無一居

空想のレンズを作ってしまう「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

「帝国光学研究所」について6

ニコンの古いレンズも試す - 2014.01.14


ニコン ニッコール S.C 50mm f1.4
Nikon Nikkor S.C 50mm f1.4

 ニコンの古いレンズではライカマウントのものもあり、50mm標準レンズではゾナー型が採用されているものもあります。サードパーティのメーカーがライカマウントのレンズを供給する時に多いのはトリプレットですが、ゾナーは珍しい方だと思います。古くはツァイス、戦後にはシュタインハイルのものもありますが、日本製以外ではそれぐらいです。ゾナー型はフランジバックが稼げない問題があるので一眼には使いにくく、せっかくライカマウントで供給するなら、このようなレンズ構成で挑戦してみようというチャレンジはもっとあっても不思議はありませんが、実際にはそれほどありません。理由はいろいろあるのかもしれませんが、コストがかかることや、貼り合せが多くて手間もかかる、ツァイスの原形が完全でここから何か別のものを提示するのは難しい、意外なほど表現のバリエーションを追求しにくいといったようなことがあったのかもしれません。内部はまるでガラスの塊のようになるし、高価なガラスを使って重くもなるのでデメリットを挙げればかなりあり、そこをダブルガウスに代えてゾナーを採用するというのは現実性の低い選択肢だったのだろうと想像されます。ゾナー型のレンズを市場に問うたメーカーとして、ツァイスは最初にこの構成を提示したメーカーなので不思議はありませんし、シュタインハイルの個性的なライカマウントリストを見るとこれも十分有り得ると思えます。ズノーが大口径の開発に着手して最終形になったものはゾナーでしたし、その方向に追随したと思われるニコンやトプコン、キャノンといった日本のメーカーは第三グループということになるのかもしれません。

 光学会社がライカマウントにレンズを供給しようという場合、テッサーを避けトリプレットを採用する傾向があったのは、エルマーがあまりにも優れていたからかもしれません。しかしロシアや中国、日本にはこういう考えはなかったようで、テッサーは基本的にラインナップしています。日本で最初にライカ型のカメラが作られたのは戦前の1936年ハンザ・キャノンというカメラでこれにはすでにテッサー(ニッコール 50mm f3.5)が付けられていました。戦後もテッサー、ガウスを使い、中望遠の肖像用にはトリプレットを採用することもあるなど、欧州の当時の先進国よりも適材適所が的確でした。標準から中望遠の大口径にはゾナーを採用したこともその1つで、非常に選択が合理的です。口径と焦点距離によってどの構成が相応しいか取捨選択がしっかりしていた感じがあります。興味深いのはどのメーカーも同じ傾向があったということです。欧州のメーカーは大口径でもガウスを使う傾向がありますが、日本ではゾナーに切り替えています。シュタインハイルがライカ向けにゾナーを作ってみたという感じとは異なることがわかります。

 ライカマウントのレンズを製造していた時代のニコンレンズは今でも評価が高いものが多く、このことと金額の話を結びつけるのは品がありませんが、すでに高嶺の花になっているものが幾つもありますので容易に理解できます。木村伊兵衛や土門拳が肖像写真に使ったと言われるゾナー型のニッコール S.C 85mm f1.5はその1つですし、やはり肖像用のこちらはトリプレットでニッコール T 105mm f4、いささか暗いレンズですが、これも非常に素晴らしいとされ比較的入手難です。この頃のニコンは古いレンズを集め、その表現を研究するに留まらず、幾つかは半分にカットして調べるなど熱心にビンテージの味わいを追求していましたが、その成果がこれら現代でも高く評価されているシリーズとして結実し、いまだに撮影されているのは興味深いことです。その内の1つに本稿で作例を確認するニコン Nikon ニッコール Nikkor S.C 50mm f1.4もあります。

 ニコンが古いレンズを熱心に研究していたのであれば、開発陣がゾナーを作ってみたいと思ったとしても不思議はありません。そしてその計画が実行されたことは人類に残された遺産という観点からとてもとても良かったですが、今となってはいかんせん極めて入手難なのでほとんど無いのと同じなのです。それで完全に諦めていましたが、中国で絞りも距離リングも一切回らない、どうしようもない代物が出ましたので、これを1万円ぐらいで購入しました。修復するために山崎光学に送りましたが、山崎さんからは「直せない」と言われ、そのまま戻ってきました。それならばとやけくそでサラダ油を中に廻すことにしました。ガラスが影響を被らないよう細心の注意を払って微量を流して数日放置しますと、しっかり回るようになりました。中を確認すると古い油がかなり固着していました。適当に掃除した後、東京に行った時に山崎工房へ寄ってお見せしました。「回りましたので行けますか」と言いましたら、山崎さんは分解し始めました。貼り合せのところが悉く剥がれている相当に痛んだものだと言われました。しかし山崎さんはご自身でもこれを愛用しておられるということで「これは修理すると結構凄いですよ。楽しみですね」と言われました。

 結局これは修理不能でした。撮影に至らなかったのは残念です。

 

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