きましたが門前払いを喰らい、当時まだ設立4年に過ぎなかったゲルツに行くとすぐさま新設計主任に着任して新設計のレンズを発売しました。これが傑作の誉れ高いダゴールです。後にコンテッサ・ネッテル Contessa-Nettel、エルネマン Ernemann、イカ Ica、ツァイスとの間で合併し「ツァイス・イコン Zeiss Ikon」となりました(1926年)。しかしウィーンとニューヨークの支店には今もゲルツの名称が残っています。

 アポゴール Apogor(米特許 US2260368)はゲルツ・アメリカが製造したエルノスター型で、これを広角と標準に使っているのは興味深いと思います。キノ・ハイパーは試作が作られ1925,26年頃に販売が検討されたようです。

Apogor 35/2.3
Apogor 50(2")/2.3
Kino Hypar 55/3 プロト?


Zeiss ツァイス

 世界の光学界の巨人です。(以下、写真左から)カール・ツァイス Carl Zeiss、エルンスト・アッベ Ernst Abbe(アッベ数とはガラスの逆分散率を示す単位)、フリードリッヒ・オットー・ショット Friedrich Otto Schott(ショット社はガラス製造会社)の3名の研究によって作られた画期的なイエナガラスのラインナップは現代でもスタンダードであり、光学の基準として時代を経てもその価値が減じることはありません。世界の光学会社へ、果ては日本に至るまでガラス材を供給していたことで、世界の光学発展に及ぼした影響は計り知れないものがあります。「搾取する経営者と奴隷のような従業員」というこれまでの企業のあり方を根本的に変革した世界で最初の会社とも言われており、ツァイス社が策定した斬新なルールと概念は今日、現代のあらゆる企業において当たり前とされています。

カール・ツァイス Carl Zeiss、エルンスト・アッベ Ernst Abbe、フリードリッヒ・オットー・ショット Friedrich Otto Schottの肖像

Hologon 16/8 ライカMマウント
Tessar 28/8
Herar 35/3.5
Biogon 35/2.8
Biometar 35/2.8
Sonnar 40/2.8 ローライ用の転用,4群5枚
Tessar 50/2.8
Sonnar 50/2 8万
Sonnar 50/1.5 10万
Biotar 50/1.4
Sonnar 58/1.5 10万
Sonnar 60/1.5 10~15万
Sonnar 70/4
Biotar 75/1.5
Biotar 80/2
Planar 80/2.8 ローライ用の転用,ヘリコイドの交換でニコンFにも可
Sonnar 85/2 10万
Triotar 85/4 8万
Biotar 105/1.5 プロトが1本のみ,ノンコート,絞り無
Sonnar 135/4
Triotar 135/4 8万


Meyer メイヤー

 20世紀始めにツァイスの光学技術者だったパウル・ルドルフ Paul Rudolphを招いて製造したキノ・プラズマット Kino-Plasmatが有名です。戦後は東独で比較的安価なレンズを製造していました。描写については古典的ドイツ光学の源流地を辿るを参照して下さい。

Makro-Plasmat 35/2.7
Weitwinkel Doppel Anastigmat 40/4.5
Kino-Plasmat 1 5/8"(40)/1.5
Makro-Plasmat 50/2.7
Primoplan 50/1.9
Kino-Plasmat 50/1.5 1000万?
Primoplan 58/1.9
Kino-Plasmat 3"(75)/1.9
Kino-Plasmat 75/1.5
Primoplan 80/1.9
Trioplan 100/2.8 10万
Trioplan 105/4.5 18万
Trioplan 4.25"(105)/2.8
Makro-Plasmat 105/2.7 120万
Trioplan 120/4.5 10万
Tele-Megor 150/5.5
Tele-Megor 250/5.5


Astro Berlin アストロ・ベルリン

 あらゆる意味でドイツを体現したレンズメーカーです。その名の通り、天体用望遠レンズの製造から始まり、やがて世界最高峰の映画用レンズも作るようになりました。そのガラスの中にドイツ帝国主義の精神を宿し、電撃的な浸透力と毅然とした佇まいによって、あらゆる映像芸術の頂点に君臨するものです。悠揚迫らざる風格が高い求心力をもたらし、漲る力によって神聖さと偉大さを共に戴冠しているように見えます。とりわけ、タッカーは他に並び無き傑作です。天体用ファーンビルトリンゼはナチスによってミュンヘンオリンピックで採用され、映像は世界に配信されました。全リストと解説は確立されたリストを持つアストロ・ベルリン、描写については写真の中に桃源郷は見いだせるか7~9、幾何学計算に基づいた世界初のレンズ3~4を参考にして下さい。

Pan-Tachar 28/1.8
Astan 33/3
Pan-Tachar 35/2.3 40万
Astan 50/3.5
Pan-Tachar 50/1.8
Pan-Tachar 50/2.3 40万
Pan-Tachar 55/1.8
Gauss-Tachar 75/2
Kino VII 85/1.4
Pan-Tachar 100/2.3
Ostar 125/3.5 ビゾ付
Pan-Tachar 125/2.3
Portrait 150/2.3 ビゾ付
- (180)/2.3 刻印が全く無い。軍事用
Portrait 200/2.3 ビゾ付
Fernbildlinse 300/5
Fernbildlinse 400/5 ビゾ付 40~50万


Askania Berlin アスカニア・ベルリン

 超望遠ミラーレンズを得意にしていた会社のようです。以下のレンズはライカに使うアストロのイデントスコープ Identoskopというレフレックスハウジングに取り付けるためのものだったようです。同社は1871年創業という長い歴史を持っており、ツァイスの技術者が独立してドイツ海軍に光学機器を納入したのが始まりです。今でもライセンス供与の形で存続しています。航空関係のグッズを作っている模様で腕時計がメインアイテムになっているようです。そうであれば、同社のミラーレンズは航空写真用なのかもしれません。望遠レンズが得意ということは1922年に同じベルリンで創業したアストロ・ベルリンとの関連が疑われます。アストロも創業当初は望遠レンズ専門でした。アストロ創業メンバーの一人でインド人のグラマツキ Hugh Ivan Gramatzkiは1932.11.24にミラーレンズの特許(独特許 DE565868 DE568058)を取っています。しかしアストロにはミラーレンズのラインナップはない筈です。アストロの方向性とは違うので、製造をアスカニアに委ねたのか、或いはアスカニアから設計の依頼を受けたものかもしれません。アスカニア社もミラーレンズで1933.02.18に特許を申請しています。(独特許 DE646946)

LR-T/PL 420/2.7
LR-T 480/4
TE-N 600/11
TE-N/PL 925/16
EX-T 1250/22
EX-T/PL 2000/32

 以下の映画用のレンズのライカマウントも確認されています。

Kino-Anastigmat 50/1.8


Piesker ピエスカー

 戦後西ベルリンにあった光学会社でOEM製造した商品を主にアメリカに送っていたようです。レンズの供給元はメイヤー Meyerとアストロ・ベルリン Astro Berlinの可能性が高く、他にもあったかもしれません。ここにリストするものは距離計に連動しないM39のものかビゾフレックス Visofrex用です。

Voss 135/3.5
100/2.8
Votar 135/3.5
Picon 135/2.8
Tele-Votar 180/5.5
Tele-Picon 250/5.5
? 250/4
Picon 400/5.5


Schneider シュナイダー

 ツァイスに並んでドイツの大きな光学会社だった同社はその歴史を語るだけで1冊の本ができる程です。世界のあらゆるメーカーにレンズを供給していました。その特徴は「薫りなき清らかな水」のごとくで飾りがなく、それゆえに撮影家はシュナイダーレンズの仙術を思わせる表現を通して写真の要諦を体得できるとさえ言われています。描写については写真の中に桃源郷は見いだせるかを参照して下さい。

Super Angulon 21/4 純正扱,20~22万
Xenogon 35/2.8 4群6枚
Xenar 50/2.8
Xenon 50/2 沈胴,15万
Xenon 50/1.5 戦前ライカに提供したものとは別に、戦後にも同スペックで供給 100万
Xenon 80/2
Xenar 105/4.5 2~3万
Xenar 135/3.5
Tele-Xenar 135/3.5 3万

 以下はMマウント・ライキナ(8mm)用。イメージサークルが狭く、スチールでは使えません。

Macro-Sinegon 10/1.8
Optivaron 6~66/1.8


Isco イスコ

 シュナイダー傘下のレンズメーカーです。しかしシュナイダーより幾分鋭利だと評価されています。割と安価なカメラへレンズを供給していたようでおそらく「シュナイダー」銘を入れるのを躊躇われるものに使った牌だと思います。シュナイダーはレンズのOEM供給会社で独自の個性は持っていますが、一方で各社の要求に対応していたようなところもあるので、クセノン1つ取っても描写がいろいろあります。しかし根本は譲れない、筋が通ったものを持っています。対するカメラメーカーはいろいろ要求があるので、シュナイダー独自の味そのものを否定するようなことを言ってくることもあります。そういうメーカーというのは拘りもなかったりするので「イスコでどう? 安いよ」などと提案し成約に繋げていた可能性があります。70年代に他社へ売却されましたが、現代でも映画用レンズを生産してしぶとく存続しています。

Westar 50/3.5 レクタフレックス Rectafrexから発売されていた大きなライカマウントカメラ レクタ Rectaに付けられていたレンズ


Roeschlein ロシュライン

 第二次大戦後にシュテファン・ロシュライン Stephan Roeschleinによって設立された光学会社です。ロシュラインは戦前、フーゴ・メイヤー Hugo Meyerに在籍し、テレメゴール Telemegorシリーズ、プリモプラン Primoplanを手がけた後、1936年にトロニエの後継者としてシュナイダーに移籍し、クセノン Xenon、クセナー Xenarを改良しました。戦後そのままクライツナッハ Kreuznachに留まり、自身の名を冠した光学会社を設立して独立しました。同社は特注レンズの会社でしたが例外もあり、ブラウン社(髭剃り器のメーカー)が発売したカメラ、パクセッテ Paxetteに取り付けるレンズを供給しましたし、50年代には安価なカメラのためにも固定焦点のレンズを供給していました。その後、特殊レンズ専業となり1962年にシル光学 Sill Opticsと改名して現代まで存続しています。

Pointar 45/2.8 独INA・Navax用レンズ。距離非連動
Luxon 50/2


Steinheil スタインハイル

 19世紀より続くミュンヘンの長老格の光学会社です。最も栄光に満ちた時代はライツ、ツァイスに並び称されていました。爺(Carl August)、父(Hugo Adolph)、子(Rudolph) の三代に亘って多くの斬新な光学設計を世に送り出しましたが、ルドルフ死後に残された5人の娘は誰も家業を継がず、株式会社となって70年代末まで存続しました。それでもシュタインハイル独特のイデオロギーは株式会社時代も維持され、流行にとらわれないレンズ構成を採用することで異色の存在でした。とりわけトリプレットとその派生形を頑なに採用し続けるという特徴がありました。戦後のキノン Quinonはガウス型に変更されましたが、戦前のシネ用はゾナー型で、3群構成だったためトリプレットの発展形と考えていたようです。ローコストのカッサー Cassarは設計変更したカッサリート Cassaritもトリプレットを採用しテッサーに置き換えるということはありませんでした。この拘りはさらに際立った形で独自色が展開されているライカマウントにおいて顕著で、オルソチグマット Orthostigmatはトリプレットの双子、さらに50mmとしては戦前ゾナー型の復刻(Quinon)、85mmは前群貼り合わせのトリプレット(Culminar)、試作では45mmもトリプレット(Cassarit)とかなり徹底されています。それでもトリプラー Triplarとしてテッサーも送り込もうとしていますが、試作だけで断念しています。収差の味わいも愛し続けた光学会社であり、戦前の幻影をいつまでも大切にした点で独特のものがあります。

Orthostigmat 35/4.5 オルソメター型,2群6枚
Cassarit 45/2.8 トリプレット,プロト
Triplar 50/2.8 テッサー,プロト,10~20万
Quinon 50/2 3群6枚ゾナー型,接写
Noctar 50/2 プロト,独INA・Navax用レンズ。距離非連動
Selenar 75/1.5 製造は10本のみ?
Culminar 85/2.8 前群貼合トリプレット
Culminar 135/4.5 テッサー,1万
Triplar 135/4.5 テッサー

 距離計に連動せず、フランジバックも合わないM39マウントのレンズもありますので、注意が必要です。以下に列挙します。

Culminar 35/2.8
Cassarit 45/2.8
Cassarit 50/2.8
Culminar 50/2.8
Quinon 50/2
Quinar 85/3.5
Culminar 85/2.8
Cassar 105/3.8
Culminar 135/4.5 1万
Tele-Quinar 135/3.5


Rodenstock ローデンシュトック

 ミュンヘンの伝統ある光学会社で、今では大判レンズと眼鏡を作っています。ドイツには多くの優れた光学会社がありましたが、ツァイスとライツの威光の眩しさに耐えきれず、多くはやがて凋落していった中で、シュナイダー、シュタインハイルとローデンシュトックは協力関係を維持し、その一方それぞれ独自の魅力も維持することで生命力を保ち続けました。(しかし後に生じる、皆さんがよくご存じの東の果ての日出ずる国から昇ってくる太陽には低価格成分が多量に含有していたため、これには太刀打ちできませんでした。)ローデンシュトックが魅せるミュンヘン派独特の濃厚な色彩は毒が滲み出るような表現をかいま見せることもあり、繊細感のあるトーンもどこか妖しげです。廃頽的な艶やかさは撮影された街並みをどこか違ったところを見るような気分にさせます。魅力的な光学会社の集まったミュンヘン流派の中で最も求心力に満ちたものです。これが伝統の力なのでしょうか。シュナイダーと似たところがありますが、散景を撮影するとシュナイダーより華麗であるとされています。イマゴンというレンコン状のフィルターが付いたソフトフォーカスレンズを今でも作っていることで有名です。描写については文化の磁力は交わって艶やかな色彩を生み出す5を参照して下さい。

Heligon 35/2.8 10万
Tele-Objektiv 105/4.5 プロト,3万
Trinar 105/4.5 3万


Kilfitt キルフィット

 いずれも距離計連動せずビゾ用のM39マウントです。(ビゾもキルフィット製があり、ライカビゾと互換性があります。)戦中にミュンヘンで創業し、戦後リヒテンシュタインに移ったという経歴のマクロ、ズームや望遠専門の特殊な光学会社です。マクロ・キラーという世界最初に開発されたマクロ専門レンズや「ズーム」の語源となった世界最初のライカ判ズームレンズ・ズーマー36~82mm f2.8をフォクトレンダーブランドから発売したことで有名です。描写については文化の磁力は交わって艶やかな色彩を生み出す1近接界というもう一つの世界1を参照して下さい。

Kilar D 90/3.5
Macro-Kilar 90/2.8
Kilar 135/3.8 7万
Kilar 150/3.5
Tele-Kilar 300/5.6
Kilar-Achromat 300/5.6 プロトタイプ。潜望鏡のようなファインダーが付いている
Fern-Kilar 400/5.6 8万


Schacht シャハト

 描写は非常に鋭利で、色彩が濃厚であることで知られています。マクロと人物撮影用が特に高評価を得ています。ガラス会社のショット Schott社とは関係ありません。描写については文化の磁力は交わって艶やかな色彩を生み出す2近接界というもう一つの世界5を参照して下さい。

Travegon 35/3.5 7万
Travenar 85/2.8 4万
Travenar 90/2.8 5万
Travenar 135/3.5 4万


Enna エンナ

 ミュンヘンの光学会社です。社名は社長の娘の名前アンネ Anneを反対から読んだものです。人物撮影が特に出色であり、人の肌を柔和に滑らかに写すことができます。バターを少し混ぜたような感じがあります。女性が好みそうなメルヘンチックな写りです。王女のような風格を備えています。欧州のレンズで東洋人を撮影するのに最も適したものかもしれません。描写については文化の磁力は交わって艶やかな色彩を生み出す3を参照して下さい。

Ennaston 85/1.5 20~50万
Ennaston 135/3.5 5万


Staeble シュテーブル

 1908年に科学者、物理学者、数学者として著名なシュテーブル博士によってミュンヘンに設立されました。大戦末期の44年にはショーンガウ Schongauに移り、58年にオットー・フライデル Otto Friedlに売却されました。さらに69年にアグファ Agfaによって買収されました。
  髭剃り器で有名なブラウン社のバクセッテカメラ用に多くのレンズを供給していたことで知られています。バクセッテはM39マウントですがフランジバックは44mmです。ライカに捻じ込めますが使うには手間を掛ける必要があります。ライツの中間リングDOORX(15mm厚)を使えばとりあえずフランジバックは合いますし、そうしなくても引き延ばしレンズとしてならそのままで使えます。

Choroplast 35/4.5
Super-Choro 35/3.5
Lineogon 35/3.5 4群4枚
Choro 38/3.5
Kata 45/2.8 Braun Paxette用
Kataplast 45/2.8 Braun Paxette用
Katagon 45/2.5 Braun Paxette用
Trigon 50/2.8
Tetragon 50/2.8
Ultralit 50/2.8 Braun Ultralit用。Color-UltralitとSuper-Ultralitも有り
Telon 85/5.6 Braun Paxette用
Neoplast 85/5.6
Telexon 90/5.6
Telexon 135/3.8


Hensoldt ヘンソルト

 ライツ社と同じウェッツラーにあった主に独軍へ光学製品を供給していたメーカーです。双眼鏡や顕微鏡を製造していました。1947年に製造された「プロト」は製造個数が少なく、実際に販売されることはなかったようです。50年代にはレポーター Reporterというレンジファインダー機を販売したことで有名です。60年代には買収されツァイスの子会社になりました。

Proto 55/1.8 距離非連動 20~30万


Royal ロイエ

 フランクフルトのメーカーで素性は謎に包まれています。上記、ヘンソルトのプロトと同じものではないかと疑われています。

Luminar 55/1.8 20万


Kuhnert クーネルト

 1957年に倒産した謎の多いメーカーです。

Elor 50/2.8 70万


Wirgin ヴィルギン

 カメラの生産がメインで20世紀始めの創業当時にローライ35の有名な設計者が在籍していたことで知られています。

Telepar 105/4.5


Ernst Leitz Canada エルンスト・ライツ・カナダ

 ライツ・カナダ製の軍用レンズはこの項に含めました。ライツ社のカナダ法人で民生用のライカとレンズを多く製造していましたが、一部、米軍に供給していたものもあり、KE-7Aという軍仕様に耐久性を増したM4のために取り付けられるレンズを幾つか開発しました。KE-7Aは民間にも一部販売され、エルカン50mmとセットで販売されました。エルカン50mmは4群4枚と当時のズミクロンと比較して明らかにスペックダウンですが、軽量化のために特注したのかもしれません。その一方で驚異的に明るいレンズもラインナップしており、大きさの方も非常に巨大なレンズですが、おそらくいずれのエルカンレンズも性能を二の次、軍の実用に適ったものという基準で用意されたようです。どのレンズも極めてレアで発見することも困難です。博物館収蔵級です。「エルカン」とは、Ernst Leitz CANadaから取って「ELCAN」と、適当なネーミングです。軍用だったので、どうでも良かったのでしょうか? カナダ・ライツが製造したズミルックス Summilux 35mm f1.4は描写を確認いただけます。

Elcan 35/2
Elcan 50/2 4群4枚
Elcan 65/0.75
Elcan 66/2
Elcan 90/1


オーストリア

Voigtländer フォクトレンダー

 数学計算がなされた世界で初めてのレンズを作ったメーカーですが、その長い歴史の中でライカ用のレンズはこれ1つだけだったようです。かなりレアなので一般的にはプロミネント用のレンズにアダプターを付ける方法でライカに使われていますが、この方法であれば、ノクトン以外にも使えるレンズがあります。貴族的で高貴な描写に特徴があります。

Nokton 50/1.5 20万


フランス

SOM Berthiot ソン・ベルチオ

 19世紀から続く歴史の長いパリの光学会社です。古典的なフランスの薫りを代表するメーカーです。SOMはSociete d'Optique et Mecaniqueの略で、Berthiotは創業者の名前です。描写についてはフランスの品格が導き出した3つの表現を参照して下さい。

Angulor アンギュロー 28/3.3
Flor フロー 35/3.5 20万
Flor 50/3.5
Flor 50/2.8
Flor 50/1.5 100~150万
Flor 55/1.5
Flor 75/2.8
Flor 90/2.8 70万
Télé Objectif 145/4.5 10万


Angénieux アンジェニュー

 主に映画用のレンズを製造していたパリのメーカーです。浪漫と優美を兼ね備えているとされています。映画用ズームレンズを発売した初期のメーカーとして知られており、その功績によってアカデミー賞も受賞しています。授賞式の様子は、遠景から徐々にズームで近づくとピエール・アンジェニュー氏が映し出されるという洒落たものだったようです。レトロフォーカス型のレンズを設計したことで有名です。ライカに対してはRシステム用のズームレンズ(45~90mm f2.8)も供給したことがありますがこれは純正扱いでした。描写についてはフランスの品格が導き出した3つの表現6~8を参照して下さい。

R11 28/3.5 レトロフォーカス型
X1 35/3.5
R1 35/2.5
Z5 50/2.9
S2 50/2.9
S1 50/1.8
S21 50/1.5
Z3 75/3.5
Y12 90/2.5 20万
P1 90/1.8
Y2 135/3.5


Kinoptik キノプティック

 1932年に創業し44年以降、映画用レンズに傾注した後発の光学会社です。キノプティック(法語 キノプチ)の描写が湛える深い品格とノスタルジーは "鏡皇" と称賛され、その戦慄すべきオーラと気高さに匹敵するものは、世界広しと言えど、おそらくアストロ・ベルリン(独)以外にありません。その高貴な美意識とカリスマ性を前にしては、究極を目指すとされるあらゆる理論が崩壊すると言っても過言ではありません。描写については写真の中に桃源郷は見いだせるか12を参照して下さい。

Apochromat アポクロマ 100/2
Special Cine 210/2.8
Special Cine 300/3.5
Aplanat アプラナ 500/5.6
Kinoolar キノラー 1000/8

 キノプティックは基本的に受注生産であって、顧客の希望でマウントを取り付けて出荷する方法にて販売していました。それで公式にはライカマウントのレンズは販売されていませんでしたが、受注されて製造されたものはあったと思われます。現在の入手方法は洗練されたキノプティックのリストを参照して下さい。

英国

Ross ロス

 英国の光学界の最長老です。創業者はアンドリュー・ロス Andrew Ross(1798-1859)で1830年に設立されました。1859年アンドリュー死去に伴い、息子のトマス・ロス Thomas Ross(1818-70)に引き継がれ、1870年にはジョン・スチュアートに売却されました。1890年にはツァイス・ロンドン支店となり多くのツァイスレンズを生産しました。英国の他の光学会社はここから独立しています。油彩画のようで詩的な描写に特徴があります。エクスプレス Xpresというレンズで有名です。描写については絵画のような描写のレンズ2~3を参照して下さい。

Xtralux 50/3.5
Xtralux 50/2
Definex 3.5"(89)/3.5 6万
Xtralux 90/3.5 15万
Teleros 4"(100)/5.5
Xtralux 135/4.5 6~8万
Xtralux 150/1.5


Dallmeyer ダルメイヤー

 創業者のジョン・ダルメイヤー John Henry Dallmeyer(1830-83)は、ロス Ross在籍時にアンドリュー・ロス Andrew Rossの娘ハナと結婚し、ロスが亡くなった時にその息子トマス・ロス Thomas Rossと共に会社を引き継ぎましたが、翌年独立しました。1883年に53歳で亡くなると息子のトマス・ルドルフ Thomas Rudolph Dallmeyer(1859-1906)が引き継ぎ、トマスは王立写真協会の総裁を務めるなどしましたが1906年47歳で亡くなりました。その後、法人となって今も現存しています。油彩画のような写りがするとされています。ガウス型のSuper-Sixは傑作とされています。

Septac 2"(50)/1.5 ウィットネス Witnessに装着されたレンズで、バヨネットを外すとライカスクリューが出る
Super-Six 2"(50)/1.9 ウィットネス Witnessに装着されたレンズで、バヨネットを外すとライカスクリューが出る
Dallon 2"(50)/2.9 ウィットネス Witnessに装着されたレンズで、バヨネットを外すとライカスクリューが出る
Dallac 85/2
Dallac 135/4.5
Dallon 4"(100)/5.6
Pentac 8"(200)/2.9 空軍用
Dallon 12"(300)/7.7 プロトタイプ
Dallon 12"(300)/5.6
Dallon 12"(300)/4.5
Dallon 24"(600)/5.6


Taylor, Taylor & Hobson テイラー、テイラー&ボブソン
National Opt. Co. 英国ナショナル

 クック Cookeとは別会社ですがほとんど一心同体であり、便宜上同じ会社と考えても問題ありません。(下の写真でクックとテイラー・ボブソン銘がどちらも使われていることを確認できます。) クックの設計師は本業以外のレンズも自由に開発する自由が与えられていたようで、彼らが趣味的に開発したレンズは勤め先が作らなかったのでテイラー社に依頼して作っていました。テイラー社はクック社に配慮し、レンズのブランドは「Cooke」としていました。設計と製造は違う会社で行っていたということですが、この2社は後に合併し、現在もレンズの製造を続けています。
クックとテイラーの表示が混在している
 21世紀に至るまで作られているスピード・パンクロ Speed Panchroは傑作の誉れ高いものです。

Cooke Anastigmat 2"(50)/2 リード(ライカコピー)用,20~25万
Cooke Amotal 2"(50)/2
Anastigmat 2"(50)/2 ナショナル
Kinetal 50/1.8
Trinol Anastimat 105/3.5 ナショナル製 鏡筒はステワートリー Stewartry スコットランド製

 英国ナショナルはレスター Leicastarに作られたテイラーの子会社です。日本のナショナルとは関係ありません。上記2インチレンズ3種は同じものかもしれません。

ライツ クセノン,テイラーパテント版

 「Leitz Xenon」とクレジットされていて、さらにテイラー&ボブソン社のパテントが示されている珍しいレンズがあります。クセノンの光学部のパテントを英米でテイラーが持っていたため、記載した上で販売する必要があったからのようです。設計はシュナイダーで製造はライツ、後にシュナイダーの特許が切れてからは「ズマリット」と名称変更して継続されました。ズマリットにもテイラーパテント記載バージョンがあります。この特許はスーパー・スピード・パンクロ Super Speed Panchro(英特許 GB373950,米特許 US2019985)のものです。一時期のクセノンとズマリット、スピード・パンクロのレンズ構成が共通していたのは興味深いと思います。

Wray レイ

 主に産業用のレンズを作っていた会社で写真用としては引き延ばしレンズが多数市場にあります。ユニライト Unilite型のレンズで知られています。レイもロスから独立した人です。

Super 2"(50)/4.5
Plustrar 90/4


Corfield コーフィールド

 マウントは39mmですが、すべて距離計には連動しません。ペリフレックス Periflex用に製造したレンズです。このカメラは戦後に余ったガラスを販売するために製造されたとも言われています。

Retro Lumax 28/3.5
Retro Lumax 35/3.5
Super Retro-Lumax 35/1.8
Lumax 45/3.5
Lumax 45/2.8
Lumax 45/1.9
Lumar 50/3.5 1953年
Lumar-X 50/3.5 1955年
Lumax 50/3.5
Lumax 50/2.8 3群4枚
Lumax 50/2.4
Lumax 50/1.9 ENNA50mm f1.9と同じものだと推測されています
Super-Lumax 85/1.5
Tele-Lumax 90/2.8
Lumar 95/2.8
Lumar 100/4 1957年
Tele-Lumax 135/3.5
Tele-Lumax 135/2.8
Lumar 240/4.5
Tele-Lumax 400/4.5


イタリア

 かなり多くの会社が多種多様なライカコピーを作っており、その多くがアナスチグマット Anastigmat 50mm f3.5レンズを付けています。1890年代からツァイス Zeissのライセンスを受けて「Zeiss Anastigmat(ゼイス アナスティグマッテ) 62mm f12.5」というレンズをコリッツカ Koritskaが作っていたという記述があるので、その流れで後々もツァイスの設計を使っていたということは考えられます。これらライカコピーの外観は変化に富んでいますが、レンズの描写もイタリアの基本的な個性は有しているもののバリエーション豊富です。(単なる個体差という見解もあります。) ガラスはイタリア国内では生産できなかったようで、大部分は仏ソン・ベルチオ SOM Berthiotの供給(パラ・マントワ Parra-Mantois社製ガラス)だったとされています。古くはゲルツ Goerzのガラスも輸入していたようですし、ツァイスとの関係もあるのでイエナガラスを使用していたものもあっただろうと思います。古いものがほとんど残存していないのは大戦のためか、きちんと銘をいれていなかったから、あいまいになってしまっている為かもしれません。

Officine Galileo オフィチーネ・ガリレオ

 1862年ミラノ Milano創業の老舗です。イタリアを代表する光学会社です。ガミ16 GaMi16というムービーで有名です。描写については手工生産のラテンの国が作ったレンズ1~2を参照して下さい。

Tesog テーソギ 50/3.5 ガンマ Gamma(イタリアライカコピー)用
Eptamitar エープタミタール 50/2 ガンマ Gamma(イタリアライカコピー)用。ライツ・ズミタールのコピー
Adlenar アドリナール 50/3.5 ゾンネ Sonne(イタリアライカコピー)用
Esagon エサゴーネ 85/2.8
Ogmar オグマール 90/4 ガンマ Gamma(イタリアライカコピー)用


Fratelli Koritska フェラテッリ・コリッツカ

 ミラノ Milanoの光学会社です。マストアイテムは、アース Ars ポートレートレンズです。極めてレアですが、イタリアレンズの原点はここにありそうです。大戦中にガリレオに吸収される形で消滅しましたがブランド名は戦後も使われていました。

Elionar エリオナール 50/3.5 ゾンネ Sonne(イタリアライカコピー)用。ガリレオ製
Victor ビクトール 55/3.5 ガンマ Gamma(イタリアライカコピー)用。ガリレオ製トリプレット


San Giorgio サン・ジョルジョ

 ジェノア Genoaの軍用精密機器メーカーです。イタリア ライカ コピー機の中でもヤヌア Januaは特に出来が良いことで知られています。

Essegi エッセジー 50/3.5 ヤヌア Janua(イタリアライカコピー)用。テッサー型
Kritios クリティオス 50/2 ヤヌア Janua(イタリアライカコピー)用。プロトタイプで製造数は10本程


Chinaglia Domenico キナーリア・ドメニコ

 ベルーノ Bellunoの光学会社です。ガラスは仏ソン・ベルチオ SOM Berthiotの供給だったようです。組立工場や販売会社の提携関係が複雑で、その影響もあってブランドやレンズ名が幾つも乱れて存在しますが、結局どれも同じものだったりするようで詳しくわかっていません。個体差も激しいようですが、色彩が爆濃であるという点では一致が見られるようです。ガラスがベルチオであれば、ベルチオの方がきちんと作っているし安いのでキナーリア系には手を出すべきではないのでしょうか。しかしベルチオとは別物と見た方が良さそうです。50年代の製品ですからどうしても組立調整時にイタリア人の感覚が入ってしまうのかもしれません。クリスタッレ Kristallは、GN.M(Guid Nonini-Milano)から発売されたライカコピーで、ウェガ Wegaは初期のもののみアフィオム AFIOMから、後にWegaブランドに変えて自社から販売されたライカコピーだったようです。

Kristall クリスタッレ 50/3.5 クリスタッレ Kristall(イタリアライカコピー)用
Krinar クリナール 50/3.5 クリスタッレ Kristall(イタリアライカコピー)用
Steinar ステイナール 50/3.5 クリスタッレ Kristall(イタリアライカコピー)用。ツァイス Zeiss トリオター Triotarのコピー
Trixar トリクサール 50/3.5 ウェガ Wega(イタリアライカコピー)用。ステイナール Steinarと同じトリプレット
Trigon トリゴーネ 50/3.5 ウェガ Wega(イタリアライカコピー)用
Wega ウェガ 50/3.5 ウェガ Wega(イタリアライカコピー)用。トリクサール Trixarの廉価版か全く同じもの
Krinon クリノネ 50/2.8 クリスタッレ Kristall(イタリアライカコピー)用
Triplon トリプローネ 50/2.8 ウェガ Wega(イタリアライカコピー)用


Boniforti & Ballerio ボニフォルディ・バッレリオ

 ミラノの光学会社で正式名は、Officina di Precisione Meccanica e Fotografica S.r.lです。

Perseo ペルセオ 50/3.5 ペルセオ Perseo(イタリアライカコピー)用。マウントがM39かどうかわからない


オランダ

De Oude Delft デ・アウデ・デルフト
Old Delft オールド・デルフト

 中世ヨーロッパの先進国だったオランダの科学技術の残映が熟成されて今に光を放つデルフトのレンズには、オランダ人の巨匠たちがキャンパスに描いたと同じ光を見ることができます。描写についてはフェルメールの影にデルフトの光を見るを参照して下さい。ナチス占領下では、フィリップス PhilipsのX線研究部の製造部門として存在し、戦後の1946年から、同X線研究部部長のアルバート・ブバース Albert Bouwers(1893-1972)によってデルフト通り36番地で再び生産を開始したとみられています。ブバースは1951年にフィリップスを退職し、その時にこの製造部門を切り離して「アウデ・デルフト光学会社」を設立しました。本業はX線ですが、写真レンズも作っていました。しかしやがて民生用のレンズ製造から撤退し産業用のレンズのみを製造するようになりましたが(X線用の特大レンズがオークションでときおり見受けられる)現在も医療専門機器を製造する会社として存続しています。

Minor ミノア 35/4.5 プロトタイプ
Minor 35/3.5
Minor 40/3.5 プロトタイプ
Alfinon アルフィノン 50/2.8 アルパ用レンズをライカマウントに変えたプロトタイプ。デルフト博物館に収蔵
Delfotar デルフォーター 50/1.8 プロトタイプ。デルフト博物館に収蔵
Delfar デルファー 90/4.5 テレフォト型
Delfar 135/3.2 プロトタイプ
Fototel フォトテル 450/5.6 ビゾ用。潜望鏡のようなファインダーが付いている
Delca デルカ 500/6.3 ビゾ用。潜望鏡のようなファインダーが付いている


チェコ

Meopta メオプタ

 オペマ Opemaというライカコピーがあります。しかしマウントもフランジバックもライカより1mm短く互換性はありません。それで記載すべきかどうか迷いましたが一応載せておきます。ドレスデン族とは違った古い東欧の美が感じられます。メオプタ程ノスタルジーを感じさせるレンズは他にないかもしれません。

Largor 30/6.8
Belar 45/3.5 テッサー型
Belar 45/2.8
Openar 45/2
Mirar 90/4.5
Tele-Mirar 135/4.5
Telex 180/6


アメリカ

Bausch & Lomb ボシュロム

 1853年創業の米国光学界の長老です。1954年には「ゴッドファーザー」シリーズにてオスカー撮影技術部門を受賞しています。「ローマの休日」など多くの名作に使用された輝かしい歴史があります。現在はメガネ、コンタクトレンズの会社として現存しています。

Raytar 75/2.5 15~18万
EF Anastigmat 3"(75)/2
Baltar 100/2.3


Kodak コダック

 米国光学界の巨人です。イーストマン・コダック Eastman Kodakが友人のエジソン Thomas Alva Edisonから1891年に発明された世界最初の映画撮影機キネトグラフ Kinetographと映画鑑賞装置キネトスコープ Kinetoscopeのためのフィルムの製造依頼を受けてからという歴史の長い会社です。この時にエジソンに供給したフィルムの規格は現代のライカ版と同じものです。

Wide-Angle Lykemar 35/3.5
Ektar 47/2 カードン Kardon(ライカコピー)用,20万
Ektanar 50/2.8
Ektar 50/1.9


Wollensak ウォーレンサック

 戦後のドイツからの物資供給不足の時期にニューヨーク・ライツがウォーレンサックに作らせた光学系に自社の鏡胴を組み合わせて生産したものです。すべて3群4枚。ベロスティグマット Velostigmatはいずれも純正扱い。

Velostigmat 50/3.5
Velostigmat 50/2.8
Velostigmat 90/4.5
Velostigmat 127/4.5
Fototel 500/6.3 デルフトのOEMと思われる。外観がほとんど同じ


Sans & Streiffe サンズ・ストライフ

 シカゴの光学会社でマイクロスコープや双眼鏡を作っていました。

Sans & Streiffe 35/3.5


Pam パム

 素性がはっきりしないメーカーです。以下のレンズは戦後、アメリカライカコピー機カードン Kardonの望遠用に作られたかもしれないと言われています。

Britar 105/4.5 3~7万


中国

上海照相机二廠

 この中国光学黎明期の国営会社は、58年にその名も「上海58-II」というバルナックライカコピーを生産します。付けられていたレンズは上海 50mm f3.5一種に過ぎませんでしたが(おそらく開発段階では上海 50mm f1.7も製造したと思われ現在、上海老相机制造博物馆で展示されています)文革が終わって69年にライカM3のコピーを開発した時には、より明るい3種のレンズを開発しました。このコピーは建国20周年を記念して「紅旗20」と名付けられました。紅旗のレンズは、中国科学院光学精密机械仪器研究所と共同で設計され、東ドイツの支援で建設された北京玻璃廠によって研磨されました。上海はエルマーをコピーしましたが、紅旗はズミルックス、ズミクロンをコピーしたものでした。しかし中国で最初にライカコピーを製造したのは大来相机廠(後の北京相机廠)でプロトタイプが12台作られたのみでした。レンズはソ連製だったとされていますが、上海老相机制造博物馆入ってすぐ一台目に展示されている本機に付けられているレンズは「大来」と書かれたキャップが付けられていてレンズを確認できません。

上海 50/3.5 上海58-II(ライカ・コピー)用。フランジバックはいい加減なので注意が必要
上海 50/1.7 上海58-IIに取り付けて上海老相机制造博物馆で展示されているのは恐らくプロトタイプ
紅旗 35/1.4 紅旗20(ライカ・コピー)用
紅旗 50/1.4 紅旗20(ライカ・コピー)用
紅旗 90/2 紅旗20(ライカ・コピー)用


鳳凰光学

 江西省の光学会社です。京セラからコンタックス(ツァイスレンズ)の製造設備を購入し、非常に優秀なレンズを製造しています。かつて日本の安原製作所の依頼で下記のレンズを製造していたことがありました。併せてカメラも製造し「安原一式」「秋月」の2種がありました。安原製作所が営業休止して以降、50mmのレンズの外観を変えた、おそらく光学系は同じと思われるものを短期間販売していました。現在ツァイスは日本製とされていてコシナが作っていますが、100%日本製ではなく、一部は鳳凰光学が担当しているとされています。この経緯で鳳凰光学はツァイスの光学技術を入手し、現在製造されている鳳凰の中判カメラの描写はツァイスに酷似しています。

MC安原 50/3.5 安原一式用
MC安原 30/2.8 秋月用


Mt.Song Kanwa Nobi Nobita Co.Ltd
ソン・カンワ・のび・のび太社

 古代中国の古都が幾つもある河南省の省都・鄭州のライカ愛好家、ソン カンワ氏によって趣味の延長で作られたレンズと言われています。ドラえもんから貰った利器という雰囲気を味わうコンセプトだったのではないかと思われます。(中国人は子供の時から反日教育を受けています。その後、日本のアニメ、とりわけドラえもんとその登場人物たちに接した時に受ける衝撃とこれまでの認識との落差が大きく、これによって日本への考え方を180度転換させる人が多数います。中華圏ではドラえもんの誕生日が祝われることもあります。)のび太社のレンズは謎が多く、極めてレアで現物を見る事はないと思われます。「ソン・カンワ」という名もどのような文字を当てるのかわかりません。レンズ名は英語表記で Songshan とあるようですが、これは河南省の有名な山・嵩山(少林寺がある)のことで間違いないと思います。

Songshan-1 50/2.8
Songshan-Super 35/4


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